余録 来る、きっと来る…
緑赤 29日
ルナスフィア王国には3つの大神殿がある。初代魔王に神器を貸し与えたアリオーンの川岸の森ベトマの中に建てられたベトマ大神殿。
ルナライト伯爵家の領都レルテ北部にあるレルテ大神殿。
現在の王都ザルトヒルムにあるザルトヒルム大神殿の3つだ。
今回の舞台は、最後に紹介したザルトヒルム大神殿、王国で最も新しい神殿である。
「ムーネスさん。大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃない……」
大神殿の中枢とも言える神託の間では5人の人物が話し合いをしていた。
人物と言うのは語弊があるかもしれない。ザルトヒルム大神殿の大巫女であると共に月華神教会の巫女長でもあるアリア巫長と教会の財政と政務を司るゲッツ財政長は共に魔人族であるが、残りの3人は人ではないのだから。
過半数が人でないなら、それは人外会議と称しても過言じゃない。
……訳もない。
この集まりを端的に表す表現は簡単だ。被害者の会で良いのだから。
さて、この会が臨時で開かれたのは、昨日の先触れがあったせいだ。
『明日、ルナライト伯ガーランドが嫡孫フォルセウスを連れてこちらを訪れる』
ここにいる人外の3人、いや、月華神として崇められる月神ムーネス、<操竜宮>所属ジード神、<戦管宮>所属アトムス神の3柱。
その3柱にとっては恐怖の代名詞とも言える『あの方』の転生者が急遽ここへ来ると言うのだから、慌てるのもしょうがない。
「よりにもよってここに来るなんてね。
ルナライト伯爵の跡継ぎになるのだから、挨拶に来るのはレルテ大神殿の方だと思っていたのに…」
「そんなにも不味いのですか?」
「不味いわね。ここにいる司教クラスは能力はともかく、人格的に褒められた者は少ないわ。
王都にあるとは言え、私の宗教における中心はレルテなのよ。
初代魔王がルナスフィア王国を立ち上げた土地であり、あの堕神を討伐した聖地でしょ?
周辺諸侯に睨みを効かせるのに便利だからと移った時に一緒に来たのは反主流派の俗物が多かったのよ」
「上層部は大丈夫なのでしょう?」
自らが崇める神の容赦ない駄目出しは、魔人族の2人へダメージを与える。
特に月華神教会のトップに立つべき立場にあるアリア巫長はガクリと肩を落としている。ここでフォローを入れられるのが、ジード神の良いところであり、現在進行形で貧乏くじを引き続けている原因ではなかろうか?
「そうね。明日は一般人の礼拝はなし、伯爵家の対応は大司教中心でやればどうにかなるかしら?」
「平日の昼間ですので、一般人の立ち入り禁止は可能でしょう。
しかし、ルナライト伯爵家の対応を大司教がすると言うのは反発も大きいかと…」
「巫長様のおっしゃる通り、ルナライト伯爵家が特殊なのは貴族の中での話と言うのが暗黙の了解です。
月華神教会においては、伯爵位の対応は司教。大司教が対応するとなると月華神教会の中で、ルナライト伯爵家を辺境伯や侯爵と同格とみなしているとなります」
アリア巫長に続いて、ゲッツ財政長も反対する。幾ら己が信仰する神の言葉と言えど、組織として則を無視するのは難しいものだ。
神の奇跡が身近な世界故に、宗教は政治の後ろ楯を必要とせず、政教分離が正常に維持されてきた世界であるから、相手によって対応を変える真似をすれば、批判は免れない。
政治の後ろ楯を必要としないからこそ、信者の数はそのまま宗教の力になる。
「……詰んでますね」
「言わないでよ‼」
あまりの状況にため息混じりでアトムス神が呟けば、涙目で叫びかえすムーネス。
「…フォルセウス様は、竜族とのことですから洗礼を受けておられませんよね?」
「そうだけど?」
「ガーランド伯の後継者としてではなく、上位竜アルヴィスの血脈に属する竜として招いてはどうなりますか?」
「それよ‼」
ゲッツ財政長の言葉は、ムーネスにとっては天啓そのものだった。
「教徒でない上位竜の血統を招き入れるなら、その対応は、巫正以上の巫女か、枢機卿以上の仕事でしょ‼」
「はい。アルヴィス血統の格を考えれば、上位巫女たる巫正より大巫女であるアリア巫長が相応しいかと…」
「それなら、アリアに任せられるわね! お願いよ! 我が教団の未来はあなたの両肩にかかっているわ‼」
一転して晴れやかな笑顔を見せるムーネス神に対し、不安そうな顔になるアリア巫長。
巫女として神に仕えること80年の老巫女と言えど、仕える神から直々に教団の未来を託されるのは稀だろうから、それも当然かもしれない。
「教団と言うよりはムーネス神の命運と言うべきでは?」
「…補佐役のふりして付いていこうかしら」
「そこまでしなくても大丈夫でしょう」
アトムスの不安を煽る言葉に再び顔色を変えたムーネス。
どうにもこの戦神は不用意な一言を言う節がある。そしてそれで嘆くムーネスを抑えるジード神。
既に完成したトリオになっている。
「それよりもこちらの意向を早めに伝えないと問題ですよ?」
「そうね。ゲッツ、すぐに手配を!」
「神意のままに」
ムーネスの勅命に深々と頭を下げるゲッツ財政長。例え、どれ程情けない姿を見せようと相手は長きに渡り、月華神教会を見守ってきた女神なのだ。
その敬意は色褪せない。
…あたりさわりのない挨拶だけで特にこれと言って何かあるわけでなしつまらない。
彼らの努力は実を結んだ。
フォルセウスはつまらないと言う感想の元、行事以外で取り立てて訪れることはなくなるのだから。




