勝ち目のない戦い、人はこれを無謀と言う
緑赤 19日
この日、ヴェル・ルナライトを旗頭にするルナライト正統伯爵軍を名乗る軍が挙兵した。レルテ近郊にいるのは、セーネ夫人の率いる50程度の手勢。
密かに味方に付けた4つの騎士爵軍が囲めば、投降してくるだろうし、そうなれば千に届く勢力となる。
ましてやハージヒルム城を守っているのは、ヴェルの娘ルシア。
王家と言えど正統な血筋が強い勢力を持てば無視できまい。
そして私はルナライト家の実権を握る。
セイル・スタック騎士爵は野心をむき出しに嗤う。
セーネ夫人の元に50もの兵力がある違和感に気付かずに……。
「本当にうまくいくのよね?」
「勿論ですとも。これが無知なバカであれば、まず空き巣同然のハージヒルム城を包囲して周囲の貴族に殲滅されたことでしょうが、知恵者と名高い私はそんなバカな真似はしませんよ?」
隣で馬を並べるヴェル様に自信満々に返す。腐っても伯爵家の令嬢と言うことか?
馬に乗る姿は威風堂々としている。
「そうね。ハージヒルムを目指すなら水の巡礼路を目指したりはしない。お母様を味方に付けるのね?」
「はい。先の披露会では周囲の手前、ヴェル様を叱りつけましたが、本心はヴェル様に当主になっていただきたいのでしょう。
他の方と違い別荘に移されただけなのがその証拠」
そのくらいの深読みをして欲しいものだ。いや、賢すぎても扱いにくいか?
当てが外れてもこれだけの兵を揃えたのだ実力で従えれば良い。
策が多い方が勝つは世の常よ。
「前方に伯爵軍を発見。先頭にセーネ夫人が立っております‼」
言われて見れば、平原にポツリとある軍影、東からの陽光に照らされたそれの先頭に長柄の斧を持つ女が見える。
良い感じだ! 私の未来は約束されたも同然。
「投降を勧告しろ‼ 西からテルとミオン、東からはキャタとルーガの4つの騎士爵が向かっていることを良い忘れるなよ‼」
「はっ」
これが賢き者の戦よ‼ ハハハ。
後は数分待つだけだ。
「伯爵軍が円陣を組始めました!」
「耄碌したな! セーネ夫人」
「どう言うこと?」
物見の報告は最上ではないが十分に上等と言えるものだった。
「良いですか? 奴等がとる最も良い行動は投降です。
ですが、戦うならば囲まれる前に我々を蹴散らして突破口を開くことです。
私はそこまで考えていました。故にハージヒルム城までに追い付けるよう騎兵でまとめて来たのです」
「だからお母様は円陣を?」
「ええ。恐らく混成軍であるこちらの同士討ちを狙っているのでしょう」
「騎士爵軍が来たら、何処かを恩賞で誘惑するのね?」
「その通りです。全く無駄ですが!
お前達、何時でも動けるようにして交代で休憩を取れ。向こうはこちらが勢揃いするまで攻めてこない」
こちらは根回しも完璧だ。突撃しか能がない鬼どもとは違うんだよ‼
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同日 1時間後
「セーネ様。テルが姿を見せました」
「やっと?」
その報告がきたのは午後のお茶を飲み終わった時、ティーカップを下げながら言うオーロックへ呆れながら返す。
「所詮、主に吠える駄犬です。その程度ですよ」
「にっこりと毒を吐くわね」
「事実でございます」
優雅にお辞儀するオーロックに呆れていると、当家の全身鎧を着た者がやって来る。
「夫人、もう一度投降を促す使者が来たわよ?」
「…そうね。私の意図を組んでくれたと感謝しているとでも返しましょうか?」
「恐れながら後々それを盾にしてくる輩が出るかと」
「そうね。ルシアとフォルに責任をかけずにヴェルを排除するための狂言ですと言う子もいるかしら?」
「あり得ます。特にスタック騎士爵はズル賢いとよく聞きます」
「ズル賢い? 迂闊だなと思うけどねぇ。
何でここにこれだけの戦力があることを異常だと気付かないのかしらね?」
「伯爵家の権力ならすぐ集まると考えたのでは?」
「戦がないはずの場所に?
稼げない戦場へ来たがる兵士はいないわよ?」
「その戦いが今寄ってきるけど?」
「ポリビア・ミクスン殿はこれから戦いが起こるとでも?」
私の返しで楽しげに笑うフルプレートの女性。
「そうね。事前の約定通りの取り分で良いのかしら?」
「ええ」
こちらの返答を聞いた彼女は伝令に回り、それを聞いた者から散開していく。
きっと相手には軍が瓦解したように見えるかしら?
「始まりますね」
「そうね。さてヴェルの首をあげるわよ?」
「お供いたします」
愛用の斧槍を軽く振るとオーロックが短剣を構えながら、後ろに付く。
既に各騎士爵軍は、目前で当家の鎧を着た女が成竜へ変わって大混乱をしている。
軍勢が5つと聞いた時点で分担済み。私達と成竜3体。各騎士爵へ8体。
残りの12体が予備戦力を兼ねた周囲の警戒を担当。
迂闊なあの男が他に戦力を隠しているとも思えないけど……。
「夫人。私達3人は最初の軍に突っ込んで混乱させる遅れるな‼」
走り出した私を追い越し様に声をかけていくポリビア。真横を竜が通るのはさすがに肝が冷えるわね。
大混乱を起こした兵士達に斬り込み、その首をはねていく。
さて47体の上位竜の大攻勢にどれくらい持つかしら?
「セーネ様。笑いすぎですよ?」
嗜めてくるオーロックを無視して暴れる。……大馬鹿ね。
この間の戦いと違って、この戦場にいるのは竜族と昔からの私の小飼よ。血に酔って何が悪いのよ‼
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「嘘だ、嘘だ、嘘だ‼
何でこんな所に竜の群れがいるんだ‼」
目前の状況を理解できない。私は伯爵家との知恵比べに勝ったんだ。
こんなことがあって良いわけがない‼
!
頬に鋭い痛みが走る。ナイフが掠めた? そちらを見ればニヤリと笑う執事オーロックがいる。その前には当然、セーネ夫人も!
既に第一陣を抜いているではないか!
20人近い騎兵の合間を縫って私の頬にナイフを掠めさせた?
化け物め。
前線の首が5つ地に堕ちて。血の勢いで恐怖した馬から投げ出された兵の首が更に斬られる。
主もまた化け物か。
「どう言うこと? 何で私達は負けそうなのよ‼
責任とって足止めしなさい。セイル」
「無茶です。ここで戦わなければどちらにしろ、追い付かれて殺されるだけですよ‼
馬で竜から逃げれるはずがないでしょう?」
竜が突然現れた恐怖で指示が出せなかった我々の落ち度だろう。騎兵の最大の持ち味、突撃力が一切活かせないままに混戦状態にされた。
「下手に逃げようとして馬に落とされた挙げ句、踏みつけを大量に浴びて死にたいですか?
戦いを挑んで首をはねられた方が楽ですよ」
既に死に方を考えている。その死に方なら臆病者の謗りだけは免れられる。
「すぐに投降すれば、お母様は許してくれるかも知れないでしょ?‼」
そう言って自ら前に出ていくヴェル様。兵達も武器を下ろす命令に従っていく。
……ああ、そうか。
私は最初から負けていたんだ。
要らぬ野心からあんな紛い物に媚びたせいだな。
「我こそはセイル・スタック。スタック騎士爵家の当主である!
伯爵夫人セーネ。尋常に勝負せよ‼」
高々と宙に舞う先程まで主だった女の首を無視して、槍を抜き……。
後に『策に溺れる者の戦い』と称される戦いはこうして幕を引いた。
野心を出してせっかくの命を無駄にしたヴェル一派は後世まで語りつがれる。
旗頭ヴェル・ルナライトは伯爵家の手前誰も口に出さず、悪口の中心は、常に参謀となっていたスタック騎士爵。
何時からか欲をかいて失敗する者を『スタックのような』と形容されるようになる。




