伯爵家の専横を許すな!
央西山脈の雪解け水や地下水を集めて、西部領域南を流れる大河アリオーン。この地の河北部は初代魔王陛下の親衛隊の子孫達であり、名門中の名門と言っても良い一族が軒を連ねている。
しかし、優秀な初代の功績を笠に着るだけの者が、実力を伴う新参者に追い込まれるのは世の常で。
4代陛下の御代に大河南を制した大功を上げた騎士に地位を超され、その寄子になることで生き長らえてきた男爵ばかりだ。
その騎士の援助をした伯爵家に思うところがある。その結果、伯爵家本家筋との疎遠化が進み、それを挽回する好機とばかりに分家からの当主の擁立に助力した。
当然、現伯爵ガーランドとは不仲で、その利権は狭まるばかり。
次期当主に取り入ることが出来なければ、体裁を整えるのも難しくなるのは明らかであった。
それ故に次期当主指名に誰よりも喜び、自分達と縁のない次期当主へ反発した。
結果は語るまでなく、重罪人を庇う暗愚と言うレッテルを得たのみ。
国から不信の目を向けられ、寄親に睨まれた領地を訪ねる商人は減るだろう。それどころか、この実情が平民階級に伝われば、自領を離れる者も増える。
そうなる前に自らの正義を示すと言うのが共通認識だ。
幸い、南部諸侯から資金援助を得られる見込みも出来た。
後は、皆の意志をまとめて蜂起するのみ。
6男爵のまとめ役を担うベントー男爵は、この聖戦の勝利を疑わずに声を上げる。
「諸侯、よく集まってくれた。私は先日のガーランドのやり方に異議を唱え、ルナライト伯爵家を専横するガーランドとその孫に正義の鉄槌を下すつもりだ。そこで諸君の意見を聞きたくこの集まりを持った」
「私はもちろんここに集まった以上はベントー男爵に同意する者ばかりでしょう」
ベントー卿の親友ハウン男爵が同意の声をあげれば、賛同の声が狭い会議室に響き渡る。
…ではどのように動くか。南部諸侯からの資金援助で傭兵を大量に集める準備は進んでいる。
援助者の話では、北方でも同じ志の聖戦を初める者が多くいるから、言わば伯爵家は包囲されたも同然!
「ベントー男爵。質問をよろしいか?」
「何か?」
「当家も兵を出す用意は出来ており、臆病風に吹かれた訳でないと理解の上で聞いてもらいたい。
我々の兵力を幾ら合わせても伯爵家には及ばず、まして我々の後ろには憎いクラゲ共がいる」
「心配はご無用。
北方にも伯爵家の専横を許すなと息巻く憂国の士がおり、こちらに合わせて正義の戦いを始める。
クラゲ連中はシースコンの相手で忙しいはずだ!」
同士の喝采を浴びて、得意気に笑うベントー男爵は生まれた時から没落の一途を辿っていたベントー家の中興の祖となると息巻く。
「では3日後に悪逆の限りを尽くすガーランドを誅する聖戦を始めよう‼」
……賽は投げられた。
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キルケ子爵家はサハギンの生息領域を制し、魔大陸沿岸航路を開拓した大功ある家である。
先祖の血と命で切り開いたこの航路を通るなら、当家に通行料を納めるのは必然。
王家の苦言さえ何処吹く風と胸を張ってきた。そもそもクリングオルフの珍しい工芸品を大量に運ぶ商船にとってはたいした額ではないと陳情は突っぱねてきた。
風向きが変わったのはアトラスが次期当主になってから、巨大船レリントの建造を命じ、それまで陸に向けていた目を海洋に向け始めてからだ。
船の運用を考え出した伯爵家とその協力者達が各地に大型港の整備を始めた。
船の数で通行料を取る以上、小型船が減り大型船が増えれば、キルケ子爵家の利益は減る。
それに反発した3代前の当主は一切の整備を行わずにやり過ごした。
その判断の間違いに気付いたのは1年後。サーペントの被害が減った大型船は遠洋を迂回してクリングオルフへ向かう航路を主に使うようになり、キルケ領スルーを利用する船はそれまでの10日で20隻から月に5隻まで激減したのだ。
慌てて、通行料を引き上げれば通る船はついに皆無となる。
それによって肉類を始めとする食材、お茶のような嗜好品、それどころか小麦のような主食穀物さえ、不足する困窮領地へと早変わりした。
やむ無く、通行料を以前の半分まで落としても、そもそも港の小さいスルーを利用する大型船がいない。
港を大きくするだけの金も既にない。
八方塞がりの領地を継いだのがベッツ女子爵だった。
ベッツに伯爵家を恨む気はない。王家の意向を無視し、寄親を嘲笑っていた報いを受けただけだ。
しかし、自分は貴族だ。……自分はどうなろうと構わないが領民を身売りさせるわけにはいかない。
政略結婚で資産家の家から婿を迎え、乗っ取られてもしょうがない。
…社交の場に出るまでそう考えていたベッツは思い知る。アトラス陛下の意志を無下にした挙げ句の復旧困難なレベルでの困窮。
キルケ子爵領に寄ってくるのは自分の寄子達だけ。当然、同じ財政難を抱えている。
貴族社会でのキルケ子爵はないもの扱いの爪弾き者だったと……。
「始めましょうか?
負けて勝ちを拾う暗愚の戦いを……」
南部のダガル候爵より伯爵家の専横を許すなと言う檄文と大金が届けられた。
勝ち目は絶対にない。キルケ子爵家が所有する軍船等、彼のレリント号に取り付くまもなく沈められるだろう。
けれどキルケ子爵家が潰されれば、まともな領主が赴任することになる。
そうなれば、領民は明日を得られるはずだ。
「…謀反を起こす資金すらない家に誰も期待などしていないでしょうし」
ベッツ・キルケは自らの死刑執行書類にサインをする。
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北の平原では、ケンタウルスの大集会が行われていた。
「伯爵家の支配は終わりだ!
我々こそが西部の支配者に相応しい! だろう!」
その真ん中で声を上げる族長ルー・ペリルに昨日、集落に着くまでビクビクしていた面影はない。
何故なら、ここには自分に賛同する仲間がいっぱいいるから。
「そもそも、俺より足が遅いガーランドが俺より偉いのはおかしい!」
ルーの言葉に大歓声が上がる。……ケンタウルスでも足の速さと偉さに因果関係はない。ルーより足の速い者は何人もいる。
その事を指摘するほど賢い者はいない。
建国時に伝令として活躍した者の直系がルーだから、ルーの言葉を鵜呑みにするなら、ルーが威張るのもおかしいわけだが、筋力極振り種族の哀しさだろうか?
……ケンタウルスは何も分からないまま、いつも通りに突き進む。
三者三様の戦争への動機と思惑があります。
…ケンタウルス達が酷いですけれど、現実でも同じ感覚で戦争を起こす国がありますし。




