トール叔父
訪れた執務室のソファーに座る面子は、左側に祖父と祖母2人で、右側にトール叔父。
さて、何処に座るべきか?
「…フォル、そこの椅子に座りなさい」
一瞬、迷う素振りを見せつつ、端にある休憩用のソファーを指差す爺さんに従う。
祖父達の側に座るのが正しいが場所がなく、かといってトール叔父側に座るわけにいかない。
そもそも今件に関しては部外者だしな。傍観者に徹しても良いだろう。
……そもそも俺が呼ばれる必要はあるのか?
「それではトール。お前の言い分を聞こうか?」
「言い分ってなんですか。どうせ私に次期当主としての目はありませんでしたでしょ?
なら娘を唆して次期当主に取り入ろうとしたり、それが無理そうなら、フォルセウス・アルヴィスの家族と懇意を深めようとするのが当然じゃないですか?」
「ほう、気付いておったか」
「分かりますよ。
…最初におかしいと思ったのは、レオンの娘は4人いると聞いているのに公式の場に出てくるのは決まって3人。
それじゃあ最後の1人はと確認をとれば、病弱で『黒の森』に移され出てこないと言う噂でしょ?」
…アイシャには3人も姉妹がいるのか?
男の方が生まれやすい人狼系であることを加味すれば、レオンは見た目に反して子沢山だな。
「私は写生旅行と称して『黒の森』にも行ったことがありますけど、そんな病弱な子がいるとは聞いたことがない。
その上、ダゴン家の知り合いがセルラニア王宮に人狼種の侍女を専属として付けられた王子がいるらしいと噂すれば、その辺りを辿るだけですみますよ?」
「それを儂らに気取られることなくやりおったか」
「親父が悪いんですよ? 母さんやセーネ様にまで秘密にするから、足元が疎かになる。私は親父に気を付けるだけでしたし、その状況で年中絵を描いている出来損ないまで監視するのは無理でしょ?」
…曲者だな。東部の雄ジリコン侯爵家のリリアナ婆さんや南部を守護するジェイン辺境伯出身のセーネ婆さんには関わってほしいと言うことまでよんでいたんだろう。
「それだけ知恵をまわせるなら自らが次期当主になろうと思わないのか?」
「無茶言わないでください。あの兄貴ですら排除されたんですよ?
私程度の凡人では何処かで冷たくなっているのが関の山でしょ?」
「本当に惰弱ね。後で鍛え直さないと駄目かしら?」
「あ、セーネ様。私はもう伯爵家の者じゃないですよね?
既に新しい家名も考えているんですよ?
今の私は、トール・タム。絵画教師のトール・タムです」
慌てて答えるトール叔父。セーネ婆さんの強い殺気を感じたらしいがそれだけの危険感知があればそこそこ大丈夫だった気もするな。
「それも分からんな。絵画の指導者と言うのはどう言うことじゃ?」
「先程も言ったけど、最初はダイクライム殿に繋ぎを作る目的だったけど会えずに、代わりにアントン家の子女の興味を引くことが出来た。
彼女達はフォルセウスと同行してこの大陸に来ているはずだから話を聞く為に羊皮紙の数枚くらいは良いかとキリエ嬢に絵を描かせてあげて気が付いた」
「と言うと?」
「最初は落書きのようなものだった。目の大きさはちぐはぐだし、何となく人に見えるかなと? と言う程度。
だけど、いきなり絵の具で下書きなしでそれならと思って輪郭の書き方とかの初歩技術を教えるとあっという間に上達する。
それで気が付いたんだけど、絵の才能があっても技術を教えてくれる者がいない。
僕のように実家に財力があれば、試行錯誤して技術を習得していけると考えてね」
『あの叔父さん、実は凄いんじゃない?』
『アリスか。俺もそう思った。製紙技術がない世界だと絵を描くのは羊皮紙。読んで字の如く羊の皮の裏側をなめした物だ。1頭の羊を食用にした時に1枚しか出来ないからその価値は高い。
日本とは違って人件費より物価が高い世界だから、特殊な教養を教える人物の需要は計り知れない』
『だよね。1日に銀板1枚で教師を雇っても、羊皮紙を20枚無駄にするより経済的だし』
『絵画用の羊皮紙が1枚銅板5枚で買えるか?
しかも、それで上達する保証はない』
…娯楽用の資材の価格ってどれくらいだろう?
でこぼこがあったり、傷があれば絵なんか描けないから、相当高そうな気がする。
こちらがアリスと話をしている間にも、4人の話し合いは続く。
トール叔父の言うことは間違いなく先見性に長けた内容だが、元々高い経済力のある家に生まれて、絵にも興味ない祖父母には納得できないらしい。
平行線を辿るばかりのようだ。
助け船を出そう。あの叔父は恩を売って損はない。
「少し良いですか?」
「どうした?」
「先程からのトール叔父の言うことも一理あるのではと思って。
爺さん達も始めて野営をした時に、料理の仕方を習いませんでしたか?
食材を渡されていきなり料理してみろと言われました?」
「「「…なるほど」」」
…全く。興味のないことだから、想像が付かないんだ。
騎士として食事の大事さを知っている以上はその方面でフッてやればすぐ納得できる。
「それじゃあ!」
「好きにやってみろ。ただし、上手くいかなくても我々の手助けはない」
「もちろん、伯爵家の名を出してそれを悪用されたら覚悟しておきなさいよ?」
「これから一家の長になると決めた以上は家族にも責任を持つこと。良いわね?」
…絶対に厳しいだろ?
子供が1人逹する時に手助けはしないのに必要なら罰を与えると脅すかね?
『見越しているんじゃない?』
『何を?』
『当面はキリエちゃんに絵を教えるんでしょ?』
『だろうな』
『…言い替えるよ?
ルナライトの次期当主側室に絵を教えるんでしょ?』
『…ああ。放っといても貴族がよってくるな』
…大学とかでも同じゼミの仲間でまとまったりするが、同じ人物に習うと言うのは強い連帯感を生む。
将来の社交場で、娘がキリエ様と同じくトール先生に師事しているのですと言えば、それだけで警戒のハードルは下がる。
共通の人物から思想影響を受けているから同じような思考をするだろうと思い込む。
影響を受けたのは娘でお前じゃないとか、習ったのは技術であって、思想でないとかはあまり重視されないな。
「しばらくは家に逗留することになりそうじゃな?」
「1年か2年はね。その間に情報が広まれば、充分食べていける算段だよ?」
「…迎賓館に部屋を用意させる」
俺たちが出て場所が空いたし、アントン家の姉妹はそちらを利用するからな。
しかし…。
「ラケシス嬢と叔母はそんな急な変化に納得できるんですねぇ」
……。
俺の何気ない呟きに静まり返る室内。……マジか。
「…親父」
「言ったばかりじゃぞ!
既に親でも子でもない‼」
「母さん」
「一家の長になるんでしょ?」
「これは好き勝手やった罰。自業自得ですね」
「セーネ様まで……」
関わらないが得策だな。
「叔父上」
「フォル!」
「骨は拾って差し上げます」
「……」
親指立ててグットの合図と共に俺が出来る最大限の好意を示す。
『まあ家族の問題だし、それで良いんじゃない?』
ため息混じりのアリスの言葉がすべてを物語っていた。




