馬車の音が聞こえて
『セルドア・ガムト。ガムト子爵家次期当主。
リンダ・ガムト。ガムト子爵家長女。
貴族として』
2枚の紙に書かれた内容の1枚目だ。俺とガーランド爺さんの意思疏通の為にセリオンの爺さんに運んでもらった紙の写し。
まず、この2名の糾弾を切り口にする。
迎賓館の外から聞こえてくる馬車特有のカラカラと言う音。
パーティーまで2時間ある今、登城しているのは騎士爵家の者と豪商等の無爵な者だろう。
「この中の1つはハージヒルムを出ることのない馬車か……」
「違うわよ。分家の者は子爵と同じくらいの時間に来るもの」
今朝から俺にくっついているルシアが何気ない1言に返す。
…そう聞くと少し気も晴れるかな?
現状を理解せずに貴族の気でいるのなら、それに相応しい対応をとられるのも彼らにとって本意だろう。
「……」
「……ルシア姉さん? そろそろ着替えに行かれては?」
俺を膝の間に挟んだまま座らせて、ニコニコしているルシアを促すが。
「ルシアって呼んでって言ったじゃない。私のドレスも隣の部屋に運んであるから大丈夫よ」
…ちくしょう。
セバスの仕業、いやセリオンの爺が1枚噛んでいるな。
じゃなきゃ迎賓館の侍従達が当たり前のように俺達2人を夫婦のように扱ったりしないだろう?
「お姉ちゃんだから、フォル君がまた泣かないように一緒にいないとね?」
「捏造だ!」
「寝ている時に涙を流しても分からないものね。朝の真っ赤なお目々がその証拠」
……ちくしょう。
誰だよ、ルシアを俺の部屋に入れた奴。
…メアリーしかいない。暗殺者に狙われていたルシアの安全の為に迎賓館へ匿うと言う建前は、爺さん達の利益にしかなっていない。どちらかの爺がけしかけたんじゃないだろうな!
……あり得る。一番当主候補に遠いはずのルシアが最初に狙われるのはおかしい。
これ以上このことは触れないでおこう嫌な予感しかしない。
寝ている間に泣いていたか。…確かにこれから俺がする行動は現代日本では考えられないような行動だ。理性はともかく、感情が付いていかないのかもしれない。
2枚目の紙に書かれていた何人かの名前の1つ。
『ビアンカ・ヌルマ』
今年で6歳になる女の子らしい。いや、6歳になることは出来ないのだから、5歳の女の子と表現するべきか。
…分家の1つヌルマ家の跡取りの娘で、ガムトがどのような態度を取ろうとも助からない立場の少女。
出来れば、自分が特権階級であった認識があれば俺にとっては救いだが…。
『別に5歳の女の子1人見逃してもいいんじゃないの?』
『その女の子が成人した時に自分が正当な伯爵家の継承者だと周囲を煽動すれば、それに賛同する多くの人を殺すことになる。
伯爵家の血筋を理由に貴族が旗頭にすれば百人規模の死傷者を出すかもな』
『出さない可能性もあるでしょ?』
『出す可能性の方が高い。それに生かしたままでこちらの利益になる可能性はほぼ皆無だろうが、ハイリスクノーリターンの代表みたいだ』
『そこまで冷静に計算しているのに…』
『うるさい。感情が付いていかなかったんだ。そもそも、戦場で相対する敵を倒す教育は受けても、無抵抗の少女を同じように扱えるか?』
「失礼します。フォル様、ルシア様そろそろ準備をしてくださいませ」
ノックの音と共にドア越しに声を掛けてくるセバス。
……大舞台の幕開けだな。
「後でね」と言って出ていくルシアを見送って、着替え始める。
もう後戻りは出来ない。




