ダゴンの爺と婚約者候補
ダゴンの爺さん。
今の名前、セリオン・アルト・ダゴンは、元はルナスフィア王国の王太子だったが、現ルナライト伯ガーランドの兄であり、元ルナライト次期当主であったアトラス・ルナライトに地位を奪われた。
能力的には上の中に入る十分に優秀な貴族なのだが、特上相手には分が悪かったらしい。
その証明に海上貿易で栄えていた海詩吟姫族の婿養子となり、貿易都市ダゴンをそれまでの倍近い規模へ成長させた傑物。
往年は貿易路開拓に力を入れ、様々な国に人脈を持ち、その中にはセルラニア国王ガルドバングやサザルラント皇帝ケトル4世もいる。
冬になると寒い本拠地ダゴンから離れて南の方の知己の家々を回る。その中にセルラニアとルナライト伯爵領がある。
長々と説明したが、俺にとっては毎年1ヵ月くらい顔を合わせて、馬鹿なことから貴族のあり方まで様々なことを教えてくれた親切な爺さんと言ったところだろう。
それでも…。
「人様の安眠妨害してんじゃねえよ! 爺!」
「既に夜が開けとるのに寝とるお前が悪いんじゃ!」
まだ薄暗い朝早くに叩き起こされたらぶちギレても良いと思うんだ。
「大体、どうやって入って来たんだ?
ハージヒルム城の城門が開くのはもっと後だろう?」
「バロッサに入れてもらった」
「…ああ、厨房は今が一番忙しい時間か。ん?
ハージヒルム城に入った方法は分かったが、迎賓館にはどうやってだ?」
「伊達に毎年逗留しとらんぞ?
農具小屋の床下から儂の部屋のベット下まで隠し通路が造ってある」
「不法侵入じゃねえか!」
「勝手知ったる人の家とな。その辺は隠し通路を塞がんこの家の連中が悪い」
「この建物担当じゃないのか?」
「違いますよ? ガーランド様が当主になるまでの空白期間に分家が大分悪さをしたらしく、伯爵家の使用人の質はかなり悪いです」
扉を開けて入ってきたのはセバス。執事服を着こなしたお茶菓子の準備から敵地潜入まで何でもこなす漫画の中の執事のような完璧執事。
「昔の伯爵家ならば、我々でもこれほど簡単に迎賓館を制圧出来ません」
しいて欠点を挙げるなら、名字がチャンでないことくらいのスーパー執事は穏やかに会釈をしながら、物騒なことを宣った。
「制圧?」
「はい。本日よりこの館内は全て当家の侍従が管理します。何か御座いましたら、このセバスか、フォル様付きのメアリーにお申し付けください」
「昔から思っていたけど、絶対ダゴン家の使用人は物騒だろ?」
「いえいえ、貴族家間の使用人同士の暗闘は珍しくありません。セルラニアが平和すぎるのですよ?」
「じゃな。弱味を握るための潜入とその阻止。家族の誘拐や暗殺まで執事の歴史は決して良いものではない」
「…マジか」
「大真面目な話じゃ。なのにこの家にはまともな執事はいないようじゃな?」
「全くです。西の王家を護るのならば、その身を壁にするくらいの覚悟が欲しいものです」
こいつらの世紀末執事大戦な話はスルーしよう。
「それはおいおいとして、爺さん達は今日か明日に着く予定じゃなかったっけ?」
「貴族と言うのは、相手に実際より遅めの日程を申請しておくものじゃよ」
「それで早目に着いたと連絡を入れて、面会準備が整うのを相手の街の宿で待つものです」
「儂らは昨日の朝方着いてな。今日の昼にハージヒルムへ入城する予定じゃったが、昨日見過ごせん者を見掛けたので先に迎賓館を抑えた」
「見過ごせない者?」
「ルシア嬢と仲睦まじい様子のフォル様ですよ」
市場に向かう大通りを通った時だな?
「…そんなに仲良さそうに見えたか?」
「初々しい恋人のようでした」
「それが困るんじゃよ!
あの娘自体は飛び抜けて優秀じゃよ?
じゃが両親が共にガーランドと仲が悪いし、そのせいで伯爵家内の基盤が弱い。ただでさえ新参のフォルが彼女を婚約者に迎えれば、伯爵家の内情はまた乱れるぞ!」
「セリオン様、抑えてください。ここはフォル様の候補者の説明を…」
「おお、そうじゃった。ガーランドやセーネが訪ねられん状況じゃろ?
とは言え、次期当主指名の段階で側室筆頭となるアイシャを紹介せねばならない。側室筆頭を紹介するには先に正妻を発表する必要がある」
「…つまり、後8日以内に生涯を伴にするパートナーを決めろと言うのか?」
「実質5日じゃな。向こうの準備もある」
「おい!」
「無茶は承知じゃ。じゃが西の王家を継ぐと言うのはそう言うことじゃよ」
「だからって何でこんな無茶振りを! …すみません」
「カカカッ!
子供が気を遣うでない。儂が至らなかったのは事実で、その皺寄せがこの現状なのも事実じゃ。
じゃから、儂の知っていることとガーランドが調べさせた情報を持ってきた」
多分、一番自分に腹をたてているのは爺さん本人なのだろうな。我ながら情けない。
「まず、ルシア嬢じゃが先程言ったように本人の資質は抜群じゃぞ?
他人と距離を詰めるのが上手いから奥向きは言うことないが、支持者が少ない。
次いでミーティア嬢。少々融通が聞かんところはあるが、真っ直ぐで気が強い性格ゆえに使用人の支持が厚いな」
この2人は既に会っている。どちらも申し分ないが、これからのことを考えると使用人の支持が厚いのはむしろ邪魔な気がする。
「最後はラケシス嬢。正直、他の2人より能力的には見劣りするが美貌は上で、何より参謀役が優秀じゃ」
その子とは会っていないよな?
まあ綺麗なだけだと微妙な…。優秀な参謀付きなら看板くらいなら役立つか?
「…思った通り、美貌どうこうには一切眉を動かさなんだぞ?」
「フォル様、お可哀想に…」
失礼な主従だな。10歳の少年として美貌には興味あるぞ? 30過ぎのおっさんとして綺麗な姉ちゃんを侍らせたいぞ?
だが、そう言うのはもっと低い位の側室で十分な話だろ?
頭の緩い正妻が言質を取られるのは貴族社会では致命的だ。
…ああ選ぶまでないや。
「じゃあ、ルシアを正妻に」
「「おい!」」
俺の選択に同時に突っ込みを入れてくる主従。本当に仲が良い。
「お主そんなサラリと自分の婚約者を決めるのか?
途中で気に入らないと変更できるもんじゃないぞ!」
「だからだろうに。一から説明するぞ?
まず、ラケシス嬢。
本人の能力が微妙な時点で考える必要があり、優秀な参謀とやらも現時点で俺に声を掛けてこない以上は、保守的な思考の可能性があるだろう?
これからやる伯爵家の内情整理に邪魔になるかも知れないから、論外。
次いで、ミーティア嬢は使用人の支持が厚いそうだが、それだと駄目な使用人が庇護を受けようとしたのか、まともな使用人をミーティア嬢が庇ったか分からない。
後は、俺は立場的に沢山の側室を持つ必要があるんだろう?
昨日感じたルシア嬢の人当たりの良さは価値が高い」
「…絶対ガルドの奴は教育を間違えたじゃろ?」
「10歳の子供が消去法で奥さんを選ぶとか不憫ですね…」
…確かに情に薄いと言うか。ドライ過ぎると言うか。だが、こればかりは俺の性格だろうな。
母さんや兄貴達が殺されたら、烈火の如く怒ると思うけど、それはこれまでに築いた情があるから。婚約者はこれからお互いに情を育てる相手だろう?
一目惚れをするほど迂闊な性格の人じゃあるまいし、大多数の中から愛情を捧ぐ相手を選ぶより、彼女と決めた相手を信頼していく方が誠実な気がするんだが…。
そう言えば、前世で良くインタビューとかで何故その相手を恋愛対象に選んだかと訊いている番組があったな。
殆どが何となく、後は外観と優しそうだからとかでだったか?
前者2つは遺伝子に踊らされているのだろうな。彼奴は自分の欲しい遺伝子を持っているから、恋をしろと命令されてるだろう。
後者は自己保存の本能かな? 優しい奴や誠実な奴なら自分を守ってくれると思うんじゃないか?
「なあ、爺さん達。
…思うんだけど、恋愛を尊ぶ奴って打算的な奴じゃないか?」
「恋愛をするのは良いことじゃろう?」
「ふと思ったんだが、相手を恋愛対象に選ぶ時って、性格が優しいとか誠実な者を重視するだろう?
それって子供を育てている間の自分の安全を保証して貰おうと言う本能じゃないか?
そんな自分達の後ろめたさを意図的にか無意識か知らないが誤魔化すために恋愛を良いものだと周囲に喧伝するような?」
遺伝子どうこうは理解できないだろうから、あえて外観については語らない。……なのに。
「…多分、貴族としては優秀なんじゃろうな」
「何処かに無邪気を教育してくれる教師は居ませんかね?」
「駄目じゃろ。こいつは幼稚と切り捨てそうじゃぞ」
「確かに」
主従でヒソヒソと話始めた。失礼な、孤児院時代は小さい子に人気があったんだぞ? ……多分、歳の近い保護者的な意味で。




