食テロ準備中?
目的の物が手に入らなかった市場散策を終え、セルラニアでもお馴染みだった不味い平たいパンで昼食を済ませ、昼食の片付けと夕食の準備が済むまで食休み。
その食休み中にゼリーを盛った皿をケンタが持ってきたのには驚いたが、そのゼリーを食べている間に厨房が空いたのは丁度良かった。
「良く来た! お前がケンタの雇い主だな!」
ルシアと城に帰ってから同行するようになったミーティア嬢の2人を連れて厨房を訪れた俺を迎えたのは彫りの深い顔をしたでかいオッサンの大声だった。
「そうなります。そのケンタが何でここで既に働いているんです?」
一瞬だけ同行者に目を向けるアイコンタクトをしつつ問い掛ける。
「暇で居心地悪そうだったからな!
いきなりガーランドの実家へ連れてこられた時の俺と同じような顔してやがった。
聞けば料理人だと言うしじゃあ手伝え、日雇いの賃金くらい出してやるってなったんだよ!」
「バロッサは、元々冒険者なのでしたっけ?」
「おうよ。ルシア。ガーランドと一緒に組んでる時は盾士兼料理番。
実家に戻るが家の料理人が信用できないって連れてこられて以来、ここを仕切っている」
なるほど、信用できるこちら側の者か。
ケンタからかそれとも爺さんからかは分からないが、俺の事情を既に知っている奴だな。
加えて元冒険者らしく情報の扱いが丁寧だ。
「でしたら、ケンタさんと一緒に色々な試作をするのに協力してくれませんか?」
「おうよ。『既に』そう言う予定だぜ」
…何でお前みたいなのが調理専門スタッフやっている。この2人にそれとなく掛けたカマに気付くならもうちょっと爺さんを手伝ってやれよ。
「よろしくお願いします。まずはパンの改良。セルラニアの方で流行り出したパンの作り方ですけど…」
「動物の乳を追加だな?」
「!」
「大陸の東を旅した時に似たようなのを食ったことがあってな。あの時は気付かなかったが、バートン達がセルラニアには柔らかいパンがあり、パン屋が家畜の乳を買っているって情報を持ってきた」
「…何故、それを出さなかったんです?」
「流行り出した直後にセルラニアから貴族が来るんだぞ?
製法を知っているなら、開発者じゃないかと思ってな?
にしても売り付けないとか、お前まだ未熟だな…」
「気付く者は気付くでしょ?
それで金儲けなど…」
「いいかフォル坊。これから流行るものをいち早く知る。これは騙すんじゃなくて、歴とした利権だ。
お前はその詰めの甘さで自分の首を絞めたぜ。
…俺が言うか?」
そう言った後にルシアへ目を向けるバロッサ。どういう意味だ?
「ふふ。可愛いフォル君にルシアお姉さんが説明してあげちゃおう。
今回のことが終わったらそれで縁が切れる相手を騙すことに躊躇する性格じゃないでしょ?
つまりこれから自分はバロッサ、強いては伯爵家に永い付き合いとなる証拠」
「あ」
『プッ、策士が策に溺れてる』
…まあ良い。どうせ、この2人は最初から疑っていたんだから、予想が確信に変わっただけだ。
『負っけっ惜しみ~‼』
『良いんだよ。こいつらもわざわざ周囲へ拡散する性格じゃないんだし』
「ルシア。ダムフォード公子を気軽に呼びすぎでしょ?
君付けなんてはしたない」
「ミーティアも羨ましい癖に?」
「そんなことはありません」
「ふうん?
弱味を握った今なら、結構無茶なお願いも出来るのにねぇ?」
「…勘弁してよ。ルシアお姉ちゃん」
何か嫌な予感がしたから先手を打つ。
「うん。お前呼びで既成事実でもと思ったけど、お姉ちゃん呼びが良かったから、そっちで良いわ」
…危なぁ。絶対にこのルシアは政治とか駆け引きで俺より強いだろ。
「…ルシアと同い年の私を他人行儀で呼ぶのは何か嫌よね?」
ボソッと呟くミーティアの台詞に冷や汗が止まらない今日この頃。
「これからよろしくお願いします。ミーティアお姉ちゃん」
「します?」
「…よろしく」
こっちも負けず劣らずじゃねえか。鬼門か? 伯爵家?
「フォル坊も精進が足りないな。
さて、これがヤギの乳を入れたタネを焼いたパンだ。柔らかくて良い出来なんだが、バートンに見せたらセルラニアのはもっと膨らんでいたと言われた。何が悪い?」
「お前の性格!」
マフィンのようになったパンを持ってきたバロッサに速攻で返す。
「違いない。そんな性格の悪い俺は他の使用人にフォルの素性を話ちまうかも知れないぜ?」
「本当に性格悪いな。…砂糖を入れたか?
膨らむ時に砂糖がないと膨らみが悪くなるんだ」
「なるほど、今日の晩飯でやってみる。
じゃあ、本題だな?」
「ああ。次期当主の指名会でよりレベルの高いゼリーを出したい。貴族達を驚かせるようなな!」
「それで市場に行ったのね?
けど、ゼリーって先程食べたやつでしょ?
あれでも十分驚いたわよ?」
「ケンタ、あれは家畜の骨を煮詰めて冷ました物だろ?
砂糖でデザートにする発想は良かったが、元々、西大陸の北に住む高原民族の伝統料理だ。ダゴンを始めとした北部貴族の度肝を抜けるものじゃない」
「はい。元々私の故郷の病人食なんです。健康な人間でも美味しく感じるように果汁を加えて匂いを誤魔化し、砂糖で味を整えただけで…」
そう言うことか。つうか博識だな。バロッサの癖に。
「坊、バロッサの癖に博識だとか考えてるだろ?」
「良く分かったな」
「そこは嘘でも誤魔化せよ!」
「大丈夫、私もそう思ったから」
「同じく」
ルシアとミーティアの2人も同じく思ったか。
多少は溜飲も下がったし、一から見直しだな。
「まずは原料だな。骨を煮詰めていたようだが、皮からでも取れるはずだ。むしろ、こちらの方が効率的だったと思う」
ゼラチンは、コラーゲンを煮出して冷却したタンパク質だからな。骨より皮膚に多いのが道理。
「そうなのか? 普通皮は料理に使わないからな…」
「そうですね。私でも知りませんでした」
「続けるぞ? 獣臭さは藁灰を入れて混ぜた後に布で濾せばかなり改善できるはずだ。それで砂糖を入れすぎて甘いだけの物ではなくなるはず」
「やってみよう」
活性炭による吸着濾過の真似だな。問題は布目の粗さ加減だな。質の低い布は目が粗いから1枚では灰が通り抜ける。かといって布の数をどんどん増やせば、ゾル状態でも濾過できないだろうし…。
「駄目なら強い酒精と混ぜて煮れば、臭みが一緒に飛ぶはず」
「状況次第でそちらも試すか?」
「頼むよ。果汁はノウハウがあるケンタが選んでほしい。
後、ゼリーを冷やすことが出来れば更に美味しく感じるはず」
「無茶を言うな。氷属性持ちなんて伯爵領内全域見渡してもいるかどうか…」
『そうだよな。アリス、電気で冷やしたり出来ないか?』
『無理』
『エアコンとか、冷蔵庫とかで電気を使うだろうに?』
『原理知っているの?』
『分からないな。待てよ? ヒートポンプの仕組みを簡単に聞いたことがあるような。…確か圧縮した空気を水冷して、常圧に戻すと温度が冷えるとか』
『それくらいなら井戸水で良いじゃない…』
『あ』
「近所で湧き水はないか?」
「確かに中庭の井戸水なら冷たいな」
「それじゃあ最低限の目処はたったな」
「そうだな。じゃあ後は俺達の仕事だ。お前らは出ていけ」
そう言って追い出しに掛かるバロッサ。…そうだな。その方が良さそうだ。
「後は任せるぞ?」
「…良いのですか? フォル?」
「そうよ。見届けたくは…」
「俺達がここにいることを知っている使用人は多い。小悪党に利用された挙げ句、俺達に冤罪を着せてくるのがいるかもしれない」
「だから、正体を隠しているのね?」
「なるほど、私の父はまともですけど、母はお爺様を好いていないわね」
ミーティアが強く頷いている。納得してくれたのはありがたいけど子供に見透かされる母親って正直どうなのかな?
明日中にはダゴンの爺さんが来るんだったか?
爺さんなら茶色い海草に詳しいかもしれない。…寒天の方が色々工夫しやすいと思うのは俺が元日本人だからか?




