伯爵夫人のお茶会
コンコンと私の書斎を叩くノックが響く。…誰かしら?
って考えるまでないわね。
躾に厳しい私は娘達にも孫にも嫌われているのに昼下がりのお茶の時間に訪れるのは…。
「失礼します。セーネ様
リリアナ様がおみえです」
ああやっぱり。姉さんだったわ。多分、先日の歓迎会のことね。
「姉さんを入れるのに何を他人行儀にしているのです? オーロック」
扉を開けた若い執事は頭をかきながら。
「セーネ様。今は家中が騒がしいのです。
そこにきて、側室筆頭の元に本妻がいつもの気軽さで訪れては問題になりますでしょうに?」
と苦言を述べる。この子も伯爵家に来てから平和ボケしたわね。
「戦士が姉妹の絆を信じないなんて、不届きですね。オーロック、領境を1周走ってきなさい」
「領境!
レルテの外壁じゃなくてですか?」
「何か? ああ7日で帰ってきなさいよ?
晩餐会の支度に1日欲しいから」
「セーネちゃん。その辺でオーロック君も気を遣ったんだし、外壁1日走り続けるくらいで許してあげて?」
さすが姉さんです。オーロックを前半の言葉で喜ばせ、後半で落としました。
面倒事は拳で語ってきた我がジェイン家の者ではこうはいかないでしょう。
「そう言えば、姉さん。今日はどうしたんですか?」
「? いつも3日に一度は一緒にお茶を飲んでいるじゃない?」
「そうでなくて、もうじき次期当主の指名があるのですよ?
私の愚娘達が選ばれれば、姉さんを追い出しに掛かるかもしれないのに…」
「? 別に伯爵家にすがらなくても剣の1本もあれば、生きていけるわよ?」
「…さすがです」
…さすが元侯爵令嬢でありながら政略結婚が嫌で、実家を飛び出して冒険者になった方なだけありますね。
私のような親の命ずるままに生きてきた温室育ちとは訳が違う。
「…いえ、アトラス陛下をボコボコにして、ガーランド様に嫁いでる時点で先代様の思惑を外してますから」
「何? オーロック、まだいたの?」
「失礼します!」
大慌てで出ていく執事を見送り、姉さんにお茶を出す。
「ガーランドの思惑はなんだと思う?」
「姉さんも何かあると疑っていましたか?」
「馬鹿な分家連中に踊らされている3姉妹や絵ばかり描いているトールじゃあ、とても次期当主の襲名なんて出来ないでしょ?」
「やはり、ルシアかミーティアのどちらかでしょうか?」
「どちらが次期当主になっても分家がしゃしゃり出てくるわね?」
「両方とも13ですよ?」
「それを抑えるセルラニアかなとも思う訳よ」
「彼の少年が身分を偽っているわけですね?」
「そう言うこと。正直、ガーランドの扱い方がおかしいわ。ガルドバング王の隠し子か何かかもしれないわよ?」
さすが姉さんは良く考えますね。私も脳筋寄りな連中が多い実家ではそれなりに頭脳労働の役立ったんですが。
あれ?
「それなら2人のどちらにもアドバイスしてないのは何故です?」
「伯爵家の跡取り足る者がその程度に気付かないなんて論外でしょ?」
「…ああ、姉さんもジリゴン侯爵家の出身でしたね」
「ええ。セーネは鬼人族らしく物理的に可愛がっていたようだけど、私はこっちよ?」
そう言って頭を指差す姉さん。子供達もある意味可哀想よね。正妻と側室筆頭が上級貴族出身だから、伯爵家の人間は鍛えるのが義務と考える状態でしょ?
甘い言葉を口にする分家に依るのも当然かしら?
…ダグラス君は優秀だったのに本当に残念だわ。トールは怖がって近付かないし、ヴェル、ナナ、アンネは分家に依存。
それなりにいる孫達もルシアとミーティアくらいで、伯爵家の跡取りになれる実力はない。
「眉をひそめないの。
ここで下手に動けば、ダガルの思う壺よ?
あなた達も奴等は嫌いでしょ?」
「ええ。絶対にダグラスが出奔したのも奴等のせいでしょ!」
机に叩き付けたコップが凹む。…あら。鋼鉄製の私の握力でも壊れにくいコップは貴重なのに。
「本当にね」
「姉さんの血の繋がった息子でしょ? そんな淡白な!」
「そうね。けど剣が握れなくなっただけで逃げ出すならそれまでよ?」
「時々、姉さんは私以上に根性論を語りますよね…」
「それくらいの気概が欲しいだけよ。多分、ダガルの連中は分家がどうなろうと関係ないのよ」
「どう言うことです? あそこはガーランドを目の敵にしている気がするのですけど?」
「あの家はシースコンとの外交で栄える家よ?
ジェイン家がシースコンの玄関なら、あそこはシースコンの勝手口とでも言うべきかしら。
西部が栄えてシースコンの驚異が下がれば、ダガル候の影響力が衰える。その分、南部ではジェイン家が影響力を増すわね」
…確かに南部からシースコンに繋がる2つの街道は大街道を私の実家が、山岳道をダガル家が押さえている。軍事的な緊張が高まれば、山岳道を利用する商人が増える訳だし。
「自家の為に国全体の利益を損なうなんて!」
「そんなものよ? 実家だって自都市に人が流れるように、セゼン湖の渡し船を制限しているわ」
「それとは意味合いが違いますよ!」
「熱くならないの。上手く運べば、セルラニアの力を背景に西部が安定するでしょ?
…だけど、覚悟は出来ている?」
…姉さんが訪ねた理由はそれですか。
「見くびらないでください。私はルナスフィアを支えるジェイン辺境伯の血族。初代様に愚忠のバルログと呼ばれた、バルログ・ジェインの末裔ですよ。
姉さんこそ良いのですか?」
「私の家はそんな誇れる家名じゃないけど、私はルナライト家の正妻よ。これで十分でしょ?」
2人で笑い合う。互いに実の子供達さえ殺す覚悟があることを実感して。
貴族が意味もなく威張ることなど出来ない。国とその臣民の為に我が子を手に掛ける覚悟さえあるから威張るのだ。
…己を殺して、笑い、威張る。護国と言う宗教を盲信する殉教者たれと。
「己の血で杯を満たし、誇らしく掲げて民に授ける。故に我らは貴きかな」
「それは?」
「東大陸に伝わる演劇の一節よ?
名君と呼ばれた王様が戦争に負けて民の命と引き換えに奴隷になるの。
様々な危険な仕事をやらされて、皮膚は皺だらけ、服もボロボロなのに澄んだ目をしている王様に勝った国の貴族が訊くの。
『何故あなたの目は濁らないのか』
って。そこで答えたのが、
『己の血で杯を満たし、誇らしく掲げて民に授ける。故に我らは貴きかな。私は今まで私を生かしてくれた民の為にこの命を削っている。何処に恥があるのかな?』
だったかしらね」
「貴族の鑑ですね。私達もそうありたいものです」
「本当にね」
もう一度、姉さんと共犯者の顔で笑い合う。久しぶりに有意義なお茶会でしたね。
駄目貴族と対比な貴族の話。




