ガル・ダウト
2話同時の後になります。
仲間の目撃情報から対象が、市場へと向かっているのを確認して、一度集合の合図を掛ける。
彼らが目的にしている市場の路地裏にある酒場を集合場所にした。
「本当にやれるのか?
向こうもダウトだろう?」
「今更弱気になるな。ドット。
仮にルシア嬢が次期当主に任命されてみろ?
我が主の再起はまた遠退くのだぞ?」
「しかしな…」
…こいつも所詮は血族意識が強い人狼か。思ったより役に立たんな。
『クスッ』
「?」
「どうした、ガル?」
「笑い声が聞こえたような気がしてな?」
「街中なら当たり前だろう?」
「それもそうか。幸い護衛は3人。若いのばかりだし、忠実に三角形を維持している実戦経験の浅そうな連中だ。
騒ぎを起こして注意を引けばルシア嬢を殺すくらいの隙は作れるだろう」
『狙いはルシアちゃんか。パパは殺人の犯人にでもするの?』
「セルラニア貴族を犯人に仕立てれば、ジェーンお嬢様が苦労することになる。そうなれば恨まれるのは俺達だ」
「そうだな。ティナを犯人に仕立てよう。アンナ様の使用人を昨日解任されたんだから伯爵家を恨んでいても不思議じゃない」
『ジェーンお嬢様って誰?』
「我々の雇い主の協力者。ジェーン・ルナライト様に決まっているだろう‼ 今頃何を言っている。ドット」
「我々の雇い主の協力者。ジェーン・ルナライト様に決まっているだろう‼ 今頃何を言っている。ガル」
先程からの声はドットじゃないのか?
隣のドットの顔はかなり青い。
「ど、どうした、ドット。顔色が悪いぞ?」
「分からないか? 高魔寄の連中なら対象に警戒されることなく自然な流れで情報を引き出せる奴がいるんだ」
「まさか、そんな奴を準備していたと?」
『ドット君の方が、詳しそうだよね?
ドット君、君に決めた‼』
ドットを先に殺す気か?
良いだろう。こいつが襲われる瞬間が貴様の最後だ。
「デへェ! ヒャヒャヒャ」
周囲を見回し、警戒を強める俺を嘲笑うようにドットが白目をむき、舌を出して笑い出した。
…精神破壊系か?
しかし、魔力の流れなど感じなかったのだが。
「ガル!」
ドットへ目を向けていた俺に声を賭けてきたのは…。
「ジル? お前何でここに?
酒場に向かったんじゃないのか?」
ジル達は西の鍛冶師街の辺りにいたはず。酒場に直接向かった方が遥かに早いはずな…。
「ここは? どこだ。一体?」
「分からないわよ。酒場に向かっていて曲がり角を曲がった途端にここにいたんだから」
「ガルにジルか?
お前達もここに迷い混んだのか?」
「ゼバート達もか。ルシア嬢を襲撃する予定のメンバー全員じゃないか!」
俺達、魔狼族の若者15名が集められたのは奇妙な花畑だった。
見たこともない花が咲き乱れる小高い丘。人狼たる俺達が種類を判別出来ない花ばかりの丘と言うのは奇妙過ぎる。
『ようこそ。私の世界へ』
頭に声が響く。高位の幽玄種か?
ならば、ここは悪霊に魅せられた者が訪れる裏世界の1つか?
『悪霊だなんて、失礼ね!』
こちらの思考を読んでいる!
「だったら姿を見せろ!」
ゼバートが叫ぶ。バカが相手が仮に亡霊クラスなら見ただけで取り殺される可能性も。
「そうね。ようこそ、アリス・フォー・ワンダーランドへ」
そう言って空中に顕れたのは美しい幼女だった。可愛いとは表現できない。5歳くらいの幼女なのに、その娘の容姿は身が凍るほどの美しさを顕している。
…怖い。
馬鹿な魔狼族の俺が、宙に浮くだけの幼女に抱く感情ではない。
金髪の小さな幼女だ。爪の一裂きで殺せるような…。
「ふぅん。一応私を怖いと思えるくらいには実力もあるんだ?」
「貴様は何者だ!」
「アリス。不思議の国のアリスとでも覚えていて?
もうすぐ忘れちゃうかもだけど?」
「不思議の『国』。ここは貴様の領域か!
ならば精霊だな。何のつもりだ!」
「…うるさいな。ドットよりガルから情報を引き出すのが正解だったかな?」
肩を竦める姿も絵になる…。そうじゃない!
「ドットに精神破壊の魔術を施したのは貴様か!」
「精神破壊? やってないけど?
…ああ、頭の中の情報の有りそうな所を片っ端からあさったから壊れちゃったのよね?
海馬の位置が人間と違ったし」
「情報をあさった?」
「そうだよ? ガル・ダウト。ファイトおじさんの再従兄弟の息子で落ちこぼれの魔狼君?」
「化け物。貴様俺達をどうする気だ!」
怒鳴る俺を見た幼女、アリスはクルリとその場で1回転して。
「殺風景でしょ?
ここは私が私の為に創った私の世界だけど動物はいないの。パパにその為の権能は貰えなかったんだ。
アリスは不思議の国へ行く少女。空想の世界を創ることは出来ても、そこに住む住人は造れないんだって」
俺達を閉じ込めたのか。…待て、もうすぐ忘れる?
「…嫌だ。嫌だ‼ 死ね‼ 死んじまえよ‼」
最年少のオルフがその身を完全に人狼化させて向かっていく。恐怖に耐えられなかったのか。…だが。
「待てオルフ!
相手はどんな能力があるかも、…な!」
間違いなく、オルフの爪はアリスと名乗る精霊らしき者に触れた。あっさりと。しかし、魔力粒が跳ねることもなければ、血が吹き出ることもなく。
オルフが煙に包まれて落ちただけ。
「オルフ君はルールも聞かない悪い子だね。それとも慌てちゃった?
従士になれたら、ミューゼに告白出来ると思ったからかな?」
アリスが可笑しそうに嗤う。オルフはミューゼが好きだったのか…。
それなのに。
「…こんなにあっさり殺されるなんて」
「失礼ね!
私はこの国の住人が欲しいって言ったじゃない。なのに殺したりしないわよ?」
ジルの嘆きを聞いたアリスは腰に手を当てて怒った後、仰々しい素振りで煙っているオルフを示す。
煙の中から出てきたのは…。
「ウサギ?」
「ええ。不思議の国のアリスと言えばウサギでしょ?
…けど駄目ね。ただのウサギになっちゃった。
パパの知識に正確なウサギの描写がなかったのが悪いのよね。ベストを羽織って時計を持ったウサギはイメージ出来たんだけど」
何を言っているか理解が及ばない。違う。理解したくないんだ…。ここに居れば俺達も。
皆同じ結論に至ったのか一斉に散り散りになる。
逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと。
『ふぅん? 皆は鬼ごっこが好きなんだ?
じゃあそれで行こうか。ルールは簡単な方がいいでしょ? 今から『アリス』が追い掛ける。
『私』に『触れる』とウサギになる。逃げ切れたら大丈夫ってことにしてあげる』
声が頭に響くがそんなことは気にしていられない。早く、早く逃げないと。…本当に出口はあるのか?
『どうだろうね?』
奴を倒さないと駄目なんじゃ?
『それが出来れば言うことないけどね?』
「喰らいなさい‼ 仮にもダウトに連なる者が断霊布の1枚も隠し持っていないと思った?」
アリスの後ろへ回り込んで弓矢を放つケイト。矢に巻かれているのは断霊布?
所詮は精霊だしな。こんなのを怖れていたなんて。…え?
「分からないな?
何であなた達はこんな布が私に効くと思ったの?
…ま、いっか。
はい、ケントちゃんタッチ」
ヒラヒラと布を弄びながら呆然と立ち止まっていたケントに触れるアリス。
その直後に顔色を変えて。
『パパが呼んでる。じゃあ遊びは終わりか』
…助かったのか? いや、急激に嫌な予感が!
俺の中の魔力が減る? クリシュか?
『今、『世界』に触れている人は全員負けでしょ?』
『岩山顕現!』
そこら中で煙が出るのをクリシュが創った岩山の上から見ているしかない俺。
『『私』に『触れる』とウサギになる。逃げ切れたら大丈夫ってことにしてあげる』
…そうか。最初からどうしょうもない程負けていたんだ。
「たかが地の中位精霊が良くそれだけの機転を効かせたね?」
アリスの手に掴まれているのは、他と違って茶色い毛並みのウサギ。 まさか…。
「あんな馬鹿じゃなくて、私に仕えない?」
『結晶麗剣刃』
やはりそうだ。あのウサギが俺の魔力を使って精霊魔術を使っている以上は…。
「そんなに魔力を消耗したら消えるわよ?
ここは私の世界だって言ったでしょ?
契約者の魔力が尽きた精霊が存在出来るはずないって分かるはずじゃない? あれにそんなに価値あるかな?」
上級魔術に属する結晶麗剣刃で斬りつけられても最初からなかったかのように振る舞う。どう考えても勝てない。何でただの人間がこんな最上級の精霊を…。
『兄ちゃん。殺らせない。家族だから!』
クリシュから意思が伝わってくる俺のことを家族と思ってくれていたのか。本当の家族に体が強くない出来損ないと扱われる俺を。
「待て、俺が死ねば契約が切れる。クリシュを助けてくれ!」
『いや僕が!』
ずっと一緒だったクリシュが消えるのは駄目だ。ましてや馬鹿なマネをしようとした俺が死ぬべきで…。
そう思っていた俺の頭にクリシュがぶつけられる。
「何で最初から最後まで悪役で徹さないのよ。もういい‼
お前らどっか行け‼」
アリスの叫び声と共に妙な浮遊感が俺達を襲い……。
『…兄ちゃん。兄ちゃん、起きろ!』
頭をグリグリやる嫌な感触に目を覚ました俺の前には砂の海が広がっていた。ってちょっと待て!
「砂で出来た海だと?」
「多分砂漠だよ」
「砂漠ってこれがそうなのか?
…クリシュ?」
目の前の茶色のウサギがしゃべったような?
「あの世界で魔術使ったせいか、微妙に位階が上がったみたい?
上級までいってないけど、喋れるようになった?」
「良かったのか?」
「ウサギのままだよ?
まあ、2人して生きてるんだから十分良かった方だけど…」
「そうだな。けど砂漠ってことは魔大陸じゃないよな?」
「西大陸のサザルラント北西部にある。ダムノー砂海だって。
この辺りの地霊が教えてくれた」
「黒の森まで帰ろうと思ったら、2ヶ月は掛かるよな?」
「兄ちゃんは一番大事な時にいなかった役立たず扱いじゃねぇ?」
その言葉に思わず崩れ落ちる俺。
「げ、元気出せよ? 兄ちゃん知ってるか?
人間達の国じゃあ、地の下位精霊魔術が使えるだけで金持ちになれるらしいんだぜ?」
「だがな。俺みたいに虚弱な人狼が…」
「いやいや、人狼基準の虚弱であって人間でみれば上位の頑丈さだから!
竜王が治めるセルラニアとかに行けば、貴族になれるかも知れねえぞ?」
「馬鹿を言うな。そのセルラニア貴族の前で暴れたばかりだろうが!」
「じゃあどうすんだ?」
そこまで言われたところで、グゥウとなる俺の腹。
「ひとまず、近くで街がないかを探そう」
「…そうだな」
頭に茶色いウサギを乗せた人狼の奇妙な冒険が始まった。




