ガムト子爵家、宵の口 / とある絵描きの思うこと
「結果はまだ分からんのか!
愚図どもめ」
交易都市ブルの大通りに面した宿屋。その2階から大きな声が響く。
…本当に愚図なのは誰か指摘してやるのも優しさではないかと私は思う。
「隊長。若様荒れてみえますね」
「ああ困ったものだ。ガントラックで雇った漁師達の結果が分かるのは次の大陸航行船が来た時だと何度も言っているんだがな」
「…既に出立準備が整っているのですよ?
これ以上は士気に関わるのでは?」
「そうだな。しかし、私の言葉には耳を貸さないだろう?
ガムト領に戻りましょうと言っても俺を殺す気だろうと疑う始末。お前はどうなんだ?」
あのセルラニア貴族の言葉がここまで祟るとは想定外だ。しかし、副長のこいつの言葉なら或いは…。
「駄目ですね。
アゼル・ダウトが死んだのを確認していないのに父に会えるか! の一点張りです」
「…そうか。こうなると後10日以上ここに留められることになるな」
「使いを出すべきでは?
ご当主様の判断を仰ぐべきところですよ?」
「既に出している。ガムト子爵家そのものがなくなる際だぞ?
そういう判断は当然だ」
「…そう言えばバントの姿を見ませんでしたね。後はご当主様が正しい判断を下されれば良いのですが?」
「滅多なことを言うな。我々は主家に殉ずるのみだ」
「ですね。しかし若い奴等が可哀想です。数日の自由行動を許可されては?」
「そうしてやりたいのは山々だが、出立の日取りが決まらなくてはな…」
「偽書を用意させましょうか?」
「やむを得んか。5日後を目処に出立準備をしよう。閣下への遣いも新たに用意する必要があるな」
「ええ。…どれだけ残りますか?」
「分からん。伯爵家を敵に回している自覚があれば良いが…」
…本当に自覚があれば救いだな。しかし山間の田舎領地に仕える同僚達にそれは難しいだろうな。
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「中々の出来ですね」
キャンパスの上に書かれている絵は、昨日見た少年をそのまま写しているように見える。…少なくても僕の主観では。
「お父様!
また絵を描いていたのですか?」
「絵描きが木を彫っていたら可笑しいだろう?」
勢い良くアトリエの扉を開いた娘についおどけて返してしまう。案の定、眉をひそめるが今更だったとキャンパスへ向き直る。
「…それはダムフォードの少年ですか?」
「分かるかい?
珍しく良い出来だと自賛していたんだが」
「絵の出来はいまいちです。けど、あの少年が一瞬みせた覇気のようなものは良く描けているかと」
親子だからってそんなにズバリと言わなくても。
「相変わらず遠慮がないね」
「下手な絵を下手と言って何が悪いんですか?
それよりも昨日のお爺様の発言を覚えていますか?」
やはりその話か。興味がないと言いたいが、この子に頑張って貰わないと僕も生きていけないからね。
…筆とパレットを置いてお茶にしよう。
「次期当主を指名すると言う話だね?」
「はい。家中誰が指名されるのかで持ちきりです。…アンナ様の使用人達は他の伯母様に近付きつつあるみたいですけど」
「セルラニアの後見を得て、次期当主の立ち位置を安定させたいのに、その橋渡し役の貴族を見下したんだ。
姉貴達は仲が良いから、あの2人と旦那を追い出したりしないだろうけど、使用人まで助けないだろうね」
「やはり伯母様のどちらかが、次期当主に?」
「どうだろう?
少なくても僕はあり得ないよ?
セーネ様に嫌われているからね」
「…セーネお婆様ですか?
しかし、リリアナお婆様がお爺様の正妻ですよ?」
「いくら側室とは言え、現ジェイン辺境伯の伯母に当たる方だからね。
ダグラス兄さんが生きていれば別だけどね」
指を失って、剣を握れなくなったって兄さんくらい優秀なら十分当主としてやっていけただろうに…。
「ダグラス伯父様と言えば、その伯父様が行方不明になったのも、セルラニア王国でしたね?」
「ああ、懇意にしていたガルドバング王を訪ねる途中に、凶賊に襲われたらしい。
それもあって彼の陛下は当家に良くしてくれる。
多分、次期当主指名を大々的にやって、それを後見するのもガルドバング陛下なりの罪滅ぼしじゃないかな?」
「しかし、遣わされたのは騎士爵家の少年ですよ?
あのやり取りは少しお芝居染みていると思いましたが…」
娘もあれはお芝居だと気付いていたんだね。けど、彼の少年の正体にはさすがに気付かないか。
まあ、ダウト家の妙な動きに気付いていなければ、あの少年は何? と思うだろうな。魔力も隠していたし。
…興味を持つ方向に誘導しよう。
「騎士爵家の少年。確かにそんな子を1人遣わしただけと言うのは奇妙だね。
けど、彼は王に伝えると言ったよね?」
「ガルドバング陛下の意向で動いているなら不思議でもないのでは?」
「そう考えることも出来るけど、騎士爵家の少年は階位で言えば平民だよ?」
「あ!
他人を交えずに直接報告できるのはおかしい!」
そうだね。階位で見れば、彼の情報はまず騎士爵に伝えられ、騎士爵の派閥の伯爵が伝えるか。派閥に伯爵位の者がいなければ子爵を経由して宰相或いは大臣職の誰かが奏上となる。
「…もしかして、セルラニア王国の密偵か何かなのかしら?」
「いくら何でも幼すぎるよ?
魔族と人族だと考え方が違うからピンとこないかな?」
「ああ、高位貴族の不義の子供とか?」
良い線で興味を持ったね。魔族なら魔力の低い平民を母に持つ庶子が、正妻の子供達を上回る立場に立つのは不可能に近いから、結構普通に家に上げるんだけど、人の場合はそうも行かないらしいんだよね。
…更にだめ押ししようかな?
「そう言えば、彼が着ていた服は魔力封じの糸が織り込んであった気がするね?
父さんが準備したらしいけど?」
「お父様。…幼い少年が異国の地で1人。心細いでしょうし、少し仲良くしてあげたいわ?」
「そうだね。昨日のことで使用人は良い感情を持っていないだろうし」
…来た時以上に勢い良く出ていく。
あからさまに動いて、姉さんの子供達に感付かれないでくれよ?




