炎の巡礼路道中
ラッパは港が小さく、遠浅の地形の為にレリント号の入港が出来ない。
そもそも超大型船であるレリント号は入港出来る港も少なく、出来たとしても長時間桟橋を占拠するわけにいかない。ガントラックでも出港日前日まで沖で待機していたらしい。
そんなレリント号が長期に渡って停泊できるのが、ドックがあるジェッタと海上に浮かぶ街であるティルテの2つ。どちらもレリント号の為に造られた都市だと言うのだから勿体ない話だが、ジェッタは多くの船大工が住む工業都市、ティルテは特殊な機構を利用した観光都市として栄えている。
そう、ティルテは観光都市なのだ!
1泊するだけで素通りするのは勿体ない。と言う主張は反対多数で否決された。
「兄貴が二日酔いでもなってれば、観光できたのに」
「まだ言ってる。無理に決まっているでしょ?
レオン卿達はフォルを安全にガーランド伯のところまで連れていくのが仕事よ?
多分叔父様のパーティとバートン達を置いて先を急ぐだけじゃないかしら?」
「…確かにそうなりますね。まだ、観光の機会はありますよ?」
「それもそうか。これからはレルテヘ行く前に途中の街で1泊だっけ?」
「はい。私のお爺様が治める街です。レルテへ至る4つの街道、炎、水、風、王の名を冠せられる4大巡礼路の内、炎と王はレルテ手前の街はダウトの血縁が治めています」
「東へ延びる王の巡礼路の最西の街がアイシャの故郷だっけ?」
「はい。生まれはそこらしいです。けれど、すぐにこれから行くジンクへ移されて、物心つく頃にはセルラニア王城にいましたよ?
5年前に里帰りで滞在したのもハージヒルム城でしたので故郷と言う感じはあまりありませんね」
「そう言えば何でここが炎の巡礼路なの?」
「ジンクより北へ延びる本道を通ると炎の精霊の領域に辿り着くからです。レルテ北東に延びる風は、風の山道と呼ばれる峠を経由してクリングオルフへ、南へ延びる水は大河アリオーンへ通じます」
「東の王都へ通じるのが王の巡礼路だな?」
「はい。この4大巡礼路は伯爵家を支える血流とまで言われ、それ故に非常に安全な道です。
女性が単身で通っても犯罪に巻き込まれないと言われています」
日本なら当たり前のことだが、この世界でその安全性は凄い。
俺達が乗る馬車も先程から殆ど揺れないし、魔大陸の方が進んでいる気がするんだよな。
「セルラニアでもそこまで安全な街道はないわね」
「4大巡礼路上での犯罪は盗みでも恒久犯罪奴隷落ち、怪我を負わせれば死罪ですからね。
よほどのバカでも手を出しません」
「証拠隠滅を図る貴族とかいそうだが?」
「その為の我等伯爵家所属騎士団ですよ。絶えず巡回部隊が街道上を通り、貴族が犯罪に巻き込まれないように護衛もします」
「レオンか。犯罪に巻き込まれないようにか?」
御者席にいたレオンがこっちへ顔を向ける。
「ええ、何処の貴族家所属が誰と行動をしたかは逐次報告されます。これまでに積み上げた実績の中には王族もいますよ?」
「本当に?」
「はい、アムトロ王の第3王子ですね。
側室腹で甘やかされた彼の王子は王都でも見目麗しい女性を館に招いていたらしいのですが…」
「王の巡礼路で同じことをしようとしたのか?」
「はい。ただ王子はお気に入りを連れてくることが出来なかったから魔が差したとも証言したとか」
「もて余したのか?」
「でしょうね。この罪を問われて、母親も側室を降ろされたと言いますし」
この国の王族って身内にも厳しいよな。
だからこそ大国を維持出来たともとれるが…。
「それよりもレオンが顔を出したと言うことは…」
「はい。まもなく父が治めるジンクへ入ります。そのまま館まで行きますのでもうしばらくご辛抱ください」
「分かった」
…それからすぐにガタンと馬車が一瞬跳ねる。街門用のレールを通ったのだろう。
「街に入ったな」
「そのようです。ここはあまり大きな都市ではありませんので、すぐに館へ着くはずです」
『そうもいかないよ?』
「アリス。何かあったか?」
「周辺の屋根に人影がたくさん」
珍しく具現化するアリス。…魔力を与えておくか。
「パラライズ?」
「ぶっつけ本番だが大丈夫か?」
コクッと頷くから大丈夫だろう。…アリスは。
「どう言うことよ?」
「さあ? 何処からか俺のことを知った奴でもいるんじゃないか?」
「魔狼族が護衛している馬車を襲うかしら?」
「逆だ。こちらが安心している時ほど暗殺の好機だぞ。街に入ったすぐに陣取り、気を抜いているところを強襲と言った所だろうな。
…手口が玄人臭いな」
「父に報告しますか?」
俺の言葉を聞いたアイシャが太股のガーターから抜いた長い針を数本指の間に挟みながら訊いてくる。
「襲撃者にバレるのは避けたい。レオンが容易く倒されるわけないだろうし」
「こう言う時、戦う手段がないと不便よね」
そう言いつつ、マントを腕に巻くリム。厚手のマントだから、易々とナイフを透したりしない。馬車で襲われた時の対処ではかなり正しいけど、何でこいつはこんなことを知っている?
「入ってくるのは1人のはずだ。俺の側から入ろうとしたら左。アイシャ側なら右と言ってくれ。
その後は全力でパラライズだ」
「反則よね。こっちは外の様子が分かるなんて」
「良いだろう? 死ぬわけには…」
「右!」
アリスの指示にアイシャ側を向く。普通は馬車正面から右側、俺達から見て左手側に要人を乗せるからそちらを襲うのに!
扉を開けて入ってきた大男は、アイシャの針を革盾で防ぐ。やはり手練れか!
「ご当主様?!」
「覚えておったか? アイシャよ。そして良く来た我が、アギャギャギャギャァアアァ!」
「「ガーランド様!」」
『…アリスは急に止まれない』
痺れて馬車から落ちる大男。…一応、ここが魔狼族のお膝元だから、連中の手荒な歓迎かとも思っていたが、それに爺さんが参加しているとか予想の斜め上も良いところだろう。
爺さんの名を叫んだ老人の人狼の奥ではぶっ倒れたレオンも見える。
これは大騒動になるんじゃ…
「何の騒ぎだよ?」
「ジイチャンズの歓迎らしい」
「あれか? 相変わらずだよな!」
「良いから行こうぜ? 下手に近づくと後片付けを手伝わされるぜ?」
…うん。問題ないな!
自分達のトップが倒されたのに放置する連中ばかりらしい。多分、日頃の行いだな!
「…若様ですな?
ひとまず、儂が御者を務めますのでガーランド様を空いている席に乗せてください。
館に参ります」
「…頼む」
カラカラと言う車輪の音がえらく大きく聞こえる微妙な馬車の旅になった。




