お疲れさまです?
急に現れて詰め寄った挙げ句、うっかり海に転落した。
……こう言うとどうしょうもなく駄目な人みたいだ。初めて会った時は凄い威厳を持っていたのだが?
とにかく、海から掬い上げられたジード神は、一瞬で服を乾かし、…塩っ気も一切残さない辺り高度な術式だと思うのだが。
ティーラウンジの10人掛け円形テーブルへ移動した訳だけど、フォルを運んでいったレオン卿がまだ来ないので、先にジード神が何故ここまでくたびれているのかを聞こう。
「まずジード殿、何故そこまで消耗しているんです?」
「全て『あの方』のせいですよ。少し前になるのですが、世界の在り方を書き換えられました」
…いきなりとんでもない言葉が出た。
「根幹部分に厄介な仕組みを付け足してくれたんです。
…ステータスって分かります?」
「ステータス?」
「そうですよね! 『あの方』がまともなアフターケアをするはずなかった!」
そこまで叫んで机に突っ伏したジード神。そのステータスと言うのが付け足されたシステムか?
普通に考えれば、立場や地位を意味するが?
「…ステータスオープンと言うスペルで、自分の前に魔力で出来たボードを造り出せる魔術です。実際にやってもらえますか?」
変なスペルだが?
ダイクライム・トーン・アルヴィス 竜族
生命力 800 魔力 1500
攻撃力 60 防御力 40
素早さ 50 幸運 70
…なるほど、目の前にガラスの板のような物が現れて、何かが書いてある。
文字の種類が多いな。しかも複雑で規則性が見えない。フォルに聞くしかないか?
「叔父様? その透明な板のような物に叔父様の情報が書かれているの?」
横から覗き込んでいるリムが訊ねてきたのだが。
…文字が見えていない?
「プライバシーの侵害だから他人のステータスは見えないそうですよ!
これじゃ意味ないと数人がかりで他の人のステータスを見えるように改良しようとしましたが、吹き飛ばされて重症です」
「プライバシー?」
「個人情報です。『あの方』が前までいた世界では文明が発達して、個人の権利が大きかったので」
それは意味があるのか?
権利を主張するなら相応の義務を負う覚悟がいる。平民にそれを理解させるのは相当の手間だと思うが?
「根本的に世界の在り方が違うと思ってください。
本題を続けますよ?
これが元々この世界にあったことにされたのですが文字は異世界の物なわけです。どうなると思います?」
「…当たり前の物なのに理解が出来ない?
…意味が通らないような?」
そう言った私の呟きを聞いて、ジード神は力強く頷いた。
「これが造られた半月程前ですが、その日を境に今まで読めたステータスが読めなくなったと言う扱い。大混乱は必死だとこの世界の神総出で対策が行われました」
「「神?!」」
リムとアイシャが驚きの声を上げる。まあそうなるか。
「叔父様の同類じゃなかったの?」
「私も常識のない学者仲間の方かとばかり!」
…ちょっと待て、2人とも私への認識そんなだったのか?
なにより…。
「このジード神と同類……」
「学術馬鹿の同類…」
隣のジード神も落ち込んだが、失礼な!
「「あなたと同類とか失礼だろ!」」
…ジード神と全く同じタイミングで全く同じ言葉を発してしまった。
「……ジード神。この話題は避けましょう」
「賛成です。これは不毛だ。
とにかく、その混乱を避けるために教会がもたらした神の恩恵と認識を変えました。ここは比較的簡単です。大規模な認識誘導だけですから、下級神5人が疲労で倒れたくらいですみました。
一番の問題は、術式を一切弄れないこと。教会にこれを見ることの出来る魔道具を設置しようとすると負荷がかかって壊れます。
その対策に疲れきった所で、これに組み込まれていたのが個人情報保護の術式で、表示される情報を本人しか見えないように設定したら、大丈夫と分かり、あまりの理不尽さを嘆いた神が休職しました」
「……大変でしたね」
「ええ。今朝までまともに寝ることも許されず、他の方はともかく、受肉している私は寝ないと疲労も貯まるんですがね。
やっと寝れるとベッドに入った所で『あの方』の気配ですよ!」
「本当にお疲れさまです。しかし、そんなに対策に時間がかかったにしては目立った混乱もなかったような? 旅の途中、大半が船の上だったせいですかね?」
「先程言いましたが、これは他人の見えないんです。比較できないから見てもしょうがない物なんですよ。
この半月の間に見に来て騒いだのは、すべての大陸合わせても3人ですよ!
その騒ぎも皆して無関心ですし!」
ドンッと机を叩くジード神の背は妙に煤けて見えた。
「失礼します。遅くなりましたが話はどこまで進みましたか?」
丁度良いタイミングでレオン卿がやって来た。
ここらで仕切り直しをしないとずっとこのままジード神の愚痴を聞いていることになりそうだったし。
そのレオン卿を空いている椅子に座ることを促して、
「さて、全員揃いましたので、自己紹介から始めましょうか?
私とジード神はお互いも知っていますし……」
「私への紹介は不要です。そちらの可愛らしい女の子がリムティエル・アルヴィス王女、隣の狼人系の少女がアイシャ・ダウトで、今席に着いた方がレオン・ダウト卿ですね?
私はジード。竜属の創造主である古代竜達を監視する<操竜宮>に属する神属です」
「本当ですか? クライム殿?」
私の紹介を普通に割り込んで潰したジード神に疑いの目を向けるレオン卿。ここで偽る利益はないのだが。
「本当です。ヘレナス神を始めとする私達が見知った神とは立ち位置が違うとのことですが」
「はい、一般に各世界泡で認識されているのは<泡観宮>のその世界担当の神です。
中には信仰を集めた精霊や英霊が神として扱われる場合。炎神タイノスのような者もいますが」
「……ひとまず、あなたが神であると言うのは信じましょう。クライム様を信じる意味で。
それでそんな方が、何故この船に?
やって来た方法も気になりますが」
「私達がもっとも畏れる方の怒りの波動を感じたからです!」
「あの気配の主ですか?」
「ええ、先程口にした古代竜の創造者であり、最上級の古代竜でもある竜樹の、更にその造り手です。我々は『あの方』と呼び、名称を付けることもしません。どこから『あの方』に知られ、興味を持たれるか分かった物じゃありませんから」
確か初めて会った時に古代竜の始祖は祖竜大樹ルーシェ。『あの方』は創祖竜と呼ばれると言っていたが?
「前に言った内容は、あなたの判断で伝えてください。私自身が選定した訳じゃない方に言えません」
「分かりました。…本当に怖いんですね」
「しみじみと言わないでください。現在の『あの方』は記憶の大半を封印してフォルセウス様となっています。ですが、緊急時に対応できるように造られた疑似人格がいるんですよ!
それが先程怒った相手です」
「…疑似人格と言うのが何か分からないが、大半の意識は若様となっているのだろう?
それは神が怖れる程の存在なのか?」
レオン卿の問い掛けはもっともだろう。私もそれは疑問だった。それほどに恐ろしい…。
…あ、中位血統の成竜3体を簡単に制圧していた。
「疑似人格は『あの方』の力の欠片。髪の毛1本程度の物でしょうね。
しかし、それでも我々は手の1振りで消滅させられるでしょう」
「そんな存在が若様の中に? 危険では?」
「本体に及ぶわけないでしょう?
あなた方が気を付けるのは『あの方』の怒りを買わないことです。
今回のクライム殿のようにね!」
ジト目でにらまないでほしい。『あの方』も納得していたんだし。
「神々が若様を怖れているのは分かった。それは伯爵家に害となるか?」
「なりません!
絶対に『あの方』を害するような真似だけはやめてください‼
お願いします‼ 本当にお願いします‼」
土下座を始めてしまった。いいのか? 仮にも神の1柱が人狼に土下座して。
「分かりました。しかし、この件はガーランド様経由で王家に伝えても?」
「良いですよ。何ならムーネスさん経由で王家に神属の意向を伝えても良いくらいです」
「ムーネスさん? その方はルナスフィアに大きな影響力でも?」
「ああ、あの人は名前を隠しているんでした。あなた方の言う月華神です」
その一言にピシッと固まるダウト親子。まあ、ルナスフィア王国における最高神のお告げとか無茶苦茶だから。
「…それはやめてください。下手な手を打って王家に若様が迎えられるのは避けたいので。若様も王様とかは嫌だと言ってましたし」
「……そうですね。そんな面倒な立場にしたら、多分烈火の如く怒る気がします」
真っ青な顔になるジード神。本当に大変なことで。
「……ではそのように対応しましょう」
「お願いします」
…レオン卿もさすが大貴族の従士長と言うべきか。
フォルが王家へ上げられそうになったら、月華神教会から圧力が掛かるようにした手並みは見事だ。
「……竜の里も干渉を強くするかしら?」
リムがボソッと呟く。レオン卿に続いてジード神を利用する気みたいではあるけど、叔父としてはリムにも幸せになってもらいたいしな…。
「そちらもありましたね。こちらも下手に知っている者を増やすよりリム姫がフォルセウス様のフォローをしてもらう方がありがたい。他の者と相談してからになりますが、協力的に動けると思います」
「ありがとうございます」
満面の笑顔。各方面に影響力を持つ神の後押しはリムには良い追い風になりそうだし、当然と言えば当然かな。
「……そう言えば、クライム殿。
あなたに長距離転移の術式を伝えようと思っていたんです。
この世界の竜祖は古代竜ファンフェイ。彼はどちらかと言えば前衛よりの竜ですので、転移系の術式は伝わっていないでしょう?」
「先程、来るのに使ったやつですか?」
「ええ。距離に比例してかなり魔力を使いますが、転移系の術式がまともにないこの世界ではかなり重宝しますよ?
ただ、この手の術は自分専用ですから、それだけ注意してください」
「その手の術は?
『あの方』はフォルが行ったこともないあちらの竜の里へ中位の成竜3体を強制転移させていたような?」
「『あの方』が?
多分、物理的長距離転移ってやつですね」
「物理的?」
「離れた2つの空間を力ずくで入れ換えるなんちゃって魔術ですよ。
我々にはやりようもないとんでも転移術ですけど、『あの方』なら余裕でしょうね」
「あ、そう言う扱いなんだ」
リムが思わず、と言うように呟く。
「ええ、基本的に触るな危険と言う感じで…。
クライム殿。直接術式を転写しますので、手を出してもらえます?」
「そんなことも出来るのか?
神と言うのは凄いな」
「疲れますから普段はやりませんよ?
これやって転移で逗留先に戻ったら、ほぼ魔力空です」
「そんな大量の魔力を消費する術を何故?」
「……大分、話し込みましたからフォルセウス様が起きてくるかもしれないでしょ?」
ガクッと肩を落とすジード神に向けられる視線はどれも憐れみに満ちていた、とだけ伝えておこう。




