船の旅 3日目
ガントラックを出港して3日。
ガムト勢の襲撃もなく、平和そのものの船旅は快適すぎて飽きる。
目を輝かせて、歩き回っていた兄のお陰ですんなりシンクルメアとも話ができたし…。
シンクルメアの気持ち? 利害の一致は素晴らしいとだけ言っておこう。
そんで暇をもて余している俺にフックが持ちかけたのだ。
「食料調達を兼ねて、釣りでもどうですか?」
と。
そして、船の端で釣糸を垂れだした俺に声をかけてきたのが、船酔いを経験しているせいで本を持ち込めずにいた兄だ。
「釣れないですね」
「釣れないねぇ」
そんなわけで釣りに興じる竜族兄弟の図が出来上がった。
「そう簡単なものではないですよ?
気長に待ちましょう?」
更に俺の隣に陣取ったレオンがのんびりと答える。
夜勤10名と哨戒役4名を除く全員が釣りをしているが、趣味感覚は俺達3人と女性陣だけで、後は目をギラ付かせている。釣れた魚は自分で調理することも出来るが、若干の色を付けて船に売ることも出来る。 沖に棲む大型回遊魚を1匹でも揚げれば、銀板2枚くらいになるらしい。
この船旅に支給される一般船員の特別手当てが金貨1枚、10万円相当だから、2万円の臨時ボーナスは嬉しいだろう。そもそも売ったからって喰いっぱぐれる訳じゃないんだ。良いとこが回ってくる可能性は減るだろうが、晩飯が豪華になるのは間違いない。
「そう言えば兄さんから連絡があったんだけど、あの『ダイーショーユー』だっけ?
向こうの大陸に着くまで絶対に造らないでくれって言ってきた。緊急用の貴重な遠話魔石を使って言うことかな?」
「俺は遠話魔石を持たされていたことを知りませんでしたよ?」
「道中の緊急連絡用に10個持たされているんだ。他の経路で伯爵家にも届いているはずだね」
確か、遠話魔石は1対造るのに風と石の2属性持ちと錬金術師を半日ほど拘束するから、10分程度の会話ができる低ランクで金貨3枚じゃなかったか?
代用醤油を造らないでくれと言う連絡に30万円…、勿体な。
「なんですか?
旅の途中で造れるほど簡単じゃないんですけど?」
「宮廷晩餐会で出したら、大好評だったらしいよ?
貴族が皆して欲しがって、1ビン銀板2枚で売れているらしい」
おい!
「言いたいこともわかるけど、ここは兄孝行だと思うべきさ。
セルラニアで凄い売れたと言うことはあちらでも売れると言う保障だと思うしかない」
「ですね。そう言えば、この船に持つんでありますし、あれと砂糖を混ぜた物に付けて表面を軽く焼く『テリヤキ』と言うものが美味しいらしいですよ?」
「らしい。はいらないんじゃないかい?」
「どういう意味です?」
すっとぼけてみる。どうにもこの兄はどこからか情報を得ている節がある。しかしわざわざ、こちらからボロを出す必要はないだろう。
「前世で食べていた物じゃないのかい?」
…何だ? 強烈な怒りが湧いてくる。転生者の概念はこの世界にあった。頭の良いこの兄が気付いてもそこまで不審じゃない。怒りが湧くのは不自然だが。
『小僧、何がしたい?』
アリスと会話している時と似ているから念話だと思うけど、何だ、この強烈な息苦しさは?
周囲の者達も顔を青くしている者ばかりじゃないか!
「誰だ?
どこから話しかけている?」
『……』
沈黙かよ。一体誰なんだ?
「荒立てる必要はないでしょう?
せっかく海の上にいるのですから、彼らを引き込むくらいは良いでしょう?
それとも、弟を孤独で苛みたいと仰せか?
であれば、私とて……!」
何かいきなりドシリアス何ですが?
さっきまでほのぼの釣りしていたよね?
『……今回は汝が正しいか。良かろう。ここは譲る』
そして消え去るプレッシャーと怒り。……ふざけるな!
こっちは間違いなく俺の怒りだ!
唯一事情を知っていそうな兄貴をとっちめてでも吐かせない……と…。
『今の出来事は俺の中から消える。これで貸し借りは無しだ』
消える。……いっ…たい……。
これはいつぞやの変な夢の住人の仕業か?……。




