ガムト子爵家の昼下がり / とある酒場での会話
前半、後半2部構成です。
「まったく、何をしているんだ!
たかが簒奪者ガーランドに尻尾を振る犬1匹、何時になったら始末が出来る?」
「落ち着きなさい。貴族が声を荒げるものではないでしょ?」
「しかし、あいつらが王家に有ること無いことを言えば、我が家の家門に傷が付きます。父上の耳に入れば、謹慎くらいはあるかもしれません」
一緒にセルラニアの貴族がいるのが不味い。そいつが一緒に騒げば、あの犬共の意見が正しいと王家が曲解するかもしれない。
「若様、御館様へ援護を求めるべきかと?」
「ルーグ!
犬共の脅迫を真に受けろと言うのか!
連中に我がガムト子爵家を潰すことなど出来ない。
それよりもこんなことを耳に入れて、お叱りを受けたらどうするんだ!」
……まったく。我がガムト子爵家は、キージョ峠で奇襲された3代アムトロ様を守り、その功績で子爵に任じられたセリス・ガムト様を祖とする名門中の名門。
伯爵家に取り入って貴族にしてもらったダウトの犬共とは訳が違うのだ!
いや、戦わずしてルナスフィア王国に降った腰抜けを先祖に持つ侯爵家より優れた家柄なのだ!
「彼らは海上で不幸な事故に遭うように準備を進めています。明日の夕方出航する大陸航行船を襲う海賊も着実に集まっていますし、この街を治めるハウベル伯爵にも目を瞑るように資金を渡しました」
「ここが見張られているのを逆手にとって、一般人の漁師で海賊仕事を仕掛け、そのどさくさで専門の暗殺者が始末する手はずです」
「そうか。馬鹿な奴等だ、ハウベル伯爵さえ我が家を恐れている事実を知らなかったのだろう」
「…うまく行きそうね。けど、大陸航行船は今日の昼に出航じゃなかったかしら?」
「何でもとある貴族家が強権を発動したらしく、港は騒がしいようですよ」
「迷惑な話だろうな。わざわざ自前の船を出すなどどこの見栄っ張りだ?」
「ルナスフィア船籍とのことでしたので、恐らくアギレラ子爵辺りでしょう。
4ヘップ級の大型船を持っているのは近隣ではそれぐらいです」
「ふん、クラゲ連中か。…あそこの当主は、ガーランドと親しいんじゃなかった?」
「確か、現当主が見習い冒険者をしていた時代にガーランドの世話になって以来の縁だとか、配下を渡航させる程ではないですね。一応、部下に港を見張らせていますが…」
偶然、ガントラックに来ただけか、なら問題ないな。……騒々しいな?
1階の酒場で酔っぱらいでも騒いでいるのか?
「大変です!」
勢い良く扉を開けたのは、ルーグの配下の従士。我がガムト子爵家の従士がノックを忘れるとは嘆かわしい。
「若様の御前で何事だ!」
「港を見張らせていた、ジルトよりの火急の知らせです!
港を占拠しているのは、超大型船レリント号です!」
レリント号? 聞いたことのない船名だが、どこの船だ?
「若様、レリント号はルナライト伯爵家の保有する軍船です。恐らく、アゼル・ダウトもその船に乗って帰るのでしょう」
「ど、どう言うことだ!
ハウベル伯爵は何も言っていなかったか!
銀貨300枚を渡したのだろうが!」
「あちらにこちらの意図を伝えるわけにもいきません。
こちらはとある商人への圧力で大陸航行船にタカリを仕掛けるとしか言えません!」
「それでは銀貨300枚を捨てたに等しいじゃないか!」
「セル、それよりもこれからどうするかでしょ?」
「…そのレリント号を襲わせるしかないだろう?」
「無理です。あちらは7ヘップの巨大船です。まともに相手になりません。しかも伯爵家の所有船ですよ。
海賊行為など皆殺しにされても文句が言えません!」
「いいからやれ!」
「……分かりました。手配します」
そう言って、部屋を出ていくルーグ。まったく我がガムト子爵家の従士が情けない。
ーーーーーーーーーーーー
貿易都市であるガントラックはそれ故に闇も濃い。各国の犯罪者が隠れるのに利用するから。
しかし、そう言う連中が無秩序に暴れることもない。他人が暴れることで、自分の脛傷をみられるのを恐れる同類が粛清するから。
暴れそうな同類の情報を共有するために或いは社会的信用がない自分が仕事にありつくために。
つまりは自分達が生きていくために犯罪者が徒党を組むのは当然で、しかし、群れて目立てば逆にその身を危険に曝す。
野山に潜む野盗ではないのだから、結局その在り方は表のギルドに酷似する。
故に闇ギルドと称され、表の権力と水面下で繋がるが、堂々と看板を建てるわけにいかないから、酒場を利用される。
利用される酒場は、一般人が想像するようなスラムにはない。むしろ、ここのような高級店だ。
……だから、今の自分みたいな者には、居心地が悪い。とノッカは不機嫌になる。
「機嫌が悪そうだな。ノッカ」
「ふん、急な呼び出しをされれば誰でも怒る」
個室の扉を開いて、味気ない酒を入れたグラスを両手にやって来たのはこの店のマスターであり、この街の闇ギルドの元締め。そして恐らく、ハウベル伯爵家の配下であろう人物だ。
名前は知らない。必要ないから皆、マスターと呼ぶ。
「奢りだ。これで機嫌を治せ」
「こう言う酒を飲むと反って機嫌が悪くなると言ったはずだが?」
「昔を思い出すか?」
「知っていたか?」
「詳しくはない。どっかで従士でもやっていたのだろうなくらいだ」
「あの頃は、味もないようなこんな酒を上手いと思ったんだがな。
今じゃ、少ない酒気を香草で誤魔化した奴に慣れちまった。
……用件は?」
「知っているか?
今、はみ出し者に声をかけて回っている貴族がいる」
「俺も声をかけられた。ルナスフィアの貴族家だろう?」
「そうだ。ウチを通している訳じゃないだが、属している連中が数人誘いに乗ったらしい。
依頼の大元はガムト子爵の息子で、タカリ仕事を囮にした暗殺だな。
成功報酬は、銀板20枚らしい」
「破格だが?」
所詮、俺達ははみ出し者だ。口止め込みで銀板10枚あれば、仕事を引き受ける。奴等ばかりだ。
「相手がアゼル・ダウトとそいつと一緒にいるセルラニア貴族らしいが?」
「この街に来ているダウト。……月の方か?」
「森の連中だって相手にしたくないだろ?」
「当たり前だ! 連中はほぼ天然の殺し屋の癖に、正規兵の訓練までしているんだぞ?
この街で商人やっている奴が戦うところを見たことがあるが、俺でも軽くあしらわれる」
俺くらいの半端な殺し屋なら10人はいないと話にならない。
「お前でもか?
ウチで一番の腕利きだろうに?」
「連中の子供の落ちこぼれでやっと互角くらいに考えろ。
でなきゃ暗殺者殺し何て呼ばれるか。
……まさか?」
「逆よ。アゼル・ダウトにアントン騎士爵の御令嬢方が同行する。その護衛をしないか?
と言う誘いだ。
レオン・ダウトにあちらの竜の里の竜族も一緒らしいが、念には念をな」
「有難い話だが、何で俺にふった?」
「貴族のことが分かるのがお前だけってのもあるが、お前をここで腐らせるのが勿体ないってのが主な理由だ。
運良く誰かの目に止まれば、表舞台に戻れるぜ?」
「そううまくいくもんか。だが、そこそこの金にはなりそうだし、請けるぜ」
そう言って口を付けた酒は相変わらず、味がしない。
……けど昨日までよりウマイ気がする。




