俺達に観光はもう無理だ……
昼下がりの穏やかな日差しの降り注ぐガラス張りの温室。ハイビスカスを思わせる赤い花や大弁の花。変わったところではウツボカズラ似の物もある。
……騎士爵家で飛び地の田舎者と言う自己申告はつくづくあてにならない。
温帯に属するこの地域でこれだけの温室を用意するなら相当な底力を隠している。…念のために、呆然としているレオンに聞いておくか。
「レオン。ルナスフィアの貴族はどこもこの規模の温室を維持できるレベルの経済力を持っているのか?」
一応、スルトがいるので耳打ちとする。
こいつなら聞かれて困る相手ではない気もするがな。
「当家の寄子どころか、伯爵家でもこれを用意するには数年の計画的な投資が必要でしょう。
熟練の海兵隊といい、騎士爵家としては破格、いえ間違いなく、件のガムト子爵など話になりません。
上位の子爵家並みかもしれませんよ?」
まるで代々の騎士爵が優秀であった証拠だな。珍しい物とはそれだけで価値がある。危険をおかして未開地へ行かなくては見れない光景が目の前にあれば、人を集めやすく、それはそのまま影響力の増大へ繋がる。しかし、その血を引いているか疑わしいのが、目の前の少年だ。
「実はこれは大した維持費もかかっていないですよ?
昼は日の光、夜は浴場の排気熱で特別なことはなにも…」
こちらの話が聞こえたからだろう。あっけらかんと話すスルトのようすを尻目にレオンへ再び耳打ちする。
「…この情報って上手くやれば、そこそこの利権になるよな?
寄親の伯爵家へ配慮したのか?
それとも…。どう思う?」
「3つ程考えられます。これくらいは差し出しても困らない何かを持っている。伯爵家から反意を疑われるのを恐れている。
……私の口からはなんとも」
…ああ! これをこの程度と考える程の何かを持っている可能性は至らなかった。俺もまだ未熟だな。
そして、レオンもコイツは貴族失格じゃないか? と疑っているわけだ。
「…基本的に、この一族は本国の貴族とは比べられないほど善良で穏やかな者が多いです」
ものは言いようだな。貴族として善良なら利権の囲い込みが甘い、穏やかと言うのは、状況の見通しが甘いともとれる。
アントン家の家風がこうなら口を出す権利はないけど、コイツの姉妹は嫁ぎ先で苦労しそうだな。
「遅くなりました。
ハービズ・アルン・アントン騎士爵です。
こちらは友人のゼットです」
昨日会った姉妹達の行く末を案じていた俺に後ろから声が掛けられ、そちらから現れた2人の男性の内、20代半ばに見える方の男が自己紹介をする。
伴っている50過ぎに見える友人は、こちらの要望通りならゼット・ハウベル・ガントラック伯の筈だ。
同い年の幼馴染みらしいから、外見の差はそのまま、人族とオケイアスの種族差だろう。
席を立って会釈して。
「ハービズ卿、ゼット殿。こちらは我が主の御嫡孫フォルセウス・オル・ルナライト・アルヴィス様です。
私共々よしなに」
「初めましてハービズ騎士爵殿、ゼットさん。ルナライト伯爵家次期当主のフォルセウスです」
レオンの紹介に続けて挨拶する。2人が席に着くのに合わせて再び着席する。逆にスルトが立ち上がって数歩後ろに下がる。
スルトは騎士爵の子供だから爵位の扱いは騎士爵未満、平民と同階級になるからな。
「スルト。貴公にも参加してもらいたい。着席せよ」
「失礼いたします」
この場で公式に一番上の身分となる俺が命じて改めて着席とか本当に貴族の在り方はめんどくさい。
ハウベル伯爵? 彼は身分を明かしていないから、伯爵としては扱えない。あくまで、フォルセウス次期伯爵が客分として招いたアントン騎士爵の友人ゼットさんと言う形になる。
「まず、こちらの急な要請にお応えいただいたこと感謝します。
私共の午前の散策中にガムト子爵家の者といさかいとなり、このまま、この街に留まるはこの地をまとめる貴族に迷惑をかけると急遽帰国をする予定となり、その挨拶をと考えた次第です」
「当方への気遣いとこのような対話の場を設けていただいたことに感謝します。
ゼット殿はハウベル家に縁ある方ゆえ、この気遣いは彼の家にも伝わることでしょう」
伯爵本人だろとは言えない。こっちが呼び出したとも。
偶然、訪れていたハウベル家の縁者ゼットさんもついでに話に参加しただけと言うのが建前だ。
「…さて、恐らくこのいさかいを揉み消そうと動く子爵家は、我らが離れた情報を知れば、それに付いて来ることでしょうが、何分、当家は内地に城を構える家柄。急な出航に対応できるベテランの船乗りを抱えているわけでもございません。つきましてはアントン騎士爵家より慣れた船乗りをお貸しいただきたく」
「もちろん、同じ主君を仰ぐ立場なれば、手を貸すは道理。
ですが船乗りとは言え、普段は当家の従士として勤める者。それらを貸し出せば、当家の治安を危ぶむのもまた道理かと」
本当に貴族のやり取りはめんどくさい。
既に打ち合わせ済みの案件を、わざわざ遠回しに言い合って最終確認とか誰得だ。
『予定変更で早く帰らないといけないから、船員貸して』
『じゃあ、その間はそっちから護衛を補填して』
そんだけのやり取りだぜ! 何て無駄だ!
「その間の兵力の補填は我が家が行います。また、御家へ逆恨む輩の脅威に、知己となった女性を晒すは騎士の名折れ。当家へ身を寄せられては?」
「伯爵家のご温情は有り難く、なれど当家も騎士爵家に御座いますれば、我が子女もまた女の身なれど、槍を取る身に御座います」
「失礼。軍家たる御家に余る発言でした。その詫びとして本国遊覧の招待と言うのは如何か?」
「娘達も貴族として、本国の社交を学ばせるはよい経験と言え、伯爵家の施しを受けるわけにはいかず、しかし、これもあれもと拒むもまた狭量に過ぎるとも」
「失礼。
ダウト名誉騎士爵として、発言させていただきます。そちらから出す船乗りを公女方の護衛とするはいかがです?」
「それはいい。互いに必要以上の借りを作らず、裁量を侵すこともない」
「こちらも賛成です」
…やっと1つ目の案件が片付いた。ここまで既に水面下で決まっていたことの確認だぞ?
やり取り自体も互いに必要以上の接点を持たないようにして、レオンが仲裁すると言う取り決めまで台本通り。
これから、アドリブになるとか辛い。…ゼットさんは貴族じゃないから、多少はマシか?
「さて、私が向こうに戻りましたら、大規模な貴族家の整理が行われることでしょう。
それに際して、アントン家の昇爵を願い出るも可能かと思います。
準男爵であれば、職分としては今まで通り。
土地の上納金が伯爵家へ納める5%から、国へ納める3%へ下がる利点があると思いますが?」
騎士爵が支払う税金は、貴族位を承認してもらう為に国へ納める年間収益の10%と土地の使用料として自分達を騎士爵へ推挙した上位貴族への税金5%。
ただし、騎士爵と準男爵家は税収と同額を年金として支給されることになっているので、土地の使用料だけがアントン家の持ち出し分となる。
それが2%分も下がればかなり大きい利益だ。これを代償に水面下で動いてほしいことがある。……しかし。
「当家は騎士爵家として、ルナライト伯爵家の庇護があればこそ、今日の発展があり未来があると思います。その温情を思えば、そのような昇爵を受けられるはずもなく」
「準男爵となれども、当家の寄子であることに変わりませんが」
「非礼はご容赦ください。軍家たる者が主君を容易く変えるは恥に御座います」
「異なことを!
我が家も御家も共に王家を主と定める身の上でしょう!」
「我らが王家に尽くすは主家たるルナライトが主と尽くすが故です」
……本当にスルトの親と言うのに納得できた。利益より義理を優先しすぎだろう。
「フォルセウス卿。アントン騎士爵家は騎士爵家であることで、この街の調整役をこなして参りました。
それは恥を忍んで、時には伯爵家の威光を借りることもあるものです。
ガントラックにあるこの屋敷が極論すれば、ルナライト伯爵家の物であると言う理由もありますぞ」
……ああ、王家と言うワンクッションが入ることで、力を落とす可能性があるのか。
無理強いは出来ないな。先にこちらの要望を伝えて、向こうから条件を提示してもらうか?
「…ですか。
それでは寄親として少し頼みをしたい。
ここからは、伯爵家次期当主ではなく、フォルセウス・アルヴィスとしてになる。
…良いか?」
口調を切り替える。疲れたからじゃなく、今の時点で伯爵家の意向とするのが不味いから。
「聞きましょう」
肩の力を抜いて応えるハービズを見るにこちらの意図は伝わったのだろう。
「ハービズ殿の第2夫人は、アフロ王国の北にある森のエルフであるとか?」
「確かにトーン大森林出身のエルフですが?」
「今、アフロ王国の貴族と彼の森林のエルフで争いが起きているのは知っているか?」
「ええ、タアト辺境伯家による侵攻を受けているはずです。
しかも、その当主が戦死した為に泥沼と化しているとも」
「当主の戦死は初耳だな。
そうなると後継者はエルフに対してある程度優位な条件を引き出せないと侮られる」
思った以上に運が良い。アフロ側への援助は要らないな。
「まさか! 外交を考え妻との離縁を!」
…ああ、普通はそうなるか。アフロ王国が平和な方が儲かる訳だし。
「逆だ。夫人を伝にしてエルフを援助してほしい。資金はこちらから出す」
「「……」」
「ハービズ卿。若様の兄も彼の森林のエルフを父に持つのは既に知っておられるのではないか?」
「広い意味では同族。だから、守りたいと?」
…うわ、本当に善良だな。まともに付き合いもない連中を同族意識何てあやふやもので助けるわけないだろ?
「最終目的はエルフ集落とタアト辺境伯領を兄の統治下に置くことだ」
「うむ。エルフ集落を活かさず殺さず疲弊させ、救世主としてダイクライム様を宛てる。
そのまま反抗戦にてタアト辺境伯領を制圧と言う筋書きでしょうか?」
ゼットさんが問い掛けてくる。さすがは、貿易都市の支配者。こちらの思惑を良く理解している。
「最低でも東西街道の支道の1つは奪いたいな」
「なるほど、それが当家の見返りでしょうか?」
「いや、エルフには矢と食糧、薬の類いしか供給しない。アントン家は武具の支援もしようとしてもらうが」
「取り締まる振りをして回収し、それでタアト辺境伯に恩を売るのですかな?」
「ハウベル伯爵には良い話だろう?
問題はアントン騎士爵に危ない橋を渡ってもらいながら、見返りが少ない点だ。
こちらが片付き、且つ、程よくエルフ達が疲弊するまでの数年もの間、それを行ってもらう必要があるのだが……」
レオンの推測では、こちらが片付くまで2年程度だが、エルフが里を出た一般民の子にすがらざるを得なくなるまでは5年は掛かるだろう。
兄さんと母さんに話せば、セルラニアの協力は得られるだろうし、研究バカの兄でも領主となるとなれば、その奥さんに娘を押し込みたい各地の権力者がこぞって味方する。
だが、それは兄を黒の竜の里へ向かわせた後でないとまずい。…半年のタイムラグがある。
「…私個人は娘達を本国の学園へ留学させたいと思っています。
それをそちらから提案していただけませんか?」
「伯爵家を滞在拠点としてだな?」
「ええ、当家の重臣達も伯爵家の提案を否定するのは無理でしょう?」
本国から離れて他の貴族との繋がりが薄い分、昔からの家臣の影響が強いんだな。
今はともかく、将来的には火種になる。それはこちらとしても都合が悪い。……受けていい提案だろう。
こちらの視線に気付いたレオンも頷いているし、ただ、従士長ハウ家の連中にそんな感じは受けなかったのだが?
あそこだけが重臣家ではないか。
「では、向こうに着いたら祖父に今回のことを話し、それから伯爵家から正式に提案。同時にエルフ集落援助を開始してもらう」
後はダシに使ったガムト子爵家がこちらの想定を越えた動きを見せないことだな。
……お馬鹿なあの少年、少女の親が自らその子の首をはねて謝罪とかは無理だと思うが、あの手の連中は異常に自己保身が上手いんだよな。
子爵を煽る仕事をしてくれる奴いないかな?
漫画とかのお馬鹿な参謀、楽観論で足元を掬われせる駒がほしい。
「レオン、ガムト子爵の側近で『伯爵家でも名門ガムト家は潰せるはずがありません』とか言って、あの姉弟の命を守れそうな伝はない?」
「悪魔ですか、貴方は」
「半分は魔人、ある意味悪魔だな。
だが、俺は悪魔程善良でないと自負している」
ガックリ項垂れるレオンを後目に裏満載の非公式会談は終わりを告げる。




