港町探索に出てきて…
さて、ガントラックの街アントン騎士爵家で一夜を過ごした俺は、早速朝から出掛けることにした。
案内をするのは、昨日大いに株を下げたスルト。風呂上がりだし、少し時間を置こうと思っている間にうたた寝をしていたらしい。
汚名返上とばかりに張り切っている。
そのスルトの末の妹、キリエが俺と手を繋いで横に並び、キリエの護衛として従士長ダッタの弟カント。
スルトの幼馴染みと言う名の御守り役でもあるバック。
昨日、港から馬車まで案内してくれた少年従士で、レオンの甥でもあるアゼルが、俺用の護衛らしい。
今年18歳のカントと同い年になるアゼルが最年長の平均年齢が若干低めの集団だが、アゼルは兵装ではなく、仕立ての良い軍服姿で、その肩には、ダウト騎士爵家の印である月と狼の紋章『狼月章』を付けている。
黒髪で黒い狼の耳が付いた男がそんな服を着て同行しているのだから、この集団に何か逢った日には、ビルド王国が終わる日になりかねない。
現に……。
「正規兵が後ろから威圧しながら付いてくるんだが?」
「すいません。兄がハウベル伯爵へ今日の事を連絡したらしく…」
「つまり、あれはビルド王国の兵士か?」
ダッタがビルド王国貴族でこの街の領主にあたるハウベル伯爵家へ話を持っていったらしい。
アントン家の兵士かと思ったが意外な話だ。
「仲が良いんだな?
自分の領地にいる異国の貴族なんて、むしろ排除対象だと思うが?」
「この街に滞在している貴族は、ビルドのハウベル伯爵家と3魔国からバウ男爵家とジリムン男爵家、そして我らがアントン騎士爵家になります。
この4家は確かに税収面で多少のいさかいもありますが、それ以外の面では協調性が強いですよ?」
カントが答える。ここはお前の仕事ではないのか? スルト?
何で従士長の弟が、政治の話を説明する。本当に貴族に向かない男だな、こいつは。
「別に談合を疑う訳ではないよ。
貴族と言うのは極論すれば軍隊だからな。他国の軍隊と仲良くと言うのは難しいのでは?
と言う疑問だ」
「……そうですね。
結局ビルド王国以外は、本国と海で隔てられているので、本国同士が仲が悪くてもあまり気にならないのです。
むしろ、他の質の悪い貴族が来た時に協力します。
ビルド王国の国内ですから、この街単体で見れば一番力があるのは、ハウベル伯爵家ですが、ビルド王国の貴族がハウベル伯爵家へ圧力をかけ、この街で悪さをすれば男爵家を通じて、南北の2つの魔国が出てきます」
「なるほど、逆にそこの貴族が悪さをすれば、アントン家を介してルナライト伯爵家が出てくる。
ルナスフィア王国の貴族が悪さをしても、同じか?」
「その場合は、ハウベル伯爵家から外交を通じて、抗議が来ますね。
実際、数年前に問題を起こした南方のイイムル伯爵家の嫡男が廃嫡されてます。
セイン様が担当し、その護衛を父が引き受けたので私も勉強の為に同行して、初めてこの国を訪れました」
やはり、そう言う駄目貴族はいるんだな。けど、この制度は。
「この制度は、ルナライト伯爵家がおかしくなったら、全て台無しだろう?」
「そうですね。現状はルナライト家に保証された安定です。しかし、ルナスフィア王国の西部を統括するもう一つの王家が狂えば、こんな小さな港街程度の混乱では済みません」
……はい?
もう一つの王家?
ルナライト家って伯爵家だろう? 上に侯爵とか辺境伯とかいるんじゃないのか?
「…もしかしてだけど?
フォル様はルナライト伯爵家の立ち位置をご存じないのでは?」
固まる俺の様子を見たカントが、アゼルに問う。どうやら、俺の知らない何かが…、! 出発前に兄貴が言っていたルナライトの特別な理由って言うのがこれか!
……嫌な予感が。
「ルナスフィア王国ではルナブラッド王家に世継ぎがいない。或いは王太子が次期国王に相応しくない場合、次の王位をルナライト家の嫡子が継ぐと定められているのです」
想像以上だった!
王様なんて絶対ごめんだぞ。この世界の贅沢なんてたかが知れている。むしろ俺の半端な知識を実現した方が遥かに良い暮らしが出来るのに、何が悲しくてそう言うことが出来ない暮らしにプラスαで、自由がなくて責任が重い立場に付かないといけない。
日本でサラリーマンやっていた方が遥かに幸せじゃねえか!
「王子とか王女が、王太子1人とかはないんじゃないか?
その場合は?」
「王太子の教育に失敗するような王とかが信用出来ます?
優秀な王太子が急逝した場合を除き、王家は交代となります。
交代させられた王家は、その太子の世代で名誉子爵。子は1階位落ちですから名誉男爵。次いで名誉騎士爵となり、元王太子の曾孫で平民落ちです」
しかも、滅茶苦茶厳しい!
きっと、そう言う王太子は滅多にいなくて、昔の法律のまま……。
「現国王アトラス様もガーランド様の兄君ですよ?
ただ、アトラス様が非常に優秀で、領政改革を国全体に広めたかった高位貴族の思惑で、王太子殿下は排斥されたので、その王太子殿下は早々と優秀さを見せつけ、ダゴン侯爵家に迎え入れられ、現在は隠居して悠々自適な生活だとか……」
方や伯爵家の跡取りだったのに王様にされ、未だに重責と多忙の毎日。方や王太子だったのに廃嫡されて、今は気楽なご隠居生活。
……ダゴン元侯爵? 会っているぞ。毎年冬に遊びに来る魔人族のじいさんじゃないか!
ダゴン家は、セイレーンの系譜なのにじいさんだけ魔人族だから、どうしてか訊いて、儂は入り婿じゃと笑っていたし……。それで良いのか? 元王太子!
いや、それよりもこれは…。
「まさか、俺が伯爵家を継がなくてはならない原因は…」
「そうですね。
いくら、アトラス様が優秀でもそれまで補佐していた側近が居なくては意味がありません」
「…大混乱だったらしいですね。海を越えたアントン家にまで状況が伝わってきたと祖父から聞いたことがあります」
アゼルの返答にカントが追加で情報を出すが、俺の感覚ではだろうな! の一言しかない。
それまで領政を担ってきた者が大量に居なくなって。
「しかも次男でしたガーランド様は冒険者として既に家を離れていまして」
本当に! この世界の貴族は家でジッとしていないな!
「呼び戻されたものの一度家を出たガーランド様より、自分の方が相応しいと主張する分家筋も多く」
そう来たか!
「長く混迷が続きました。僅か10年で相当な低迷を味わったとか」
普通なら取り潰されてもおかしくないだろうけど、他の高位貴族にも罪悪感があったんだろうな。いや、この場合はルナライトの特異性か?
「ガーランド様の冒険者時代の人脈に、王家や多くの侯爵家の手助けで立て直しが出来ましたが、同じことが続く危険性を考えたガーランド様は伯爵家に竜族の血を混じる事で容易に王として持ち上げなくすると言う奇策です」
ああ、竜族は女が産まれやすくて、しかも旦那を殺すからな。
…あれ? この場合俺って。
「そしたら、竜族の男が生まれて困ったんじゃないか?」
「滅相もない!
最近まで伯爵家を蔑ろにしてきた遠方の寄子貴族も改めて服従することでしょう!」
…そうなるのか。罪悪感がないのは良いことだ。正直、王家関連は聞きたくない情報だったが。
今はこんなこと忘れて観光に勤しもう。スルトとキリエの兄妹やバックがずっと無言だし…。




