こちら、フォルセウス対策本部
…色鮮やかな花々が咲き誇る温室を兼ねたサロン。
普段は、昼下がりに数人がのんびりとお茶を楽しむ休憩室に、お昼前のこの時間に6人も集まっているのは異常事態です。
最もこの異常事態は、我がアントン騎士爵家にとっていい意味での異常事態ですが。
皆、花や木に目を向けることもなく真剣な表情で机に向かってくれている事から、今回の重要性をきっちり理解しているのだと安堵して…。
「なあ、僕は要らないだろう?
今日みたいな日はよく魚が釣れるんだし、海へ行きたいんだけど?」
訂正です。分かっていない呑気者が1名混じっていますが、『これ』は参加しただけマシでしょう。
「お兄様。
廃嫡されたとは言え、元嫡男が何を呑気なことを言っているんですか?!」
私に代わって嗜めるウィン。妹達も咎めるような眼差しですし、良かったと思います。
次期当主である私だけが空回りしているわけではなかったのですから。
実際、現当主である父様と母様達は参加さえしていません。
…本当に能天気なんですから!
「廃嫡とは心外だよ。
僕は船乗りとして海の上で生活したいから、継承権を自分から破棄したんだし…」
「…それがすんなり通ったのは、お兄様が当主に向いてないと見限られただけでしょうに。
そんなのは廃嫡と同じです!」
「ウィン。少し興奮しすぎよ?
淑女ならもう少し癇癪を抑えなさい?」
強い口調の妹を嗜める。この娘は少し気が強すぎるのよね。
仮に我が家からフォルセウス様の側室となる娘が出たなら、5位以下の身分になるでしょう。あまり気の強い娘は選定段階で弾かれてしまう可能性が高いわ。
フォルセウス様がそう言う女性を好み、望まれれば別でしょうけど、竜族の雄は、普段我の強い雌竜に囲まれているせいで穏やかな女性を好む傾向があると言うのが通説ですし。
「すみません。お姉様」
自らの非をすぐに改められるいい娘なんですけど、少なくとも…。
「そうだ、そうだ。
そんなお転婆、嫁の貰い手がないぞ!」
このように私の叱責に追従してアホな事を言う兄よりは遥かに良いことです。
「へえ。
一応、お兄様も妹達が嫁げない不安を理解できるのですね!」
「いや…、ぼ、僕が言いたいのは一般論でね…」
私の言葉で何かまずい事を言ったのかと弱気になるお兄様。
で す が !
手遅れですわ!
「今、私達はその嫁入りや婿取りの対策に集まっている訳です!
お兄様がしっかりその事を認識していることに、このジェネも安心いたしました!」
「その、えっと…。何だ、け、結婚だけが幸せじゃないんじゃないかと僕としては愚考する限りでありまして…。
それに、ほ、ほら!
僕らの祖は『水妖精族』じゃないか!
精霊種の美貌を引き継ぐ見目麗しい僕の自慢の妹達にこんな対策は…」
「お黙りなさい! この愚兄!
オケイアス譲りの美貌? そんなのは貴族家の婚姻に何の足しにもなりません。
我が家は騎士爵家。しかも東方諸国の玄関口に館を構える田舎者です。
セルラニア王国シンサルに支城、対岸のダゴンに本拠地を構えるダゴン侯爵家のような大権力があるわけでもありません」
「田舎者はないだろう?
このガントラックにはクリングオルフ、シ-ストン、そして我らがルナスフィアの3国の魔道具が集まる大貿易港がある!」
「本当に相変わらずの駄兄ぶりです。
この街は所詮経由地にすぎません。集まった魔道具は結局、この地に留まらず、3国、帝国含めて4国ですか?
それらに運ばれるだけです」
スルト兄様の船乗りを目指すには余りに見識の甘い意見に、トアが思いっきり毒を吐く。
エルフの母を持ち、自身も魔道具コレクターを自称するこの異母妹には許せないレベルの能天気発言だったのでしょう。
「お馬鹿なお兄様は放っておくとして、自前の大型船舶を数隻持つけれど、その管理を殆ど沿岸にある騎士爵家へ委ねているのがルナライト伯爵家の実情のはずです。
当家から嫁入りする者が出れば、ここに人員を出せるはず」
「ええ、当家では維持が難しい規模の船舶の管理と運行。これがもたらす権益はかなりのものですね」
「! フォルセウス様がガントラックにいる間は、私が出来るだけ付くことにしよう。
話によれば、齢10歳のフォルセウス様にあからさまな女性を意識させるのは反って悪手だ」
上手く事が運んだ際の利益をシンとトアが話せば、急にやる気を出す兄様。
確かにそれは良い手ですが、何故?
「どうしたの? 兄さん。悪いものでも食べた?」
同じく不気味に思ったのでしょう、ウィンが問い掛けましたが。
「仮にここで私がフォルセウス様の親しい友人になれれば、その船舶で魔大陸へ渡ることもあり得るだろう?
そして、私に会うと言う名目で頻繁に伯爵家を訪れれば自ずと親しくなれる」
本当にどうしたのかしら? この兄様がまともな…。
「何よりも将来、私が大型船の船長に任命されるかもしれない!
しかも、フォルセウス様の実兄クライム様は好奇心の強い性格で冒険者に登録もしている。
上手くいけば、大型船で世界一周何て大冒険も!」
…ああ、良かった。いつも通りの愚兄でした。
とは言え、やる気があるのはありがたい話です。
「さて、動機はともかく兄様がやる気を起こしたのは良いことですし、話し合いに戻りましょう。
こちらがそれぞれに指示を出しますのでそれに異論があれば言ってください」
普通の家なら他の姉妹を出し抜く事も考えるでしょうが、当家にそんな余裕はありませんし、そこは安心ですね。
「まず、ウィン。貴方が仲良くするのは、リムティエル姫様です。
私に次ぐ継承権を持つあなたは、フォルセウス様に嫁げなければ、近隣の有力家へ嫁ぐことになる可能性が高い。
であれば、セルラニア王国との縁は非常に大きな価値を持つ」
「そうでしょうか?
私が嫁ぐなら、魔大陸の騎士爵家のいずれかでしょう?
アイシャ様との縁を深める方が良い気もしますよ?」
「アイシャ様にはシンをあてます。クォーターとは言え、同じ黒狼族の血を引いていますし、年齢的にも年下のシンが見たことのない祖母の故郷の話をねだって、仲良くするのは不自然でない」
「そう言う判断なら、クライム様にトアだね!
同じトーン大森林出身エルフの血筋だし、何より、魔術の研究をしているクライム様と魔道具コレクターのトアは相性も良いはずだ」
本当にやる気を起こすと優秀ですね。この兄は。
「…最後に本命となるフォルセウス様には、スルト兄様があたってもらいます。
キーちゃんも一緒に行って欲しいのだけど…。
……いい?」
「……」
最後まで声をださない末の妹は、持っていたぬいぐるみをより強く抱き締める。
…難しいかしら?
ただでさえ人見知りでオドオドしているこの娘に次期伯爵様のお相手は…。
「この兄も一緒だ!
大丈夫だろ?!」
「………」
空気の読めない兄が、無駄に偉そうに胸を張り、それを見たキリエの目に涙が浮かぶ。
本当にろくなことをしない男ね!
「キーを苛めるな!
この愚兄!」
私よりも早くウィンに殴り飛ばされる。
「さすが!」
「ナイスです! 姉様!」
温室の隅へ飛ぶ兄を放置して、トアとシンが賞賛を贈る。
贈られたウィンはバツが悪そうにこちらへ目を向けますが。
「ウィン。
淑女としては問題ですが、個人としては賞賛します。よくやりました」
一言返し、キリエと目線を合わせる。
「キーちゃん。フォルセウス様はあの駄兄とは比べ物にならない穏当で理知的な方と聞きます。
ですが、私はキーちゃんに無理強いしたくない。
…どうしますか?」
「……………やる」
数瞬、迷ったものの最後にはしっかり頷いてくれました。
「それでは各自、最善の行動を。
所詮海洋戦力を持つ男爵や子爵家のご令嬢が側室の3位となれば消えてします可能性です。
楽しむくらいで挑みなさい」
私の言葉に一斉に頷く一堂。
さあ、我がアントン騎士爵家の出来うる限りのおもてなしです。ご覚悟下さい。次期伯爵様!
国名の違いは、フォルの聞き間違いです。
訛った言い方をしていたマイケルにも責任がありますが、海上で聞き取りにくかった故の事故。
どこで訂正されるのやら(笑)




