ガントラック観光
船を降りて、港を抜け、街のメインストリートを越えた先、街を守る外壁に沿うように、各国の領事館とでも言うべきものが並ぶらしい。
移動に掛かる所要時間は実に半日。
大国の大都市には劣るものの東方諸国では、間違いなく最大の都市と言うことだろう。
問題は…。
「その距離を船酔いでふらつく人間10人以上と移動か?
大変じゃないか?」
「ご安心下さい。船から連絡用の使い鳩を飛ばしていますので、すぐにアントン騎士爵家の所有する馬車が来るかと思われます」
桟橋の付近にあった木箱にもたれる俺にマイケルが答える。
使い鳩。さすが元密偵と言う感じか?
江戸時代の薬売りの振りをした公儀隠密とかに近いんじゃないか? こいつら。
「あのふらふら状態で馬車に乗せて大丈夫か?」
「高価な物を運ぶための荷台に布団をひいた馬車が来るはずです。
ただ、時期的に他の馬車が出払っている可能性が高いので、若様は馬を使っていただくしか…」
「…どうせなら、歩きで街を見て回りたいのだけど?」
「ですよね。
3日も船に閉じ込められていたわけですし…。
レオンが一緒に来ると思いますので、未来の領地経営の為に交易都市を視察したいと言ってください。
そう言えば、反対はしないかと思います」
「…もしかして堅物なのか?」
「そうですね。あまり融通はきかない方でしょうか。
伯父や他の従兄弟達はそうでもないんですけどね」
「悪かったな。頑固者で!」
「げ! レオン!
お前いつの間に!」
北にある港で入り口の階段の上で腕組みをしている全身鎧姿の大男から怒鳴り声が響く。
アイシャの父親のはずだが、あまり似ていないな?
「お前らがいい加減なだけだろうが!
そんなでよく行商人が続けられる」
「いやいや、魔物から身を守る術と街々の値段を覚えるだけの記憶力があればやっていけるさ。
後は柔軟な対応。
行商で限定すれば俺の方が優秀だぞ?」
マイケルの言い分もこの世界限定で言えば正しいか?
あちらと違って物流が発展していない上に魔物がいる世界だからな。
「どうだかな。
お前の事だ、頼まれた商品を他の客に売って怒られていそうだが?」
「そんなのは始めたばかりの頃の話だ!」
やったのかよ!
「…お前、それはさすがに駄目ではないか?
信用がなくなれば誰も買ってくれなくなるだろ?」
「…ああ、北回りルートの担当は外されて、この辺りの担当にされた。…10年も前の話さ」
「よかったな。トップがランド叔父上でヤーベ叔父上なら」
「親父なら下手すると身一つで家を追い出されそうだ」
…身内で盛り上がるなよ。と言いたいのだが?
そう言う態度に気づいたのか、隣の同じようなフルプレートがレオンの脇をつつく。
「レオン卿。
まずは若様へ挨拶をすべきでは?」
「すまない。ダッタ殿。
申し遅れました。ルナライト伯爵家私設騎士団長のレオン・ダウト従士長です。
レオンとお呼びください」
「アントン騎士爵家で従士長を勤めていますダッタ・ハウと申します。
以後お見知りおきを」
…ああ、副長とかじゃなくてここの従士長か。同じような鎧姿だから分からなかった。
せめて色変えしてこいと言いたい。
「レオン!
この方はセルラニア王国ダムフォード騎士爵家のフォル様だ。
修行の旅の途中で見聞を広める為に魔大陸へ渡りたいそうだ!」
…ナイスだ。マイケル。
俺自身、その設定を忘れかけていた。一応、伯爵家の居城ハージヒルムに着くまでは、俺はフォル・ダムフォードだったな。
「おお、そうだった。
改めて、ルナライト伯爵家所属騎士団を率いる名誉大騎士のレオン・ダウト名誉騎士爵だ。
ルナスフィア王国まで行くと言うなら、我々の帰還に同行するのがよろしかろう」
「そうですね。兄や姉が一緒ですから、そちらと相談の上で」
「セルラニア王国とは、当家も懇意にしている間柄。
主セリオ・アントンも歓迎することでしょう。時にお連れの方々は体調が優れないご様子ですし、当家の馬車でお送りしましょうか?」
どうやら、アントン騎士爵家にも俺達の現状に関する通達がされているようだ。
俺のフォル・ダムフォードと言う名前に異論を唱えない。
馬車移動はどうするか? もちろん、俺以外のメンバーを運んでもらうのは確定だが。
「…どうだろう?
我々はこの街に10日ほど滞在して伯爵家の私有船舶で魔大陸へ戻る。
それに同乗するならば、数日はこの街を見学する時間も出来るのではないかね?」
レオンの提案に乗る方が良いか。
この街に根を張るアントン騎士爵家とは良好な関係を維持するのが良いだろう。
ここが人間の国である以上、彼らは伯爵家の寄子ではない可能性が高い。
王家直轄の騎士爵家だろう。日本で言えば、外国領事館の大使が地方公務員とかはあり得ないし。
男爵とかでないのが不思議だが。後は…。
「レオン卿、名誉大騎士と言うのはどういうものです?
最初に伯爵家の従士長と名乗りましたよね?」
「うむ。詳しくは馬車で話そう。
我が国独自の統治体型で説明するのが長くなりそうだからな」
そう言って、手を挙げるとそれに合わせて10人程のチェインメイル姿の男女がやってくる。
兄達を担いで運び始める連中とは別に、「こちらへ」と声を描けてくる若い少年。こいつも同じような鎧姿だから、レオンの配下だろう。
店に顔を出すと言って立ち止まったままのマイケルを残し、その案内に従う。
付いていく事数分。港の階段を少し上がった所に4台ほどの馬車があった。
旗は黒地に太陽と月が合体したような旗、ルナスフィア王国の国旗『陽月』だな。
もう1つは、赤地に簡略化された船と月の旗。多分、アントン騎士爵家の旗印だろう。
伯爵家は黒地に月とその前でクロスする杖の描かれた旗『月交差杖』と呼ばれる旗だから違うし。
「足下に気を付けてください。段差がありますので」
トビラを開けて親切に忠告してくれる少年兵士に「ありがとう」と言って中へ入る。
奥のトビラからはダッタ、俺の後からはレオンが乗り込み、俺を真ん中にして着席する。せっかくの異世界の港町なのに窓も見えない。しかも狭いし、嫌がらせかよ!
「窮屈でしょうが、少々我慢下さい。
若様の安全の為です」
ダッタが謝罪する。
…物語じゃないもんな。窓に頬杖ついていたら、狙撃してくださいと言っているようなものか。
「アントン騎士爵邸に着くまでにさほど時間もかかりませんが、先ほどのご質問にお答えします。
まず、私のような上位貴族家の従士長と言うのは厄介な立ち位置にあるのです。
伯爵家の中で見れば従士のトップです。伯爵家が単独で軍事行動をする時には従士長で副官を勤めます。小さい盗賊団や危険性の低い害獣退治の時とかですね。
ですが、規模が大きい軍事行動の際に伯爵家をトップとした諸侯軍を編成した場合、伯爵家の従士長である私が、諸侯軍の副官では序列に問題が出ます」
人目がないせいか、敬語に戻して説明を切り出すレオン。
「都市や重要拠点の維持担当する家は騎士爵家ですし、場合によっては周辺の領土を持つ男爵や子爵を配下に加えることもあります。一昨年は、この国からの要請で海賊退治をしたこともありますが、そう言う時に一代限定の名誉騎士爵では副官として問題が出ます」
「貴族としては最下位に属する名誉騎士爵が時には子爵とかにも指示をする必要が出る訳ですから、正しい序列が守れないわけです。
そこで利用されるのが軍事行動時に限り権限を与える騎士制度と言うわけですね。
私は西部領域で軍事行動する際は、伯爵家から一時的に大騎士の称号が与えられます」
「平時の階級で、例え子爵であっても大騎士に任命されている者を阻害はできません。
当家がそんな事をすれば、伯爵家から騎士爵の位を取り上げられるでしょうね」
「ちなみにですが、稀に王家、或いは北部や南部の辺境伯と合同で軍事行動が起きることがあります。
その場合は、伯爵家当主が大騎士。子爵以下の諸侯が騎士で私のような伯爵家の従士長は准騎士となりますので、その時の士官としては最下位に属します。
この時が一番気楽でありがたいですね」
ハハハと軽く笑うレオン。序列に拘る狼系の獣人だからな。本来の目上を顎で使うとかキツそうだ。
それよりも気になるのは、アントン騎士爵家の位をルナライト伯爵家が取り上げると言う話だ。
一国の駐在大使が一伯爵家の配下みたいなものってどうなんだ?
ルナライト家ってどんだけ権力を持っているんだ?
「若様、見えてきましたよ!
あちらが我がアントン騎士爵家の本拠地になります」
見 え な い が な !
窓から外を見ているお前ら2人と違って、ど真ん中の俺が馬車前方にある家を見えるわけないだろうが!
…まあいい。10日も滞在するんだ。今見えなくても問題あるまい。
そう言えば、前世含めても港町での長期滞在は初めてだ。これはこれで楽しみだな。




