ステの生えた日
創造主ヘレナス。或いは調停神ヘレナス。
それが人族。或いは魔族から見た多くの神を従える私の立ち位置らしい。
所詮、私は数多ある泡球世界の1つを管理する中間管理職のような立場にすぎないのだが。
さらに言えば泡球世界の管理は、絶えずその世界を監視し、崩壊の兆しがないかを見続ける地味なもの。
神界では人気のない職場であり、当然、その部門である<泡観宮>も扱いは低い。
1番人気は神界の行政を担う<統政宮>で、その対抗馬に戦いを司る<戦管宮>があるだろう。
…まあ、最大の貧乏クジとも言える<操竜宮>に比べれば、遥かにマシ。……でもないか。
担当が『あの方』や『極拳竜姫』のような危険物でない部門(全体の2割くらい)は人気が高いし。
……その危険物が両方ともこの世界にいるんだから、私の胃も痛い話だが。
「ヘレナス様?
大丈夫ですか?」
その最大の貧乏クジを目下引き続けている神が問い掛けてくる。
「大丈夫です。ジード神、ここは公式の場ではありません。
楽にいきましょう」
私の言葉に直立不動だったジードの肩が下がる。……元々親しい間柄でも宮が違うので、公私を分ける必要があるのが面倒だな。
「そうですね。
それで現状ですが、やっと『極拳竜姫』を担当する神が降りてきましたので引き継ぎが終了しだい、私は魔大陸へ移動します。
次の新月くらいに出立の予定ですね」
「ようやくですか?
現世での『あの方』の異常に気付いて確認したのが去年の春くらいですからほぼ1年ですね」
「はい。
不思議なくらい長かったです。いくらロストしていたとは言え『極拳竜姫』を担当する部署もあったはずですが……」
…おや?
ジードは『極拳竜姫』が起こした4世界同時崩壊事件を知らない世代か?
「ジード、『極拳竜姫』は<操竜宮>危険度評価の大災害級指定ですよ?
出来るだけ関わりたくないに決まっているじゃないですか」
「だ、大災害指定ですか?
それは第1世代でも危険な性格の古代竜達に適用されるものじゃないですか?
彼女は第2世代で、性格も穏和な分類でしたが?」
そう言えば、あそこでは各竜の危険度を互いの部署で情報共有しないんでしたね。
そうなると神としてはかなり若いジードは、一般に神界で知られている穏和で大規模破壊不可と言う情報しかないと。
「彼女はかなり昔にうっかり力を暴走させて、世界泡4つを崩壊させた実例があるのですよ」
「うっかり……」
「その時に第1世代数体による能力封印を受けてますが、いい加減な連中の封印がどこまであてになるか分かったものじゃありません」
「いい加減ですか?」
「……基本的に古代竜達は世代が上にいくほど無責任でいい加減です。
だから余計に厄介なんですけどね。
第3世代以降の竜なら人並みに野心や欲望もありますから、そういった方向で制御できるんですけど、そんなこと考えもしないので、難しいんです」
「……良くこの国無事でしたね。
と言うか、そんな危険な竜をついでで押し付けられていたなんて」
頭を抱えるジードを気の毒だと思いながらも、今後の事を考えて追い討ちをかけておく。……本当に気の毒だが。
「さらに言えば、世界泡を軽く崩壊させることができる力の持ち主です。
上級神数体でかかっても勝てないでしょう」
「だから、<操竜宮>なんですね!
討竜でも滅竜でもなく!」
「ええ。
第2世代上位以上は、基本的に討伐不可であろうと言うのが神界の判断です。
昔は討伐を考えた者もいたんですよ?
『あの方』が神界を訪れるまでは…」
「そこでも『あの方』なのですね」
「ええ。
『あの方』が神界を訪れた際に、それまでの測定値から理論上討伐可能と考えられていた切り札が使われました。
古代竜上位の能力を参考に造られた神造兵器シリーズ、通称<ブレイカーズ>の中で一番高い出力を期待された大劍<御霊喰い>です」
「魂を食べるですか?
直接精神を攻撃できる『幽玄太竜ガンガリム』の能力を参考に?」
「いいえ。あの大劍が食べるのは持ち主。持ち主の全てのエネルギーを攻撃力へ変換する武器です。
今話題に出ている『極拳竜姫』の能力の、…正直劣化版です」
彼女は周囲のエネルギーを全て自分の物として利用できる。取り込む量も世界数個分と言う途方もない量です。
第2世代でそれなのに、何で当時の神界上層部は、『あの方』に挑めると勘違いしたのでしょう?
「劣化版ですか?」
「ええ。
取り込める量は『極拳竜姫』の貯蔵限界の数百分の一。
瞬間出力でかろうじて勝っている可能性がある程度の武器です。
それに当時の上位戦神15柱の全てのエネルギーを込めて放たれた攻撃は、『あの方』の鱗1枚を凹ますので精一杯。
……数百年後に初めて会話した『あの方』は当時に攻撃があった事を知らなかった。
それどころか、『あの方』はそれまで私達に会話できるだけの知性があることすら知らなかったらしいですが!」
こちらの最大の攻撃がまさかの蚊に刺された程度の威力とかどう考えても戦いになりません。
「確か、『あの方』が神界を訪ねた際の被害は……」
「完全消滅は先程説明した15柱のみ。
ですが『あの方』の移動を妨害しようとして神やその眷族、千数百柱が半消滅です」
「…何で年配の方があれほど『あの方』を怖がるのか良くわかりました」
「まあ、こちらを知性体と理解しているので、私見ですけど当時ほどの被害はでないと思いますよ?
ただ、あの辺の連中は、ついとか、うっかりとかをやらかしかねないんです!
充分に注意してください。……そう言えば」
「…そう言えば?
何ですか? 先輩? 話の流れ的に嫌な予感が止まらないのですが?」
「安心してください。少し関わりがあるのですが、基本別件ですよ。
ムーネスが、先程話題にも出た『幽玄太竜』の能力を模した<ブレイカーズ>を管理していたんですが、堕神ボーブル討伐のために、後のルナスティア建国王に貸し与え、以降行方不明だとか。
ついでに探してほしいそうですよ?」
…私の言葉に静かに崩れ落ちるジード。
「私の聞き間違いですか?
先程の話では最悪の兵器とも受け取れる<ブレイカーズ>をこれまで放置していた挙げ句についでに探せっと?」
「ああ。大丈夫ですよ。
その<ブレイカーズ>は魔力を破壊の概念に変換するだけの出来損ないです。
必要なエネルギーもかなり多いので使い勝手も悪い。
正直、ムーネスや私でも数十分の発動が限界の不良品です。
この世界なら『あの方』か『極拳竜姫』の手に渡らない限り問題ない代物ですね」
「…それはフラグですよ?」
「旗がどうかしました?」
「旗ではなくて、フラグですよ。
地球のゲームやアニメなどで特定の現象が起こる原因となる言葉です。
古い文学ミステリーの死亡フラグ等が大元らしいですが、例えば、殺人事件が起きて『この中に犯人がいるかもしれないから私は自室に戻る』と言うのが分かりやすいでしょうか?」
「…犯人が殺人狂なら『私は一人です。次に殺して下さい』と言っているようなものですね」
「はい。
大抵その後、直ぐに殺されます」
「なるほど。
だから、死亡フラグですか。上手いこと言いますね。
私が立てたのは……」
「<ブレイカーズ>が『あの方』の手に渡るフラグでしょうか?」
…………。
「…………まあ、気を取り直して。あちらには既に<戦管宮>の者がいるんでしたか?」
「は、」
私の問い掛けに答えようとして固まるジード。
いや、ジードだけではない?
この世界泡そのものが、停止を?
停止をしてはいない? 通常の数億分の一くらいの速度で動いてはいるような…。
「一時的なら停止の方が簡単だろうに……。世界泡に無茶な負荷を掛けるとか、今度は何をしでかす気だ? 『あの方』は?」
…最上級の結界を張る事の出来る技術と力があれば、世界泡そのものを隔離結界にいれるだけで時間は止まる。
それくらいなら、宮主様数人がかりでも出来るだろうが、限りなく遅くすると言うのは逆に難しい。
シャボン玉を割らずに凹ますとかそう言った矛盾の先にある現象だろう。これは…。
「犯人を探す必要もないな。こんな超絶現象を起こして何をする気、だ?」
今、何かが通りすぎたような?
「い。
戦神アトムスが、準備をしています」
動きだした?
今の何かをするために時間速度を歪めたと言うことか?
「…先輩?
どうしたのです?」
「今、『あの方』が力を行使しました。
ただ、何をしたのか? さっぱり分かりません。
ジードは何かを感じませんでしたか?」
「本当ですか?!
…また、お叱りを受けるんでしょうか?」
再び崩れ落ちるジードだが。恐らく問題にはならないだろう。
「大丈夫ですよ。
この間のように何らかの危険があったと言う訳ではないでしょうし、さすがに『あの方』の気紛れ全てをあなたの責任にはしないでしょう?
…それよりもこの世界泡全てを書き換えた可能性があります。何か異常がないか確認してください」
「わかりました。ひとまず、ステータスオープン」
ジードが初めて聞くスペルを唱えると、その前に浮遊するボードが現れる。そこに書かれているのは。
ジード 神族
生命力 2000 魔力 2000
攻撃力 150 防御力 150
素早さ 150 幸運 2
「私のステータスに異常はありませんね。となると他に…」
「待ってください!
何ですか? それは?!」
「何って、ステータスじゃないですか?
この世界ではごく当たり前のもので、ああ、先輩は世界則の外側ですから、見えないのですね」
「違います!
先程までそんな物はなかった!」
「何を言っているんですか?
この世界泡では昔からある魔術じゃ…」
「この世界で開発されたなら、何でその表記が、日本語とアラビア数字。地球のものなのです?
これですよ!」
「…確かに。
つまり、『あの方』はゲームのようなステータス表示を作り、それが元からあったように世界法則を書き換えたっと……」
「…ええ」
「この表示を読むことが出来るようになってますか?
この世界の住人?」
「…………そんなに親切だと思いますか? 『あの方』が」
「…………翻訳する道具要りますよね?」
「…………この世界の者の認識は、つい先程まで読めたはずのステータスが読めなくなったと言うものでしょうね」
「……大混乱しそうな気がしますね」
「教会やギルドのような施設で翻訳していたと言う認識を施します。
ジードは、日本語を翻訳する装置を造りなさい。
大至急です!」
悠長にジードを見送っている余裕はありません。
この世界泡を担当する全ての神も招集しなくては。
…やっぱり疫病神でしょ!! あの連中は!!




