帝国辺境滞在記
サザルラント帝国辺境都市バノン。
小国群へ続く大街道と幾つかの間道が交差する集束点として発展した大都市だ。
セルラニア王都に匹敵する人口を抱え、その半数以上が交易に携わる貿易都市。
その大通り、街道へ続く門と門を繋ぐメインストリートを俺達は歩いていた。
半袖長ズボンのラフな格好で。
「さすがは大陸最大の交易都市。
見たことのない物が大量にあるな」
色とりどりの果実が大量に積まれた屋台があったり、その横では串焼きの匂いが立ち込めていたり。
前世、外国のバザールを連想する。…実際に行ったことないけど。
「すごいでしょ?
ここでは何でも揃うわ。
…それこそ手段を選ばなければ、非合法の魔道具とかもね」
後半の台詞に嫌悪を滲ませながら俺に答えたのは、バートンのパーティーでヒィーラーをしているシビ。
正道を司る神ラウドの神官としてはあまり歓迎したくない現実なのだろう。
「ふうん。
まあ、どうでも良いけど?
それよりも、何処かでお昼にしましょう?」
「賛成。せっかくだし珍しい民族料理とかが良いな」
心底、どうでも良さげな姪っ子へ賛同の意を示す。滞在している宿屋の1階でも、食事はできるがそう言うところで出される食事はよくあるスタンダードな物ばかり。
…当たり前か。客層の殆どが初見の人間を相手取る宿屋で下手に気をてらせば、数ヵ月で潰れるのは確実だろう。
比較的安全なセルラニアや帝国領内でも、野生の獣や魔物に襲われる可能性は0じゃない。加えて、これから向かう東方小国群には盗賊や山賊も出るらしい。
だから、この街で3日程待って、ジーヌ達と合流すると言う話だった。
多大なストレスを抱えて辿り着いた街。その宿屋で見たことも聞いたこともない料理を出されたら、ぶちギレない方がおかしい。
「いきなりそう言う店を探すと失敗するわよ?
情報収集をしているみんなの話を聞いてからにしときなさい」
「…そうするか。
今日は大通りの店を適当に見繕う?」
「ええ。あそこが良さそうね」
そう言ってシビが指差すのは、オープンカフェ風の店舗で疎らに人が座っている店。
「基準は?」
「大きめの店舗にテーブルの数が少なめでしょ?
その分、通路を大きくとっているから無用のトラブルも起きにくいから」
…そうだよな。まず、味より安全をとるのがこの世界の常識か。こう言うところは前世のある弊害だな。基準が日本になっている。
「…帝国内なら問題ないけど、東方諸国じゃ怪しい所や危なそうな所には絶対近付いちゃ駄目よ。
裏路地の大衆食堂で睡眠薬を盛られて、気が付いたら犯罪者に仕立て挙げられる事だってあり得るんだから」
「犯罪者?」
「東方諸国じゃ、公的な奴隷制度がないの。
だから、犯罪者に仕立てて人身売買するわけよ」
「…確か、セルラニアにも奴隷制度は有ったよな?
なのに小国の集まりの東方諸国にはないのか?」
『多分、奴隷制度と言う名前の社会保障じゃないの?』
『アリスか。…つまり大航海時代の人身売買メインの奴隷じゃなく、中世ヨーロッパとかの借金奴隷とかか?』
「奴隷制度を維持するにはお金が掛かるのよ?
…多分だけど?」
…ああ。シビもしっかりと理解していないな?
経済の仕組みを少しでも意識する事がなければ分からない話か。
「多分?
どういう事?」
「…リム。
お前が分かっていないのは問題だと思うけど?」
現在の状況だと、次期女王だろ? …お前。
まあ、あの兄さんは、向こう数百年は在位してそうだけど。
「何よ?! フォルは分かるって言うの?」
「予想は付いている」
…アメリカの南北戦争の背景とかで有名だし、失敗例としても明治政府の農奴解放令とかで理解があるからだけど。
「例えば、ここに100人の人間がいるとする。その人間達が納める税金は平民なら年間で銀貨1枚。奴隷なら銅貨50枚だとする。
そうなると単純な計算で、100人全員が平民なら、税収は銀貨100枚だが、半分が奴隷なら?」
「50枚と…ええと」
『25枚で合計75枚です!』
「アリス!
…フォルゥ?」
「合っているぞ?」
テーブルに突っ伏すリム。
契約精霊のアリスに負けたのが悔しいのだろうが。
…この世界の教育レベルだと掛け算とか割り算は高度数学扱いだろうからな。
俺の知識を受け取っているアリスは相手が悪かったとしか言えまい。
……下手すると、小数点の概念が発見されていなかったりするかも。
「まあ、そう言うことだな。この時点で、税収は銀貨25枚分減少。
しかも、奴隷にあまり良い服を着せる人間も、良い食事をさせる人間もいないだろう?
商人はそれだけ儲からないから、納める税金も減る。
しかも」
「まだあるの?」
「むしろ最大の問題が残っている。
ここまで言ったのは、50人の奴隷が50人の平民に養われた場合だ。
税金が納められなくて奴隷になるんだぞ?
健康な人間とは限らないと言うか、そう言う人間の方が多い可能性が高い。
可哀想だからと足が不自由な人間を選んで雇う人間がいるか?
そうなると養い手が付かない。その間は、当然国が面倒をみる事になる」
「税収的には損をするかも?」
「ああ。小さい国では負担が大きいだろうな」
「…すごいわね。2人とも?
これが生まれながらの為政者の血かしらね」
「かもな。
…で食後の予定は?」
純粋にすごいのはリムだ。かなり分かりやすく説明したつもりだが、それでも、ここまで理解力があるとは思わなかった。
乗算が高度数学の世界だぞ?
この世界で生まれ育った12歳の少女が予備知識なく経済学の基本を理解して見せた。
「矢を補充するついでに、2人に槍を見てもらうわ。
これからは、武器が剣だけじゃ不安なの。かといって槍は剣以上に好みや使い癖が出るのよ。
この街で本当に自分に合った物を選んでもらわないと…」
「買わないのか?」
「今日はキープだけ。
買うのは、明日バートン達とよ」
「キープ何て出来るのか?」
「その為に私が一緒に来たの。
神官だから信用があるのよ。鍛治師達も自分の武器がすぐ売れるとは思っていないし、大丈夫」
…ゲームじゃないもんな。ましてや日本のように工場で大量生産するもんじゃないし。じっくり吟味するのが前提か。
色々と勉強になる。そう言うことにしておきたい。
…実際は平和ボケだが。




