食テロ inセルラニア
「右側が今まで食卓にお出ししていた野菜の炒め物で、左側はそれにフォルセウス様考案の『ダイオーショーユー』なる調味料を数滴加えた物です」
私、セルラニア王国宰相ジェイル・カーネスの前に2つの皿を並べたロドリゲスがそれぞれの違いを説明した。
…わずか数滴? これが?
左の皿からは明らかに食欲を誘う香ばしい香りが立ち込めているのだが?
「驚かれましたか?
長年、料理に携わってきた私達もですから、当然と言えば、当然ですが」
「…先ほど言った『ダイオーショーユー』なる調味料は、我が国で製造できるのでしたね?」
自慢げな顔のロドリゲスが気に食わず、つい、驚愕の事実は隠しました。そもそも、開発したフォルセウス様なら、ともかくそれを使って料理しただけのロドリゲスが、自慢することが間違っていますし。
「…はい。
材料は塩と水とニムナ豆ですから。
ただ、特殊な製法があり、それが危険性を伴う為に量産は専用の設備を必要とするかと思いますが」
「その辺はむしろ、好都合です。
それは他国や民間での製造が難しい。つまり、我が王国が独占できると言うことですから」
「確かに…。
この間の膨らんだパンは、数日で民間に拡がりましたしね」
「…パンに少量の砂糖と獣の乳を入れるだけですからね。
王都近郊でも羊は飼われていますから、その乳を入手するのは難しくない。
砂糖もごく僅かでも入れると効果が出る以上、侍女の話を聞いたパン職人達なら、すぐに試すでしょう」
主食であるパンを供給するパン屋は、その性質上、王宮との結び付きが深い。
……まあ、王宮が開発した新しい製法によって、主食の質が上がったのだから、王都の民意は向上するでしょう。
残念ながら、他国との取引には使えなさそうですが。
既に製法は、他国の知るところでしょう。
羊乳の消費の急増があからさま過ぎますし、伝播が早すぎるのも、困り物ですね。
「こちらの料理は、来週末の夜会でさっそく出してみましょう。王都の貴族数十名程度の小さい夜会ですから、これの評判を知る良い機会です」
「よろしいんですか?」
「食べた所でどうやって調理したか分からないのですよ?
わざわざ、大規模な夜会まで隠す必要がありません」
「…間違いなく、フォルセウス様はこの調味料を造れますが?」
「それでもです。
海を渡った先で造られた物がこちらに伝わるのはかなり時間がかかるでしょう?」
「それは確かに」
場合によっては伝わらない可能性さえあるでしょう。
昔に比べて、交易が盛んになったとは言え、液体の調味料は運ぶに重すぎる。精々、親交のある貴族への贈呈用位にしか役に立たないでしょう。どちらかと言えば。
「フォルセウス様が、伯爵家ではなく我が国を継いでもらえるとありがたかったのですがね」
「それはさすがに難しいでしょう」
「分かっています。そんな事になれば、伯爵家との戦争になりかねないでしょう。
そもそもフォルセウス様は、姫様の好意に完全に気付いていませんでしたしね」
「…やっぱりそうですよね。
姫様はすごい熱視線を送っているようにも見えたんですが。
フォルセウス様に気にした様子もありませんでしたし」
「何だかんだ言って、まだ幼いのでしょう。
この『ダイオーショーユー』の時もだいぶ失敗しながら、造ったんでしょう?」
「ええ。
目が痛い。喉が痛いと大騒ぎしながら」
「…私は、フォルセウス様の事を前世持ちではと思っています。
液体の調味料と言う未知の概念を持つ世界から来たのでは? とね。
城の書物に『ダイオーショーユー』について書かれた物はないと確認も取りましたし」
「…何故、自分のような一介の料理人にそのような話を?」
「フォルセウス様の関与を誤魔化してほしい。と言えば、分かりますね?」
「恩人の手柄を奪うのは、心苦しいんですが?」
「その恩人を守るためでしょう。
責任は私が取ります。せめて、フォルセウス様が伯爵家に着くまでは誤魔化したい」
…未知の知識と精神の未熟さを残す少年が巻き起こすであろう波乱万丈を間近で見ることができないのは、個人として残念であり、宰相として安堵している。
何より国として守ってあげられないのは、大恩あるナタリー様に申し訳がない。
この考え自体が国を預かる身としては悪いんでしょうね。
その点、大叔父上は王として相応しい。天秤にかけてすぐにセルラニアを選択出来るのだから。
「後はもう少し書類仕事に積極的なら文句無いのですがね」
「書類ですか?」
「ああ、陛下の仕事に対する態度の話ですよ」
「…宰相閣下。私は、閣下と違って凡人なのですから、話をどんどん進めるのをやめてもらえませんか?
先程までフォルセウス様の話でしたでしょう?」
「すまない。
つい、フォルセウス様への対応から陛下との器の違いを実感していたんだ」
「そうですか。…陛下はすごいですよね。
この国の頂点に君臨しているにも関わらず、絶えず国内を見回って国民を護ってくださりますし」
「…なるほど、民衆からはそう見えるのですね」
「え?」
「あの方が国内を見回っているのは面倒な書類仕事から逃げているだけですよ。
書類の裁決に必要な時間を過ぎれば、国政を滞らせるわけにいかないから、私達が対処する事になるでしょ?
だからと言って、無意味に逃げ回るのもばつが悪い。
国内を見回って、害となる魔獣を討伐していれば、罪悪感も減るんでしょう」
私の暴露にガックリと肩を落とすロドリゲス。陛下の散歩は、彼が生まれる前からのものですし、政務に関わらない限りは知るよしもない話ですしね。
「…知りたくありませんでした」
「実際の所、陛下のおかげでセルラニアが非常に安定しているのも事実ではあるんで気にする必要はありませんよ?
政治に長く関われば、誰にでも出来る書類仕事と、人族では危険度の高い魔獣討伐を天秤にかければ適材適所とも言えますし…」
調子に乗るので本人には絶対言いませんが。
「そうですか?
宰相閣下の負担が大きいような気も…」
「人気者の国王と嫌われ者の宰相の組み合わせは、意外に国を回すのに都合が良いんですよ?
一般人はともかく、貴族達は皆知っていますしね。
それよりもあなたがやることは別にあるでしょ?」
「…もう少し、この『ダイオーショーユー』を使ったレシピを増やす努力をしてみます」
「よろしく頼みます」
顔を上げ、一礼をして去っていく。ロドリゲスを見ながらふとよぎるこの調味料が好評を得ると私の仕事も更に増えるのではと言う思考に、ロドリゲスを今からでも止めようかと考え、首を横に振って書類に向き直す。
……日向で昼寝をするには良い天気だと思いながら。




