旅立って、セルラニア
「まず、街道を通ってギオン辺境伯領まで進み、保存食等を購入、積み込んでから帝国領へ入ります。
ここまでで4日を予定しています」
「4日? 意外と早いんだな?」
馬車の御者席に座る男の説明に疑問を返す。
全行程1月以上のはずだろうに?
「セルラニア王国とサザルラント帝国は、街道の整備もされていますからすぐに抜けられるんですよ。
逆に帝国を抜けて東方連合国勢力圏に入りますと、かなり時間がかかるようになります」
「そんなものか…」
曖昧な返答を返しつつ、前に広がる石畳と行き交う行商人を見渡す。
…平和だ。
……4日前の空気の重かった夕食から怒濤の数日が嘘みたいに感じる。
『醤油も失敗だったもんね』
『失敗じゃない。少なくとも照り焼き用になら使えただろう?』
『…本物を知らない人には受け入れられたよね。一応』
感傷にふけているとアリスがちょっかいをかけてきた。暇だったんだろうか?
…醤油? 気の迷いと言うことにしたい。
何故、現代日本で安く造れる『代用醤油』が普及することなく、昔ながらの醤油造りが行われているのかを体感する結果に終わった。
『あれでお刺身は食べれないと思うな?』
『分かっているよ! 新しいワインとか日本酒とかの表現にある尖ったと言う形容が非常に似合うものだったからな!』
なんと言うか、塩と旨味成分が調和しないで、お互いに自己主張をしているんだ。あれ。
砂糖を混ぜて熱を加えた照り焼き用になら使えたし、漬け込んで唐揚げの下味用にもなるだろうけど…。
食卓で気軽にかけるのには使えない。
…はあ。やっぱり伯爵領に着いたら、職人を雇って開発させよう。あ、唐揚げとかも食べたかったな。
油がもったいなさ過ぎるか?
「若様?
退屈でしたら、荷台で休まれますか?」
「いや、ただアリスと少し念話でやり取りをしていただけだ」
「アリス?
若様が契約した雷精霊でしたね…」
「どうした? 暗い顔になったが?」
「すみません。
私達のように冒険者をしていると精霊ならどのような属性でも利点があると考えるようにもなるんですが、貴族として長年生活されている方々からはあまり良い印象を持たれないかと…」
「古い頭の連中等気にしないさ。
それよりもなんでお前のような男が冒険者をしている?」
「親父の命令ですよ。
うちの家系は一番上の兄貴が伯爵家の私兵団長。そのすぐ下の兄貴が里の守衛隊長を命じられて、三男以降の男は冒険者の振りをした密偵です。
そんで一番功績のあった奴が次の族長ってのが、うちの慣習なんですわ」
「それだと長男が族長に決まっているんじゃないか?」
「逆ですよ。平時であれば、私兵団長なんて無難で安定はしていても、命懸けの功績とか縁がないでしょ?
魔狼族の本拠地の黒の森を攻め込むバカもあまりいませんから次兄も目がありませんね」
「そんなものか」
「ええ。とは言え、族長って言っても名誉なだけであまり特権とかありませんからね。
兄弟でそこそこ仲良く競っていますよ。
どちらかと言うと、伯爵家を護ることが私達には大切ですから、そういう意味では、今回の護衛は自慢ですね」
おどけて力瘤を作るバートンは、確かに姪御との血の繋がりを感じさせるな。
「兄ぃ。自分所の次期当主様だからって、あのルナライト伯爵家の御子息様を独り占めはなしにしてくださいよ?」
「だぜ。俺ら名前しか名乗ってねえ。シビとニーチェは、クライムさんと話しているから、俺ら2人だけ周囲を警戒させられるのも嫌になるし」
馬車の両隣で馬を歩かせていた2人が寄せてくる。
俺の隣に座る魔狼族族長の四男、バートンのパーティー『硬い剣』のメンバーだ。
確か、左隣の槍を担いだ茶髪がアントンで、右隣の馬に乗るのが、バリスだったと思う。
「まあ、帝国を抜けるまでは平和だろうしな。この辺りである程度自己紹介といくか…。
若様。左隣のが槍をメインで使う戦士のアントンです」
「改めまして、よろしくお願いしまッス、槍使いアントンッス」
「右隣の男がバリス、盾士って分かりますか?
デカイ魔獣とかを相手にするときに正面で足止めを担当する重戦士なんですが…」
…ギークと同じで、ゲームで言うところのタンクだな。
「よろしく頼んますだぜ!
盾士って言っても、普段はポールアックスぶんまわして前線で暴れてるから、あんま意識しないでいいんだぜ!」
「一応、私も自己紹介を。
『硬い剣』のリーダーをしています。戦士のバートン・ジフです。
得物はグレイブと片手剣です」
「洞窟潜るときくらいしか、剣は使わないッスけどね!」
「しゃあねえだろ!
実家で叩き込まれたから使えるだけで、剣術は苦手なんだよ!
…ゴッホン、失礼しました。若様。
後、馬車の中でクライム殿と話しているのが、ヒーラーのシビとアーチャーのニーチェ。
この5人がパーティーメンバーです」
「…バランス悪いな。
戦士が3人もいるのに斥候無しとか、遺跡は専門外か?」
「あくまで、情報収集の為に冒険者をしているだけですからね。
大型魔獣の退治か商人の護衛で日銭を稼いでます。
だから、普段はセルラニアにはいないんですよ?
セルラニアは、治安が良過ぎるんで遺跡潜り以外の冒険者には少し住みにくい国なんです。
今回も伯爵様の手紙を届けに来ただけだったんですけど…」
「兄さんのパーティーメンバーが集められなかったから、しょうがないか…」
「『開拓者』ですね。メンバーの半分がBランクの優秀なパーティーで有名です。来れたのは3人だけのようですが…」
「うん。兄さんとラミーにアグルと言う。
後で宿ででも交流を深めてくれ。
他に斥候のジーヌと盾士のギークって言うのがいるんだけど、どちらも王都を離れられない状況らしい」
…ギークは、工房の仕事が忙しくて、ジーヌは姉の結婚式に参加するために、王都を立った後だった。
どちらにしろ1月半の大旅行に行くには、人数的にもきつかったので、フリーの冒険者を数人雇う予定だったらしいが、丁度帰る支度をしていたこのパーティーがいたのでどうせならと同行の徒となった。
「…ですか。
まあ、『開拓者』程じゃありませんが、うちのパーティーもそこそこの手練れ揃いです。
海竜の背に乗った気で安心してください」
「海竜の背?」
「例え話ですよ。海を渡るのに、海竜の背に乗るほど安全な事はないと言う意味から、出来た言葉です」
「大きな船より安全そうだ」
この世界ならではのことわざをのんびり探すと言うのも、楽しそうだな。
……そうだよな。将来の領地経営とか目先の事に気を取られ過ぎていた。
せっかくの新しい世界、新しい人生を楽しまないでは意味がない。
「今日の良き門出に相応しい青空だな!」
「はあ…。良い天気ではありますね」
2つの意味で門出となった今日を喜んだら、隣のバートンに引かれたが、まあ良い。
さあ、この旅を楽しもう!
代用醤油については次の話で、持ってくる予定です。




