化学的調味料
他の作品への私なりの不満が入ります。該当する作品の作者さんが見えましたら先に謝罪しておきます。
ごめんなさい。
「さて、雷霊との契約を目指した最大の目的を果たそう」
「おー!」
「…はい?」
俺の言葉に拳を高く掲げるアリス。それにアイシャが疑問符を投げ掛けるが、事情を知らなければ、当たり前だろうか。
何せ、精霊を連れて訪れたのが、先日お世話になったばかりの厨房なのだから。
ちなみに調理スタッフの皆さんは、隅の方にある調理台を貸した後、好意的にこちらを眺めている。
この間のパンを他の人間にもだしたら、それが大いに受けて、特別給与まで出たのだから当然か。
おそらく、これから俺がやることにも期待があるのだろう。…人は利権が絡むとこう言う面では便利だな。
「フォル様?
ここは厨房ですよ?
訓練場とかじゃありませんよ?」
「当然だ。
何の為に精霊と契約したと思っている?」
「自身の身を守る為ですよね!」
「「それもあったか!」」
ポンと手を打って驚愕の表情を浮かべる。アイシャはそんな俺とアリスをジト目でこっちを見てくる。
…からかっているのがバレたな。本題を進めよう。
「冗談だ。
だが、食生活をある程度豊かにしたがるのも人として当然だろう?」
「…否定はしませんが、どう考えてもそれと雷精霊の間に共通項が見えません」
「だろうな。
俺とて、半分疑心暗鬼だ。
知識はあっても経験はないのだし」
その知識が、前世のと言う冠詞を除けば、嘘を言っていない事が肝だな。
今から作るのは、日本人の故郷の味を造る上で不可欠な調味料。醤油。
今まで読んだことがある異世界物では、結構簡単に造る事に成功しているが、湿度の高さと塩を大量に確保できる環境の日本で開発された調味料が、空気が乾いている大陸性の気候で簡単に造れるわけがない。
材料が大豆と麹と塩と言うレベルの知識しかない一般人にはまず無理だろう。
醤油を造る時は、少量だが麦を入れる。麹菌は、酒造りに多く利用されるアスペルギルス・オリゼではなく、塩麹と呼ばれるアスペルギルス・ソーヤ。
ここまで位ならネット社会の現代人なら知っているかもしれないが、麹菌は早い話がカビだ。
同種であっても分解物が違ったり、培養温度が違って種類が変化する可能性がある。
一度でも成功すれば、多少ハードルは下がるだろうけど。零からは無理。
微生物培養と食品加工のスペシャリストを雇って、10年位の研究投資をすれば或いはとも思うが…。
…そちらは伯爵家を継いでからだな。
食料品ならともかく、調味料の開発にそれだけの費用を用立てるのは不可能だ。
で、考えたのが別のアプローチ。
第二次世界大戦中の日本で製造されていた代用醤油を作成する。
「準備は?」
「出来たよ。
陶器の器に飽和食塩水でしょ?
それに鉄制のフォークが2本」
「それじゃあそっちは任せるぞ?
俺は大豆じゃなくて、ニムナ豆を蒸すから…」
「うん。思いっきり電圧を掛けるから、魔力一杯使うけど…」
「構わない。器だけ壊さないように」
終戦間際は、タンパク源として、切った頭髪を使ったりもしたらしいが、ウチの国は畜産飼料として大豆っぽい豆が沢山ある。そんな無茶は必要あるまい。
「あの、フォル様?
私は何をすればよろしいでしょうか?」
「じゃあ、大きめの陶器鍋を準備してくれるか?」
手持ち無沙汰なアイシャへ指示をしつつ、豆を蒸す。必要ないかも知れないが、柔らかくして、潰した方が表面積が増える。
その分反応も早く進むはずだ。
「こっちは出来たよ!」
「早いな。おい!
アイシャが鍋を用意しているはずだから、そちらへ溶かしてくれ」
こちらに向けたフォークには乳白色に近い結晶が大量に付いている。
食塩を電気分解して出来る結晶、水酸化ナトリウムだ。
強アルカリで、取り扱いに注意がいるが、アリスならその手の知識も継承しているはず。
「アリスは、追加で食塩を分解してくれ。
アイシャはそのフォークに付いた結晶を溶かすように、
その液は、皮膚を溶かすし、眼に入ると失明するから注意して」
「は、はい!」
…半煮えだがいっか。
どこぞの絶対に3分で出来ないクッキングみたいに下拵えしたものなどないし。
近くの棒で豆を潰し、潰した側から鍋に投入していく。
強アルカリでタンパク質をアミノ酸へ分解していくのだ。
…全部入った。熱を掛ける事で反応を促進させて…。
何か忘れているような?
まあ、そのうち思い出すか?
「フォル様?
これはどうなるのですか?」
「うん、肉とかは煮込むと旨くなるだろ?
あれと同じ理屈だ」
「これは豆ですが?」
「ニムナ豆は肉と近い成分で出来ているらしいから問題ない。
完全に溶けるまで煮詰めることで液体にする。それをかければ、焼いただけの肉が煮込んだように旨くなると言う寸法だ。
しかも大量の塩が入っているから腐りにくい。使いたい時にすぐに使える塩の代替品になる」
「それは画期的ですね!」
俺とアイシャの会話を聞いていたロドリゲスが叫ぶ。
そう言えば、ソースも見たことないし、液体の調味料を造る発想自体がない可能性もあるな。
…本当はマヨネーズも造りたいけど、衛生面が不安すぎるしな。
レシピを秘密にせんと真似して造ったマヨネーズと一緒に食中毒まで大流行する未来が見える。
「あれ?」
「どうした? アイシャ?」
「すみません。何故か急に喉が痛みだしまして」
そう言いつつ、咳込む。隣のロドリゲスや厨房にいた他の面子も…。
あ!
「鍋を火から放せ!
アルカリ性の蒸気が粘膜を刺激しているんだ!」
鍋を蓋してそのまま中庭へ移動させる。
換気の必要性を忘れていた。
違和感の正体はこいつか…。
多分、余熱である程度反応は進むだろ。しかし、この後予定では酸性ガスを出させる必要があるんだが…。
「フォル様? 先程のアルカリ性と言うのは?」
「最初に言った肉とかを溶かす性質を纏めてアルカリ性質と言うのだ
当然、人の体も肉で出来ているからな…」
「一応、臭いの強い食材用の野外調理炉が中庭にあります。
次からはそちらを使いましょう」
「それは助かる。これが溶けたら、次は先程の器に残っている水を鍋に入れてもう一度、煮詰める必要があるんだ。
その野外調理炉へ移動しよう
「では案内します。こちらへ」
ロドリゲスの案内で中庭に出ると、すぐのところに石組の竈が設置されていた。こんなのがあったんだな。
竈の上に設置して蓋をとる。若干、溶け残っているがまあいいだろう。
『アリス。こっちは出来たから、塩酸溶液持ってきて』
『何で念話? すぐに持ってくけど…』
『塩酸について説明するのが面倒だから。
2つ目の方の塩酸も忘れないように。水酸化ナトリウムは、後で使い道を考える』
アリスとこの間、山羊の乳を持ってきてくれた女性、確か、レイラだったか?
2人が塩酸の入った器を持ってくる。
「それじゃあ、そいつを鍋に入れて」
『2つとも?
それだと酸性側に寄っちゃうよ?』
『ああ。本当なら、pH5から6位に調整するだけいいんだが、残念ながらペーハー試験紙のような便利道具はないからな。
酸性にしてから塩酸を飛ばす』
『ああ、ガスだもんね。けど、この辺の草木が可哀想だよ?』
『気体状態の塩化水素はすぐに霧散する。
日本のように湿度が高いわけでもないしな』
「分かった」
「おい!」
一気に入れられた事で急激な中和が起こる。エネルギー、この場合は熱を発生させる中和が。そして、相方は塩酸。塩化水素と言う気体が溶けた水。
当然、真っ白な煙と強烈な刺激を周囲に撒き散らせる!
「ゴホッ! ゴホッ! 馬鹿者!
一気に入れたら、こうなることは当たり前だ!」
「ケフッ、ケフッケフッ! ごめんなさい!」
…目が痛い。
とは言え、怪我の功名か? こんだけ、塩酸ガスを撒き散らしたのだから、一煮立ちさせれば完成だろう。
実際に料理するのは明日へ延期だが!
「今日は煮立てて終わりにしよう。
蓋したまま冷まして、明日ガラス瓶へ小分けする。
料理もそのときだ!」
「賛成いたします。
これはひどい!」
「はい。私、湯浴びの準備をして参ります。
フォル様、夕食前に汗を流して下さい」
「別にそこまでせんでも?」
「ダメです。サティ様とジュエル様が同席すると言ったではありませんか」
「そうだった。今から気が重い…」
…そっちがあったの忘れていた。
醤油ゲットの魔力恐るべし……。




