10歳童貞で父親…。マジか?
…知ってる天井だ。
転生者なら、多分1度は言ってそうな、コミュ障少年のセリフを一瞬連想する。
あっちは、『知らない』だけど。…そう言えば、誕生日の朝は起きた時には記憶の統合が起きていてこんなこと考えようもなかった。
…現実逃避は良くないな。
「『雷鳴の森』から王都までは1日半の距離。意識を失っていた俺を抱えてだとそれ以上の時間が掛かった可能性が高いか?
…かなり問題があるな」
…あ、伯爵家に移り住んだ時に天井ネタがやれない。
まあ、あれは突然の環境の変化と知り合いのいない不安感が込められた弱さを魅せるシーンだし、色々と俺には合わないからいいや。
「…だからそれも現実逃避だよ」
ベット脇のハンドベルを揺すり、リンッと小さく澄んだ音を鳴らす。
アイシャの事だから直ぐに駆け付けるだろう。そしたら、改めて気絶していた間の情報を得ればいい。
兄さんに何かあったなら、こんなに城内が静かな訳も…。
遠くから、ドカン! ガラガラ! と言う2種類の音が、交互に時には、同時に響き合いながら近付いてくる。
別にネタを振った訳じゃないんだがな!
「おはよう! パパ!」
バタンっと言う音を響かせながら、勢いよく俺の部屋の扉を開けた何かが俺に抱き付きながら、高い声を響かせた。
…人違いです。
「おはようございます。フォル様。
無事なお目覚めに安心しました」
抱き付いている幼女の対応を思案している俺に扉の方から歩いてきたアイシャが声を掛けてきた。
? 長い間眠っていたにしては反応が淡白だな。
「おはよう。アイシャ。
俺はどのくらい寝ていた?」
「1晩程ですが?
…どうかなさいましたか?」
1晩?
それだと昨日の昼過ぎに『雷鳴の森』に入った計算になるが…。
「…フォル様が、クライム様と共に空から深部へ向かわれてから2時間ほどで、気を失ったフォル様を背負ったクライム様が戻られました。
それとほぼ同時刻にナタリー様とガルド様が連れだって参られ…」
「母さんとガルド兄が?」
「はい。その後は、もう少し素材集めをすると言う開拓者の方々を残し、フォル様はクライム様と私と共にナタリー様に運ばれて王都へ戻りました」
…なるほど。成竜クラスの2人に運ばれたなら、その日のうちに帰り着くのも理解できる。
ならば、こちらの問題だな。
「それではこちらの子は?」
「フォル様?
フォル様が契約した精霊なのでは?」
「契約?」
「クライム様からはそのように聞いておりますが?」
…どういう事だ?
ワンクリック詐欺でもなければ知らない間に契約が成立するわけがない。まさか俺が気を失っている間に兄さんが代わりに契約するとか?
それで成立しているはずがないか。
『パパ?
聞こえる?』
考え事をしている俺の頭の中に声が響く。
…これは。
『念話?』
『うん!
今、私が直接話しかけているの』
『なるほど、契約どうこうはおいといても何らかの繋がりはあると言う事か?』
『本当に契約しているんだよ?
…仮だけど』
『そもそも初対面だと思うが?』
訳がわからない。大体、精霊についても詳しく知らないんだぞ?
俺は。
クライム兄さんの登場を待つべきだろうか?
『これなるは、特異な魔力に惹かれた無我精霊が集まり、新しく自我精霊になった未成熟な精霊。
名前も持たない生まれたばかりの精霊にございます』
『誰だ?』
明らかに目の前の精霊とは、違うと思われる口調。…少なくとも分別をもった大人のものに聞き返す。
『名を口にすることは禁じられております。ご容赦ください。
こうして申し上げますことも、本来では、許されぬこと。
しかし、あらぬ誤解はこの子にとってあまりにも不憫となる。故に敢えて、ご説明させていただきたく』
この言い分を信じるなら、この誰かは、今抱き付いているこの子の親に近い精霊の1柱だが、これより高位の存在が身元をバラすのを禁じている?
…俺が転生者であることを考えれば、ありうることだな。
『分かった。そちらの事は敢えて訊かない』
『感謝申し上げます。
その子は、御身の白き魔力に惹かれた雷精霊が集まり、新たに生まれた自我精霊にございます。
言わば、御身の娘にも等しき者。
何とぞ、その新たなる同胞を御導きください』
『本当に? この歳で子持ち状態になるのか?』
『あくまでも、娘のような者にございます。御身の魔力と共に、御身から知識の一部を授かっておりますれば、決して役立たずにはなりません。
どうかよろしくお願いいたします』
時々、ゲームや小説に出てくる娘的使い魔とかみたいな感じか?
…深く考えるのはやめよう。
少なくとも、スラッとした顔立ちに大きな瞳はとても愛らしいし、そんな見た目は美少女が慕ってくれるのだから悪くない。
『パパはロリコンさんですか?』
『誰がロリコンだ!』
! なるほど、俺の知識を持っているとはこう言うことか。
ロリコンの語源は少女愛者を書いた小説。その対象となった少女の愛称のロリータが大元だ。つまり、その小説が存在しないこの世界に、少女愛者と言う言葉はあってもロリコンと言う言葉は存在しない。
この歳で子持ちと言う立場はともかく、一部とは言え、前世の知識を持つ存在が増えるのはありがたい。
『違ったか?
パパからの継承知識には、小さな女の子が自分より大きい武器を振り回す絵の記憶がたくさんあったよ?』
『マンガの知識か…。
あくまでサブカルチャー趣味の中にあったものだ』
『ニヤニヤ』
『口で言うな。…それもマンガ知識だな?』
前言撤回。どう考えても厄介だ。
「フォル様? 先程から静かにされてますが、どうなさいました?」
「すまない、少し考え事をしていた。
どうやら、この子とは仮契約の状態にあるらしい。
昨日の騒動のせいで忘れていた」
「…何をしているんですか」
「しょうがないだろ?
それだけ昨日の騒動が大変だったと言うことだ」
「そんな事より契約しよう?
! …僕と契約し」
「言わせないよ!」
有名な魔法少女モノのセリフを遮る。俺に不思議そうな顔をするアイシャ。
やりにくい。
ここはさっさと契約をすませてしまうに限るな。
「ふう。
ひとまず、本契約をすませよう」
「でしたら、私は退室します。
お食事の準備をして参ります。
…そういえば、リム様のご友人のサティ様とジュエル様がみえられていますので、夕食の際にでもご挨拶ください。
失礼します」
…最後に爆弾を残していった!
アイシャも微妙に怒っていたようだな。
あの2人と俺が一緒にいるとリムの機嫌が悪くなるんだよな…。
親友が俺に盗られるとでも思うのだろう。あのくらいの年頃の少女には良くある事だと思うが厄介な。
「アイシャちゃん出ていっっちゃった…」
「ああ。精霊の真名を契約者以外に聞かせるのは、マナー違反なんだって、お前はなんとも思わないのか?」
俺の問い掛けに、コテンっと言う擬音がつきそうな感じで首を傾げる。
大丈夫か? この子。真名を把握される危険性なんて俺でも知っているレベルだぞ?
「アイシャちゃんじゃ、私を従えられないよ?」
「そんな事は分からないだろ?
近しいからってそう言う大事な事は教えない、訊かないがマナーだ」
「まあいいや。じゃあ真名ちょうだい」
「はい?
真名を持っていない?」
「うん。パパから貰わないといけないんだって、ママが言ってた。
だから、今名前ないよ?」
「そんな事があり得るのか?
真名を持っていないのに存在が安定しているとでも?」
「私はそう言う存在だって」
…どういう事だ?
特殊過ぎる。これがさっきの精霊の言っていた『名前ももたない』の意味か?
愛称どころか、真名もないなんて。
頭が痛くなってきたぞ。
…だが、早急に名前を付けないと不味いだろうな。今まで安定していたから今後も大丈夫なんて保証もないし。
「名前…。難しいな。
雷属性に因んだ名前にしたいが、ユピテルとか?」
「…それ男の名前!」
「バレたか」
ギリシャのゼウスが、ローマへ伝わって生まれたローマ神話の主神の名前だが、気に食わなかったようだ。
由来を知っている人間もいないし、響きだけなら女性でもおかしくないと思うけど…。
そう言うので縛るのも問題か。
「…アリス」
「それ! 私はアリスね!」
「いや、単純に異世界、不思議な国の連想なだけだぞ?
安直だろ?」
「安直大丈夫!
犬にプロメテウスとか付けようとする人間に、ネーミングセンス期待しないから!」
「良い名だと思ったが?
俺たちより早く死ぬことで命の貴さを教えてくれると言う意味で…」
孤児院に紛れ込んできた犬へ付けるには丁度良いと思ったほどだ。
結局安直なブチで決まったのだっけ? あいつ。
「一般にそう言うのは皮肉が効いているって言うんだと思うよ?
良くてブラックジョークじゃない…」
「そんなものか?
…力の流れを感じるな?」
「うん。暖かい。…これが契約の力?」
…フォルセウス・アルヴィス。
10歳にして、子持ちになるか、これからどうなることやら…。
…まず、目的を果たそう。
異世界で目覚めて最優先するのが食生活の改善だから、俺も実に日本人らしい。




