創祖降臨
迫り来る青白い光に火精霊を纏めた盾を合わせて逸らせる。
…ッツ!
逃しきれなかった分だけ翼を焦がす。流石に竜の体躯を覆うほどの精霊力は用意できない。
とは言え、人化すれば魔力圧で押し切られるのが目に見えている以上は、多少のダメージを覚悟で現状維持するしかないだろう。
せめて、墜落時に遠くへ投げ飛ばしたフォルが目を覚まして逃げられる時間だけでも稼がないといけない。
「粘るわね。どうせ、これ以上抵抗しても無駄なんだし、さっさと投降すればいいのに…」
僕を囲むようにして立つ3体の雌竜の真ん中、1番体格の大きい竜が、文句を口にする。
「本当に。けどすごいね。どうみても子竜でしかも、固有契約を結んでいない子が、少量の保持精霊だけで、こんだけ私達に抵抗出来るなんて」
「まったくだ。『里』に住んでいる他の子達じゃまず無理だろうし、精霊の使役能力と魔力が、桁外れに大きいのだろう」
左右の竜達も、こちらへの視線を外さずに会話を続けている。こちらは後悔で一杯なんだけどね。
時期を見つけて火の『精霊の領域』を訪ね、固有契約を結んでおくべきだった。
成竜3体とは言え、純粋な魔力量と使役能力が勝っている以上、本来なら勝てない相手じゃない。
ここが『雷鳴の森』の深部で僕と相性の良い火の精霊が全くいない状況でなければ…。
「いい加減、諦めて私達姉妹のものになりなさい?
気絶してからギアスで奴隷化されるのは嫌でしょ?」
「そ、そうよ?
誓約を結んで私達3姉妹の婿になってくれればいいの」
「うん。そうすれば、お前も『里』に入ることができるのだぞ?
お互いの為になると思わないか?」
「『里』の竜らしい言い分だね。はぐれ竜達は君達が思うほど『里』に未練がある訳じゃないよ?」
「奴隷になるより遥かに良いでしょ?」
「…それは君達にとっても都合が悪いのじゃないかい?
見たところ、あまり高い血統格じゃなさそうだし、僕を奴隷化して連れていっても、高位の竜に奪われるだけなんだろう?」
…雷属性の成竜3体で挑んで未だに僕を倒しきれていないのが良い証拠だろう。
魔力の質からみても下位血統とみて間違いない。
「別に奴隷化した後、お前の価値を落とせば、問題なかったんだがな。
…ジル、右眼を抉れ。バネットは両角を折れ」
…ッツ!
「姉さん本気?」
「ああ。角なし、隻眼の竜なら誰も欲しがらない。それぐらい価値を落とせば、私達の奴隷でも問題ない」
左右にいた竜がにじりよって来る。いくら『里』住みの竜でもこれは異常じゃないかな?
観念するしかないか。
「…価値を落とす。自らが高みを目指すのでなく…っか。
随分、小物じみた輩だな?
これが、我が遠き裔とは実に嘆かわしい」
静かなのにはっきりと聞こえる声と共に僕と竜達の前に人影が顕れる。
白い髪の子供、ボロボロになってはいるが身に付けている皮鎧にも見覚えがあった。…間違いない!
「フォル!
ここは危険だ。逃げなさい!」
「そなたは何を言っている?
現状、そなたの方が危機的状況だぞ?」
…初めて聞く口調だ。これはフォルの前世の人間のものか?
「うむ。どうやら、ジードとか言う小僧と会っておるようだな。
少し話しをする必要もありそうじゃが、一先ず、この小物どもを片付けるか?」
「ふざけるな!
大した力もない幼竜の分際で!
ジル、バネット!
この幼竜を捕まえて、『里』の広場に転がすよ!」
3体の竜がフォルへ襲い掛かる。まずい…。
助けな…いと?
「ひれ伏せ」
3体の竜はフォルの一言と同時に、動きを止め、地面に頭を垂れる。
「何でこんな…」
真ん中の竜が、苦しそうに文句を述べる。やはり、強制的に平伏させられているのだろう。
「力もないっと言うのは、可笑しな事だな。
お前達はそこらの蟻を踏み潰すのに、力を出す必要があるのか?
蟻ころなぞ気が付けば踏み潰し、殺しているものだろう?」
「ふざけるな! 私達は竜族。この世界で最も高い力を持つ種族だ!
蟻などと一緒にするな!」
「…3つほど訂正してやろう。
1つ、お前達はこの世界では強いかもしれないが、本来の竜に属する者達のなかでは、最下層だ。他の世界の竜属最下級の者でも、この世界の最上級より強い。…本来なら。
2つ、お前達程度は、竜族を名乗る資格がない。せめて、その身に掛かる呪いを解く程度の力を身に付けて、竜族を名乗れ。
3つ、我とお前達の間にある差は、お前達と蟻の間にある差より遥かに大きい」
…恐らく、このフォルの姿をした何者かの言葉は正しいのだろう。
僕の全力の感知でも全く力が読めない。文字通り、力の次元が違うのだろう。
「さて、カーソル・ジンジェ、ジル・ジンジェ、そしてバネット・ジンジェ」
「貴様、どうやって私達の名を…」
「世界に訊けば、簡単にわかる話だ。…と言っても理解は出来まい。
お前達に我は復讐をすることになる」
「な、何を…」
「だが、ただ殺してもしょうがないと思う。故に、お前達の流儀を真似る」
「え?」
「総ての精霊よ。この3名は、ルーシェの血脈でないと我が宣言する、…もうひれ伏す必要はないぞ?」
「…体が動く?
死ね! 小僧」
「フォル!」
先ほどから話しをしていた竜。消去法でカーソルと言う名だと思われる竜が爪をフォルへ向けようとして、膨大な量の雷撃を浴びてのたうち回る。
「「姉さん!」」
「…ああ。紛い物が我を攻撃しようとすれば、精霊達が怒るのも当然だったな。
……うむ、生きてはいるか。ならよい」
「お前、姉さんに何をした!?」
「………ハア。頭まで悪くては救いようがないな」
「何を!」
「待って! バネット!」
「ジル姉さん? 何故、止める!」
「多分、今、目の前のこの幼竜を攻撃しようとすれば、姉さんの二の舞になるわよ?」
「どういう事だ?」
「この幼竜が言っていた言葉を思い出して?
多分、今の私達は精霊の加護を失っている。どうやったかは分からないけど、試しに契約精霊を呼んでも応えてくれない」
「!
…ブーグ! 応えて! ブーグ!」
悲壮な叫びで、恐らくは契約した精霊の名と思われるものを必死に口にするバネット。
つまり、目の前のフォルに宿っている存在は、固有契約の強制解除をしたと言うのか?
…有り得ない。
そんな無茶は世界を敵にまわすようなもののはず…。そんな事が出来るのは。
……今目の前にいるのがジード神が言っていた『あの方』と言うことか。
「さて、お前達にはお帰り願おう。ここはセルラニア。お前達のような、『里』の竜がいつまでもいるのは迷惑だ。
……現状では空も飛べんだろうし、送ってやろう」
「待って! 今、『里』へ戻ったら、どんな扱いを受けるか…」
「…言ったではないか。
お前達の流儀に従って、お前達の価値を落とすっと」
「こんなのはあんまりよ!」
「知らんな」
フォルが手を軽く振るうと3体の竜は光に包まれて消えた。
「……フォル、今のは?」
「『竜の里』まで強制転移させただけだが?」
…もう一度言おう。有り得ない。魔法抵抗力の強い竜族3体を言ったこともない『竜の里』まで強制転移させるだなんて。
上位竜何十体分の魔力がいるんだろう。想像するのも嫌だ!
「…さて、この子の兄に当たる者よ。
そなたに忠告だ。小僧達に協力するのはよいが、あまり、この子を甘やかすでないぞ?」
「甘やかすな、と言うのは一体?」
「うむ。我が知りたいと強く思えば、この世界はそのうちにある総ての情報を差し出す。
そうなれば、せっかくの新たな生が普段の不毛なものへ戻ってしまう。
そうならぬように程々の干渉へとどめおけと、協力者達へ伝えよ」
「干渉することを拒否しないのか?」
「たかが、神属程度の干渉に目くじらをたてるのも面倒ではないか?
…うん。丁度良い。そなたに我の権威の片鱗くらいは見せてやろう」
そういって、領域の深淵部を向く『あの方』に釣られ、そちらに目を向けると、ジード神より遥かに神々しい力を放つ女性が、平伏していた。
…彼女は一体?
「この世界の雷霊王だな?」
『はい、このジューズにおいて、雷霊の統括をしております。名は…』
「名乗るな。我に名乗れば、どうなるかぐらいは想定できよう。
我は、そなたを通してこの世界の深部を覗く気はない」
『それは…、ですが! 御身を前に名乗らぬは無礼にも程が!』
「良い。我が命じておる。それより、そなたに求めるのはこの子に精霊との縁を結ばせる為の一助、頼めるな?」
…もう嫌だ。
やはり、あの女性は精霊王の一柱か。
世界の意思、そのものと言える存在が現世に降臨した挙げ句、誰かの前に平伏するなんて、非常識にも程がある。
と言うより聞こえてくる会話を聞いた限りでも、『あの方』は、精霊王より明らかに上位のようだし。
『御身の移し身がもとへとなりますれば、私直属の最上位精霊が相応しいかと思いますが…』
「それは困るな。この子に必要なのは、見識深き保護者ではなく、共に学ぶ盟友だ」
『しかし、幼き精霊達では御身の力には耐えきれないかと愚考いたします』
「我と直接感応する訳ではないが?」
『力の量はともかく、質に関しては変えようもないかと存じます。
始源のマナは、私達精霊にとっては最良の薬のようなものですが…』
「過ぎたるは及ばざるが如しだな?」
『はい。最低限、力の受け流しを理解している精霊でなくては耐えられず、消滅の可能性もあるかと』
「うむ。幼い精霊では耐えきれず、成熟した精霊では、要らぬ世話をやくっか。…そうだな。半精霊でも創るか」
『賜りました』
「この子の魔力との親和を重視して器を用意せよ?
核は我が紡ぐ」
…何だろう? 言っていることの半分も理解できないのに、とんでもないことを仕出かそうとしている悪寒だけが止まらない。
精霊王の前には立体式の高次魔法陣が浮いている。本来、魔術の発動に術式を必要としない精霊達の王が、魔法陣描いているのが異常なはず。
帰ったら、ジード神に相談する必要がありそうだな。
今後の対応を考えているこちらを気にすることもなく、2人は魔法陣に集中している。その魔法陣の中央にはいつの間にか、白と黄色の光を交互に繰り返す球体が浮いている?
「完成だな」
『はい』
短いやり取りの後に魔法陣が消滅し、球体は、幼い少女へと姿を変える。
「初めまして、パパ、ママ」
「パパ?」
『申し訳ございません!
幼い外見に引っ張られ、意志がかなり未熟な状態となってしまったようです』
「良い。これは逆に不信性の払拭になるだろう。
最深部にいた、精神的に未分化の特殊精霊になつかれた事にする」
『それは、すぐにバレませんでしょうか?
精霊と半精霊では勝手が違いすぎますよ?』
「言ったであろう?
精神的に未分化の精霊と。我々はおろか、本人にすら分からない異常性と言うのは、誤魔化す上で非常に便利だ。
…幸い、一番誤魔化しにくいであろう子供もここにいる」
『言われてみれば…。ここは私の領域の最深部ですから、雷霊達に箝口令を命じれば、よそへ漏れる心配もありません』
「と言う訳で、少し話をしようではないか? 少年?」
『あの方』がこちらへ視線を向けてくる。途方もない年月を生きているであろう『あの方』としては当然なのだろうけど、フォルの姿で少年呼ばわりは、かなり違和感がある。
「少年呼ばわりは遠慮したいんだけど」
「だろうな。だが、竜属に対する我が影響は大きすぎるのでな、すまないが、そなたの名を言うわけにはいかない」
…そうだろうな。先ほどの成竜達とのやり取りをみるに、真名をもちいなくても、ただの略称のみで支配が可能なようだし。
「納得してくれたようだな。
では、こちらから頼み事だ。現在、この子と半精霊が仮契約をしている状態にある。
そなたには、両者の正契約の世話をしてもらいたい」
「…そうですね。それで弟の安全が買える以上、僕に否やはありません」
『それでは、私より報酬を用意いたしましょう。上位眷属1体と固有契約を結べるように取り計らいます』
「大きく出たな。
では、我は固有契約した精霊の力を十全には発揮出来るように、この者の魔力の質を弄ろう」
「え?」
あまりに非常識な会話の流れに固まってしまった僕を気にすることもなく『あの方』がこちらへ向けて手をかざす。
…クッ!
一瞬鋭い痛みが胸を襲ったが、すぐに治まり、弾みで漏れ出た魔力の質の変化に気付く。
従来のオレンジ色に加え、黄色の筋のような光が加わっている。
「うむ。さて、あとは任せるか?」
「え?」
『そうしましょう』
「ちょ!?」
…困惑している。僕を放置して消え去る雷霊の王、フォルの方は、先ほどの幼い少女に支えられて、気絶している……。
いい加減だ! ……どうしょう。この状況。




