↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/58

第7話 収納魔法の整理術と、エルフの弓使いとの秘密の特訓

 翌朝。

「恒一、起きて。朝よ」

「……あと五分」

「昨日も同じことを言っていたわね」

 聞き覚えのある声とともに、布団が勢いよくめくられた。

 窓から差し込む朝日が、容赦なく俺の目を刺激する。

「うう……おはよう、リゼリア」

「おはよう。今日はギルドへ行くのでしょう? 昨日の討伐報酬も受け取ったし、装備を見直すと言っていたじゃない」

「そうだったな。空間固定も、もう少し練習したいし」

「それなら、なおさら早く起きることね」

 リゼリアは得意げに笑った。

 異世界に来てから、朝起きることがすっかり彼女の日課になってしまった。

 ありがたい反面、いつまでも寝ていられないのは少々困る。

 もっとも、彼女が楽しそうなので、文句を言う気にはなれなかった。

     ◇

 朝食を済ませて冒険者ギルドへ向かうと、受付のミリアが俺たちに気づいて手を振った。

「おはようございます、黒瀬さん。リゼリアさん」

「おはようございます。昨日の依頼について、何か追加の報告はありますか?」

「はい。討伐したグレイファングの素材は、すべて確認できました。大型個体の素材も状態がよかったので、買い取り額に上乗せされていますよ」

 ミリアから報酬の内訳を聞き、俺は満足してうなずいた。

 これなら、当面の宿代や食事代には困らないだろう。

 ただ、今後も冒険者として活動するなら、装備を整える必要がある。

「ミリアさん、武器や防具を扱っている店を教えてもらえますか?」

「もちろんです。黒瀬さんの場合、職業が時空士ですから、動きやすさと防御力を両立できる装備がおすすめですね」

「やっぱり、そうなるか」

 俺は自分の手を見つめた。

 これまでの戦闘では、拳を使った《二重衝撃》と、空間への干渉を中心に戦ってきた。

 しかし、魔物の攻撃をまともに受ければ、ただでは済まない。

 能力が珍しいからといって、身体まで特別に頑丈になったわけではないのだ。

「防具は必要ね。恒一が怪我をしたら、私が困るもの」

 リゼリアが当然のように言った。

「俺自身も困るんだけどな」

「それもそうね」

 彼女はくすりと笑った。

 その後、俺たちはミリアに教えてもらった武具店へ向かった。

     ◇

 武具店には、剣や槍、弓、革鎧など、さまざまな装備が並んでいた。

 俺は店主に事情を説明し、軽くて動きやすい防具を中心に見せてもらった。

 最終的に選んだのは、胸部と肩を保護する軽量の革製防具、それから手首を守る補強具だった。

 重い鎧では動きにくくなるし、空間操作を使う際にも邪魔になりそうだったからだ。

「悪くない選択だな。動きやすさを重視するなら、こういう装備がいい」

 店主も納得した様子だった。

 購入した装備を受け取った俺は、ふと思いついた。

「……これも収納できるのかな」

「何を?」

「いや、空間収納に入れられるか試してみようと思って」

 俺は装備を手に持ち、空間操作を意識した。

 すると、手元の革防具がふっと視界から消えた。

「おおっ!」

「成功したわね、恒一!」

 リゼリアがぱっと顔を輝かせた。

 俺は続けて、手首の補強具も収納してみる。こちらも問題なく消えた。

 意識を向けると、収納した装備の位置や種類が、ぼんやりと頭の中に浮かんでくる。

 どうやら、ただ物をしまうだけではなく、収納した物を把握する機能もあるらしい。

「便利だな……。荷物を持ち歩かなくて済むのは、本当に助かる」

「でも、何でも適当に放り込んでいたら、必要なときに困るのではないかしら?」

「確かに。収納の中を整理できるなら、分類したほうがよさそうだ」

 武具店を出た俺は、さっそく頭の中で収納品を分類してみた。

 薬草や素材は採取品。

 魔物の牙や毛皮は討伐素材。

 装備や道具は装備品。

 食料は食料品。

 そんな具合に、種類ごとに整理するイメージを作る。

 すると、頭の中で散らばっていた収納品の位置が、少しずつ分かりやすくなった。

《空間操作:収納品の識別を確認》

《収納管理:分類の補助機能を確認》

「おっ、表示が変わったぞ」

「新しい機能なの?」

「たぶん、もともと備わっていたものを、使い方を工夫して引き出したんだと思う」

 俺は収納したばかりの防具を取り出した。

 次に補強具を取り出す。

 どちらも、意識したとおりに手元へ戻ってきた。

「これなら、戦闘中に道具を探す手間も減らせそうだな」

「ええ。ただし、便利だからといって頼りすぎないこと。肝心なときに取り出せなければ意味がないわ」

「耳が痛いな」

 リゼリアの指摘はもっともだった。

 能力を手に入れただけで、使いこなせるようになったわけではない。

 俺はもう一度、収納品の分類を確かめた。

 少しずつでも、できることを増やしていこう。

     ◇

 ギルドへ戻る途中、俺は森へ続く道を見た。

 昨日の戦闘で、《空間固定》が実戦でも役立つことは分かった。

 だが、使えるのはほんの一瞬。範囲も狭く、連続して使えば精神的な負担が大きい。

 これでは、強敵と戦うときに心もとない。

「恒一さん」

 ふいに声をかけられ、振り返った。

 エレナが弓を背負い、こちらへ歩いてくるところだった。

「エレナ。今から依頼か?」

「いえ、今日はまだ決めていません。お二人を探していたんです」

「私たちを?」

 リゼリアが不思議そうに首を傾げた。

 エレナは少し迷うような表情を見せたあと、俺に視線を向けた。

「黒瀬さん。もしよければ、空間固定の練習を一緒にしませんか?」

「俺の能力の?」

「はい。昨日の戦闘を見ていて、私の弓と組み合わせれば、もっと効果的に使えるのではないかと思ったんです」

 なるほど。

 エレナの弓は、正確な射撃で相手の動きを制限できる。

 そこに俺の空間固定を組み合わせれば、魔物の動きを一瞬だけ止め、確実に攻撃を当てる機会を作れるかもしれない。

「それはありがたい。ぜひお願いしたい」

「よかったです」

 エレナはほっとしたように微笑んだ。

 ところが、リゼリアが俺の腕にそっと手を添えた。

「私も一緒に行くわ」

「もちろんよ。リゼリアさんにも、前衛として協力していただきたいですから」

「……そう。なら、いいわ」

 リゼリアは一度だけ俺を見上げてから、笑顔を戻した。

 俺は二人の様子に気づきながらも、余計なことは言わずに森へ向かうことにした。

     ◇

 森の中にある開けた場所で、俺たちは特訓を始めた。

 まずは、木の枝からぶら下げた小さな木片を的にする。

 エレナが弓を構えた。

「私が矢を放ちます。黒瀬さんは、矢が通る場所ではなく、木片の周囲に意識を集中してみてください」

「分かった」

 矢が放たれる。

 俺は木片の周囲へ意識を向け、《空間固定》を発動させた。

 しかし、タイミングが早すぎた。

 矢は木片の手前を通り過ぎ、木の幹に突き刺さった。

「……失敗か」

「今のは、少し早かったですね」

 エレナは落ち着いた声で言った。

「でも、狙いは悪くありません。次は私が合図を出します。その合図に合わせてみてください」

「了解」

 再び矢が放たれた。

「今です!」

 俺は合図と同時に意識を集中する。

 木片の周囲の空間が、一瞬だけ固定された。

 揺れていた木片の動きが止まる。

 矢は狙いどおりに木片を射抜いた。

「よしっ!」

 思わず声が出た。

「成功ですね、黒瀬さん!」

 エレナも嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう。合図があるだけで、かなり合わせやすい」

「私も、黒瀬さんの能力が発動するタイミングを少しずつ覚えていきます。そうすれば、実戦でも連携できるはずです」

 彼女の言葉には、真剣な意欲が感じられた。

 俺はもう一度、木片を見つめた。

 能力そのものを強くするだけでなく、仲間と呼吸を合わせることも大切なのだろう。

 そう考えていると、頭の奥に鈍い疲労が広がってきた。

「……少し休憩しよう」

「はい。無理は禁物です」

 エレナはすぐに練習を中断した。

 リゼリアが水筒を差し出してくれる。

「はい、恒一。水を飲んで」

「ありがとう」

「さっきから集中しすぎよ。能力を使うたびに、少しずつ疲れているでしょう?」

「ああ。連続して使うのは、まだ厳しいみたいだ」

「なら、今日はここまででもいいのよ」

 リゼリアは心配そうに俺の顔を見た。

 その気遣いが嬉しくて、俺は笑った。

「大丈夫。無理をするつもりはないよ。休みながら続けよう」

「……約束よ?」

「約束」

 リゼリアはようやく安心したようだった。

     ◇

 休憩を挟みながら、俺たちは何度か練習を繰り返した。

 空間固定が成功するのは、まだ数回に一度程度。それでも、エレナの合図に合わせれば、発動のタイミングは少しずつ安定してきた。

 最後には、木片の動きを一瞬だけ止め、その直後にエレナが矢を命中させる連携を、続けて二度成功させることができた。

「かなりよくなってきましたね」

「エレナの教え方がうまいんだよ」

「そ、そんなことは……」

 エレナは照れたように視線をそらした。

「私は、黒瀬さんが真剣に練習しているから、合わせられるだけです」

「それでも助かっているよ。俺一人だったら、どう練習すればいいのかも分からなかった」

「……そう言ってもらえると、嬉しいです」

 彼女の頬がほんのり赤くなった。

 その様子を見ていたリゼリアが、俺の反対側から腕を取った。

「恒一、私も頑張っているのだけれど?」

「もちろん、リゼリアにも助けられているよ。昨日だって、最後に大型個体を倒せたのはリゼリアのおかげだ」

「……本当に?」

「ああ。俺だけじゃ、あの魔物を倒せなかった」

 リゼリアの表情が、ぱっと明るくなった。

「ふふっ。なら、これからも私が守ってあげるわね」

「頼りにしているよ」

「……うん!」

 彼女は嬉しそうに俺の腕に寄り添った。

 エレナも、そんな俺たちを穏やかな目で見つめていた。

「お二人は、本当に仲がいいんですね」

「そうかしら?」

「はい。見ていると、よく分かります」

 リゼリアは少し照れたように笑った。

「……恒一は、私にとって大切な人だから」

 その言葉に、俺の胸が少しだけ熱くなった。

 エレナは一瞬驚いたあと、静かにうなずいた。

「……素敵ですね」

 それ以上、彼女は何も言わなかった。

 けれど、三人の間には、昨日よりも少しだけ自然な空気が流れていた。

     ◇

 街へ戻った俺たちは、ギルドで翌日以降の依頼を確認することにした。

 エレナは掲示板を見ながら、気になる依頼書を何枚か選んでいた。

 その間、俺は今日の練習を思い返していた。

 収納機能の整理。

 空間固定の制御。

 エレナとの連携。

 どれも小さな進歩だが、確実に前へ進んでいる。

 そのとき、視界の端に、見慣れない表示が浮かんだ。

《空間操作:収納品の識別を確認》

《空間固定:制御精度の向上を確認》

《連携行動:協力関係との適合性を確認》

「……連携行動?」

 思わずつぶやいた。

「どうしたの、恒一?」

 リゼリアが顔をのぞき込む。

「いや、今日の練習で、新しい表示が出たんだ。俺の能力と、仲間との連携に関係があるらしい」

「仲間との連携……」

 リゼリアは少し考え込んだ。

「あなたの力は、空間そのものに関わるもの。なら、一人で使うだけじゃなく、誰かと一緒に使うことで、別の可能性が生まれるのかもしれないわね」

「俺も、そんな気がする」

 まだ詳しいことは分からない。

 けれど、能力を磨くことと、仲間との信頼を深めることは、別々のものではないのかもしれなかった。

 その夜、宿へ戻った俺は、収納した道具を整理し直した。

 薬草、討伐素材、食料、装備品。

 分類を意識すると、必要な物を取り出すのが以前よりもずっと簡単になった。

 さらに、今日使った小石や木片を収納から取り出し、空間固定の練習を思い返す。

 ほんの一瞬しか使えない能力。

 それでも、仲間と力を合わせれば、その一瞬に大きな意味を持たせられる。

「焦らず、少しずつだな」

 俺はステータスを閉じた。

 固有異空間は、まだ未解放のまま。

 その先に何があるのかも分からない。

 だが、今はそれでいい。

 リゼリアがいて、エレナがいて、頼れる仲間が少しずつ増えている。

 いつか、自分の能力をもっと深く理解できたなら。

 この世界で、仲間たちが安心して過ごせる場所を作れるかもしれない。

 そんな未来を思い描きながら、俺は静かに目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。