第6話 新しい仲間と初討伐! エルフの意外な弱点
翌朝。
「恒一、起きて。今日は討伐依頼を受けるのでしょう?」
「……あと三分」
「昨日は五分だったわよね?」
「成長しただろ?」
「どこがよ!」
リゼリアの声が、宿の部屋に響いた。
俺は布団を頭までかぶったが、すぐに端をつかまれて引き剥がされる。
「ほら、起きなさい。エレナが待っているわよ」
「わかった、わかったって」
「本当に?」
「本当」
「……なら、いいわ」
リゼリアは満足そうにうなずいた。
ところが、俺がベッドから起き上がると、彼女はなぜか隣に座ったまま動こうとしない。
「リゼリア?」
「何?」
「そろそろ着替えたいんだけど」
「……あっ!」
彼女の顔が一気に赤くなった。
「そ、そうだったわね! 食堂で待っているから!」
慌てて部屋を出ていく姿を見送り、俺は苦笑した。
最近、リゼリアはますます表情が豊かになった気がする。
最初に出会ったときは、もっと気高くて近寄りがたい雰囲気だった。今では、こうして朝から俺を起こしに来るのが日課になっている。
悪くない変化だと思う。
◇
朝食を済ませて冒険者ギルドへ向かうと、エレナは掲示板の前で依頼書を確認していた。
「おはようございます、黒瀬さん。リゼリアさん」
「おはよう、エレナ」
「おはよう。待たせてしまったかしら?」
「いいえ。今、ちょうど依頼を選んでいたところです」
エレナが一枚の依頼書を差し出した。
【討伐依頼:グレイファングの群れ】
【危険度:D相当】
【依頼内容:エルセリア北東部の岩場に出没するグレイファングを討伐すること】
【報酬:銀貨12枚。追加素材は別途買取】
「グレイファングか。昨日も戦った相手だな」
「はい。ただ、今回は群れの規模が分かっていません。数が多ければ、危険度が上がる可能性があります」
エレナは真剣な表情で続けた。
「昨日見つけた足跡を調べたところ、岩場の近くに複数の個体が集まっているようでした。放置すると、森の浅い場所まで移動してくるかもしれません」
「なるほど。なら、早めに対処したほうがよさそうだな」
「そうね」
リゼリアもうなずいた。
「グレイファング程度なら、私たちで対処できると思うわ。ただし、数が多い場合は無理をしないこと。危なくなったら撤退する。それが大切ね」
「賛成だ。無理して怪我をしたら意味がないからな」
俺たちは依頼を受けることにした。
受付で手続きを済ませていると、ギルドマスターのガルドが奥から出てきた。
「おう、黒瀬。今日も森へ行くのか」
「はい。グレイファングの討伐です」
「なるほどな。エレナが一緒なら、周囲の警戒は任せられるだろう」
ガルドはエレナに目を向けた。
「ただし、無理はするなよ。森の魔物が普段と違う動きをしている。何か異常を感じたら、すぐに引き返せ」
「承知しています」
「黒瀬、お前もだ。珍しい能力を持っているからといって、何でもできると思うな」
「わかっています」
「よし。生きて帰ってこい。報酬を受け取るのは、それからだ」
ぶっきらぼうだが、心配してくれているのは伝わってくる。
俺たちはガルドに礼を言い、街を出発した。
◇
森へ向かう道中、俺は昨夜のステータス表示を思い出していた。
《空間固定》
《制御精度不足:高度な応用には習熟が必要》
空間を固定する。
言葉どおりなら、一定範囲の空間に干渉し、そこを通る物体の動きや位置変化に影響を与える能力なのだろう。
だが、具体的にどう使えばいいのかは、まだ分からない。
「恒一、また考え事?」
隣を歩くリゼリアが、顔をのぞき込んできた。
「ああ。昨日の空間固定について考えていたんだ」
「使えるようになれば、戦闘でも役立ちそうね」
「そうなんだけどな。今のところ、何ができるのかさっぱりだ」
「なら、安全な場所で試してみましょうよ」
「試すって、どうやって?」
リゼリアは道端に落ちていた小石を拾った。
「例えば、これを空中で止めるとか」
「なるほど。やってみるか」
俺は小石を受け取り、手のひらに乗せた。
空間操作を意識する。
小石そのものを動かすのではなく、その周囲の空間に干渉する。
動きを止める。
そのイメージを頭の中で組み立てた。
小石を放り投げ、落下する瞬間に意識を集中する。
――しかし、何も起こらなかった。
「……駄目か」
「まだ使い方が分からないのだから、仕方ないわ」
リゼリアは小石を拾い、もう一度、俺に渡した。
「焦らなくていいのよ。昨日は一瞬だけ成功したのでしょう?」
「そうだな。もう少し試してみるよ」
俺が小石を投げようとしたとき、エレナが口を開いた。
「黒瀬さん。対象そのものを止めようとするより、対象が通る場所に意識を向けてみてはいかがでしょうか」
「通る場所?」
「はい。空間そのものに干渉する能力なら、物体を直接動かすのとは違うはずです。例えば、小石が落ちる軌道の一部に働きかけるような……」
「なるほど。試してみる価値はありそうだ」
俺は小石を放り投げた。
落下する軌道を意識し、その周囲の空間に力を流す。
ほんの一瞬。
小石の動きが、わずかに鈍った。
「おっ?」
だが、すぐに元の速度へ戻り、地面に落ちた。
「今、少し止まりませんでしたか?」
エレナが驚いたように声を上げた。
「俺もそう思った」
視界の端に、文字が浮かぶ。
《空間固定:制御適性を確認》
《習熟段階:初期》
《制御可能範囲:極小》
《持続時間:極短》
「やった……! 少しだけど、使えたみたいだ」
「おめでとう、恒一!」
リゼリアが嬉しそうに俺の手を握った。
「すごいわ! 空間固定が使えたのね!」
「ほんの一瞬だけどな」
「それでも、すごいことよ」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
「ありがとう、リゼリア」
「ふふっ。もっと褒めてもいいのよ?」
「はいはい。リゼリアのおかげです」
「……もう。そういう意味じゃないのに」
彼女は少し頬を膨らませた。
けれど、つないだ手は離そうとしなかった。
◇
岩場に到着すると、エレナはすぐに周囲の調査を始めた。
「足跡があります。こちらへ進んでください」
俺たちは岩陰を慎重に進んだ。
やがて、開けた場所に出る。
そこには、灰色の毛並みを持つ狼型の魔物が四体いた。
グレイファングだ。
さらに、その奥には一回り大きな個体がいる。鋭い牙をのぞかせ、ほかの魔物よりも堂々とした姿で周囲を見回していた。
「……あれは?」
俺が尋ねると、エレナは目を細めた。
「通常のグレイファングより大きいですね。群れを率いる個体かもしれません」
「ボスってことか」
「可能性はあります。まずは通常個体を引き離しましょう。大型個体と同時に戦うのは避けたいです」
リゼリアが剣を抜いた。
「私が前に出るわ。エレナ、援護をお願い」
「分かりました」
作戦は決まった。
リゼリアが岩陰から飛び出し、魔物の注意を引く。
「こっちよ!」
彼女の剣が赤い光を帯びた。
一体目のグレイファングが飛びかかるが、リゼリアは軽やかに身をかわし、剣の柄でその顎を打ち上げる。
そこへエレナの矢が飛んだ。
矢は魔物の後脚に命中し、動きを鈍らせる。
「今よ、恒一!」
「ああ!」
俺は倒れかけた魔物の周囲に意識を集中した。
空間固定。
魔物の足元にある狭い空間へ、一瞬だけ干渉する。
力を流すと、グレイファングの前脚が地面に縫い止められたように止まった。
「グルルッ!?」
魔物が体勢を崩す。
リゼリアはその隙を逃さなかった。
一閃。
魔物が地面に倒れた。
「やったな!」
「ええ!」
リゼリアが振り返り、嬉しそうに笑った。
「恒一、今の見たわよ! ちゃんと空間固定が使えていたわ!」
「ほんの一瞬だけどな。でも、実戦で使えるなら大きい」
初めての成功に気が緩みかけたが、戦闘はまだ終わっていない。
エレナはすでに次の矢を放っていた。
二体目のグレイファングが岩場の陰へ逃げようとする。
「逃がしません!」
矢が飛び、魔物の進路を塞いだ。
リゼリアが距離を詰め、短い戦闘の末に仕留める。
残る二体のうち一体も、エレナの誘導によって孤立させ、リゼリアが倒した。
通常個体は、あと一体。
ところが、そのときだった。
「恒一、後ろ!」
リゼリアの声が響いた。
群れを率いる大型個体が、岩陰から飛び出してきたのだ。
その体格は普通のグレイファングより一回り大きく、牙も鋭い。地面を蹴る勢いは、先ほどの魔物とは比べものにならなかった。
俺は咄嗟に横へ飛び退いた。
爪が地面をえぐる。
「危なっ……!」
「恒一、大丈夫!?」
「大丈夫だ!」
リゼリアが駆け寄ろうとしたが、大型個体がその前に立ちはだかった。
「くっ……!」
彼女は剣を構え、魔物と向き合う。
エレナも弓を引き絞った。
「この個体、動きが速いです! 普通のグレイファングとは違います!」
大型個体が再び地面を蹴った。
狙いはリゼリア。
「リゼリア!」
俺は反射的に空間固定を発動させた。
魔物が通る空間を狙う。
だが、力が足りない。
ほんの一瞬、魔物の動きが鈍っただけだった。
それでも、リゼリアが体勢を整えるには十分だった。
「そこよ!」
彼女の剣が魔物の前脚を浅く切り裂く。
大型個体は着地に失敗し、岩へ激突した。
「エレナ!」
「はい!」
エレナの矢が飛んだ。
一本、二本。
連続して放たれた矢が魔物に命中し、動きを鈍らせる。
俺はもう一度、空間固定を使おうとした。
しかし、頭の奥に重い圧迫感が広がった。
集中が乱れ、視界が一瞬揺れる。
「……くっ」
連続して使うには、まだ負担が大きすぎるらしい。
俺は無理に力を押し込むのをやめ、二人の動きを見ることにした。
エレナが魔物の側面へ回り込み、矢を放つ。
大型個体がそちらを向いた瞬間、リゼリアが踏み込んだ。
「これで終わりよ!」
赤い魔力をまとった剣が、魔物の首元へ振り下ろされる。
大きな身体が地面に倒れた。
静寂が戻った。
「……終わった、のか?」
俺は息を整えながら、周囲を確認した。
「ええ。もう動かないわ」
リゼリアが剣を収め、こちらへ歩いてくる。
「恒一、怪我は?」
「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ」
「本当に?」
彼女は俺の腕を取り、傷がないか確かめた。
「……よかった」
ほっとした表情を浮かべたあと、リゼリアは俺の胸元に額を寄せた。
「無茶はしないでね。あなたが傷つくのは、嫌なの」
「分かってる。リゼリアだって無茶は駄目だからな」
「……うん」
彼女は小さくうなずいた。
その様子を見ていたエレナが、静かに口を開いた。
「黒瀬さん。先ほどの能力は、戦闘中に使うには危険もありますが、とても有効ですね」
「そうだな。まだ制御が難しいけど、少しずつ練習していくよ」
「私も協力します。弓で魔物の動きを制限すれば、黒瀬さんが能力を使うタイミングを作れるかもしれません」
「それは助かる。ありがとう」
エレナは嬉しそうに微笑んだ。
「仲間ですから」
その言葉が、妙に心に残った。
◇
討伐した魔物の素材を回収した俺たちは、日が傾く前に街へ戻った。
ギルドで報告を済ませると、受付嬢は目を丸くした。
「グレイファングを五体も!? しかも、大型個体まで討伐したのですか?」
「はい。こちらが討伐の証拠です」
エレナが牙を差し出す。
受付嬢は確認を終えると、報酬を用意してくれた。
「依頼達成を確認しました。基本報酬に加えて、大型個体の討伐報酬もお支払いしますね」
銀貨の入った袋が、俺たちの前に置かれた。
「やったな。これなら、しばらくは余裕を持って生活できそうだ」
「ええ。装備の手入れにも回せそうです」
エレナがうなずく。
リゼリアは報酬の袋を見てから、俺の袖を引いた。
「ねえ、恒一。今日は少し寄り道してもいい?」
「ああ。もちろん」
リゼリアは嬉しそうに笑った。
◇
彼女が連れていってくれたのは、街の大通りから少し外れた小さな菓子店だった。
店内には、焼きたての甘い香りが漂っている。
「ここはね、果実を使ったお菓子がとてもおいしいの」
リゼリアは目を輝かせていた。
「昨日もタルトを食べたばかりじゃなかったか?」
「甘いものは別腹よ!」
「……それ、どこかで聞いたことがあるな」
思わず笑うと、リゼリアは頬を膨らませた。
「何よ。恒一だって、おいしいものを食べるのは好きでしょう?」
「もちろん。じゃあ、今日は何を食べようか」
俺たちはショーケースをのぞき込んだ。
果実のタルト、蜂蜜を使った焼き菓子、ふんわりしたクリームのケーキ。どれもおいしそうだった。
「……全部食べたいわ」
「さすがに全部は無理だろ」
「なら、二人で分けましょう? そのほうが、いろいろな味を楽しめるもの」
「なるほど。いい考えだな」
俺たちはいくつかの菓子を注文し、店の奥の席に座った。
そのとき、少し離れた席から声がした。
「あの……皆さん」
振り返ると、そこにはエレナがいた。
「エレナ? どうしたんだ?」
「いえ、その……」
彼女はテーブルの上に置かれた焼き菓子を見つめていた。
先ほどから、妙にそわそわしている。
「もしかして、エレナも甘いものが好きなのか?」
「……好きです」
エレナは小さな声で答えた。
「とても」
その返事に、リゼリアが目を輝かせた。
「あら! エレナも甘いものが好きなのね!」
「はい。でも、普段はあまり食べないようにしているんです」
「どうして?」
「冒険者になってから、食費を節約していて……。それに、甘いものを食べ始めると、つい夢中になってしまうので」
エレナは少し恥ずかしそうに視線を落とした。
「里にいた頃、母がよく果実の焼き菓子を作ってくれました。それを思い出してしまうんです」
いつもの冷静な彼女とは違う、どこか懐かしそうな表情だった。
「そうだったんだ」
俺はテーブルの上の焼き菓子を一つ、エレナの皿に移した。
「じゃあ、今日は遠慮しなくていいよ。討伐も頑張ったしな」
「えっ……でも」
「三人で食べたほうが楽しいだろ?」
エレナは焼き菓子と俺の顔を交互に見た。
「……ありがとうございます」
小さく礼を言い、ひと口かじる。
次の瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなった。
「……おいしい」
「そんなにおいしい?」
「はい! この香ばしさと、果実の甘酸っぱさが絶妙で……!」
そこまで話してから、エレナははっと口を押さえた。
「……す、すみません。つい夢中になってしまいました」
「いいじゃないか。好きなものを食べているときくらい、遠慮しなくて」
「……黒瀬さんは、優しいですね」
エレナは頬を赤くして、焼き菓子を見つめた。
リゼリアが、にこにこと笑っている。
「ふふっ。エレナ、もっと食べましょう? 私もまだ食べたいもの」
「リゼリアさん……ありがとうございます」
「その代わり、次においしいお店を見つけたら教えてちょうだいね!」
「はい。ぜひ!」
こうして俺たちは、三人で甘いものを楽しんだ。
戦闘中の緊張感が嘘のように、穏やかな時間だった。
◇
夜。
宿に戻った俺は、ベッドに腰かけてステータスを確認した。
《職業:時空士》
《ランク:★1》
《スキル:《二重衝撃》《空間固定》》
《空間操作:収納機能を確認》
《空間固定:初期段階》
《固有異空間:未解放》
さらに、空間固定の説明が表示された。
《空間固定》
《対象周辺の空間を短時間固定する》
《現在の制御範囲:極小》
《持続時間:最大一瞬》
《連続使用には高い制御精度が必要です》
「一瞬か……。まだまだ練習が必要だな」
とはいえ、今日の戦闘では確かに役に立った。
ほんの一瞬、魔物の動きを遅らせるだけでも、仲間が攻撃する隙を作れる。
ただ、連続して使おうとすると、集中力が大きく削られる。今のままでは、何度も使うのは危険だ。
焦らず、少しずつ使い方を覚えていこう。
そう考えていると、扉が控えめにノックされた。
「恒一、起きている?」
「リゼリア? どうぞ」
扉が開き、リゼリアが顔をのぞかせた。
「少しだけ、お話ししてもいい?」
「もちろん」
彼女は俺の隣に腰かけた。
「今日の戦闘、頑張ったわね」
「リゼリアもな。最後の一撃、見事だったよ」
「……ありがとう」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「でも、あなたが魔物に襲われたときは、本当に心配したのよ」
「ごめん。もう少し慎重に動くよ」
「ううん。謝らなくていいの。ただ……」
リゼリアは俺の手を取った。
「あなたが頑張っているのは分かっているけれど、ひとりで全部背負わないでほしいの。私にも、エレナにも、もっと頼ってちょうだい」
俺は彼女の手を握り返した。
「そうだな。俺には二人の仲間がいるんだもんな」
「そうよ」
リゼリアは満足そうにうなずいた。
「それに、これからもっと仲間が増えるかもしれないでしょう?」
「ああ。そうなったら、賑やかになるな」
「……そのときも、私のことを一番に頼ってね?」
少し不安そうな声だった。
俺は彼女の銀色の髪を、そっと撫でた。
「もちろん。リゼリアは俺にとって、最初の大切なパートナーだから」
「……っ」
彼女の頬が赤くなった。
「もう……。あなたは本当に、そういうことを自然に言うのね」
「本当のことだからな」
「……ふふっ」
リゼリアは俺の肩に頭を預けた。
「じゃあ、今夜はもう少しだけ、ここにいてもいい?」
「もちろん」
「ありがとう、恒一」
静かな夜。
窓の外には、異世界の月が浮かんでいる。
エレナという頼もしい仲間が加わり、俺の能力にも新たな可能性が見え始めた。
まだまだ未熟だし、分からないことも多い。
それでも、一歩ずつ進んでいけばいい。
隣で安心したように目を閉じるリゼリアを見ながら、俺はそう思った。
明日もきっと、新しい発見がある。
そして、いつか――。
この世界に、自分たちが心からくつろげる場所を作れる日が来るのかもしれない。
その未来を想像しながら、俺はリゼリアと静かな時間を過ごした。




