↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/54

第5話 エルフの弓使いは、褒められると弱いらしい

 翌朝。

「恒一、起きて。今日はエレナとの約束があるでしょう?」

「……あと五分」

「昨日も聞いたわ、その言葉」

 布団を引っ張られ、俺は渋々目を開けた。

 目の前には、銀髪の美少女リゼリアが腰に手を当てて立っている。

「ふふん。今日は二度寝させないわよ」

「はいはい、わかったよ」

「返事は一回!」

「わかった、リゼリア」

「……よろしいわ」

 満足そうにうなずいた彼女は、俺がベッドから起き上がると、今度は服の袖をつまんだ。

「ところで、今日の依頼が終わったら、少し買い物に付き合ってくれない?」

「買い物? もちろんいいけど、何を買うんだ?」

「それは秘密よ。楽しみにしていてちょうだい」

 リゼリアは人差し指を唇に当て、意味ありげに笑った。

 何を企んでいるのかは分からないが、彼女が楽しそうなので、あえて聞かないことにした。

     ◇

 朝食を済ませて冒険者ギルドへ向かうと、エレナはすでに入口で待っていた。

 緑色の髪を後ろでまとめ、背中には弓と矢筒を身につけている。

「おはようございます、黒瀬さん。リゼリアさん」

「おはよう、エレナ。待たせてごめん」

「いえ、私も今来たところです」

 そう答える彼女の足元には、飲み終えたらしい果実水の瓶が二本置かれていた。

「……もしかして、結構待った?」

「そ、そんなことはありません」

 エレナは視線をそらした。

 その様子を見て、リゼリアがくすりと笑う。

「エレナ、恒一に会うのを楽しみにしていたのね?」

「ち、違います! 依頼の打ち合わせをするために早く来ただけです!」

「あら、そう?」

「そうです!」

 きっぱり言い切るエレナだったが、尖った耳の先はほんのり赤くなっていた。

 リゼリアはそれ以上追及せず、俺の腕にそっと自分の腕を絡める。

「さあ、行きましょう。今日も三人で頑張るわよ」

「ああ。よろしくな、二人とも」

 こうして俺たちは、エレナの案内で街の北側にある森へ向かった。

     ◇

「今日は、昨日見つけた足跡の続きを調べたいと思います」

 森へ入ると、エレナは地面を確認しながら説明を始めた。

「昨日のグレイファングは、普段ならこの辺りには現れません。もっと奥の岩場を縄張りにしているはずです」

「縄張りを離れていたってことか?」

「はい。何かに追われた可能性もあります」

 リゼリアの表情が引き締まった。

「さらに強い魔物がいるのかもしれない、ということね」

「その可能性はあります。ただ、今の段階では断定できません」

 エレナは小袋から、森の地図と魔物の目撃地点を記した紙を取り出した。

「数日前から、この周辺の魔物の動きを調べていました。でも、ひとりでは調査できる範囲に限界があります」

「だから、俺たちと組みたいと思ったのか」

「ええ。リゼリアさんの戦闘能力も頼りになりますし、黒瀬さんの収納能力があれば、採取した素材を持ち帰るのも簡単です」

「便利に使ってくれて構わないよ。俺も経験を積みたいからな」

 そう答えると、エレナは少し驚いたように目を見開いた。

「黒瀬さんは、珍しい能力を持っているのに、あまり自慢なさらないのですね」

「自慢できるほど、使いこなせていないからな」

「それでも、昨日の戦闘では私たちを助けてくれました」

 エレナは、少しだけ微笑んだ。

「私は、そういうところを尊敬します」

「えっ?」

「……な、何かおかしなことを言いましたか?」

「いや、まさか尊敬されるとは思わなくて」

「尊敬するのに、特別な理由が必要ですか?」

 真顔で尋ねられ、俺は言葉に詰まった。

 その横で、リゼリアが満足そうにうなずく。

「そうよ、恒一。あなたはもっと自分に自信を持っていいのよ」

「リゼリアまで……」

「だって、本当のことだもの」

 リゼリアは俺の腕をぎゅっと抱きしめた。

 エレナはその様子を見て、小さく笑った。

「なるほど。リゼリアさんが黒瀬さんを大切にしている理由が、少し分かった気がします」

「そ、そう?」

「はい。とても」

 リゼリアは嬉しそうに微笑んだ。

 どうやら、二人の仲も少しずつ深まっているらしい。

     ◇

 しばらく進むと、森の中に小さな泉が見えてきた。

 透明な水が岩の間から湧き出し、周囲には青い花が咲いている。

「ここで少し休憩しましょう」

 エレナは荷物を下ろし、水筒を取り出した。

「この泉の水はきれいですし、周囲に危険な魔物の気配もありません」

「へえ、いい場所だな」

「私のお気に入りなんです」

 エレナは泉のほとりに腰を下ろした。普段は落ち着いた彼女も、自然に囲まれているときは表情が少し柔らかくなる。

「エレナは、ずっとこの街に住んでいるのか?」

「いいえ。生まれは、もっと北にあるエルフの里です」

「どうして、この街に?」

「外の世界を見てみたかったんです。自分の力がどこまで通用するのか、試してみたくて」

「それで冒険者になったんだな」

「はい。でも、実際に外へ出てみると、私ひとりではどうにもならないことがたくさんありました」

 エレナは自分の弓に視線を落とした。

「遠くの敵を射抜くことも、魔物の足跡を見つけることもできます。でも、強い魔物に接近されると、自分の身を守るので精いっぱいになることがあります」

「昨日の戦闘のことか?」

「はい。もっと強くなりたいんです。誰かに守られるだけではなく、仲間を守れる弓使いに」

 その言葉には、彼女の真剣な思いが込められていた。

 俺は少し考えてから、口を開いた。

「いい目標だと思うよ。でも、仲間に守ってもらうことと、仲間を守れないことは同じじゃない」

「え?」

「俺だって、リゼリアがいなかったら昨日の戦闘は危なかった。エレナの弓がなければ、俺たちも苦戦していたと思う」

「それは……」

「得意なことが違うから、協力する意味があるんだろう? 誰かひとりですべてできる必要はないと思う」

 エレナは黙って俺を見つめていた。

「もっと強くなるのはいいことだ。でも、今の自分を否定する必要はないよ」

 やがて彼女は、ゆっくりと顔を伏せた。

「黒瀬さんは……不思議な方ですね」

「そうかな?」

「はい。私は、努力しなければならないとばかり考えていました。誰かに頼ることは、弱さの証拠だと思っていたのかもしれません」

 エレナは小さく息を吐いた。

「でも、あなたの話を聞いて、少し気が楽になりました。ありがとうございます」

「それならよかった」

 彼女は照れくさそうに微笑んだ。

 いつもの冷静な表情とは違う、年相応の柔らかな笑顔だった。

 そのとき、俺の視界の端に見慣れない文字が浮かんだ。

《契約対象外の人物との信頼関係を確認》

《空間操作:応用適性を検出》

《既存スキル《空間固定》との連動可能性あり》

「……空間固定?」

 思わず声に出してしまった。

「恒一、どうしたの?」

 リゼリアが不思議そうにこちらを見た。

「いや、ステータスに新しい表示が出たんだ」

 俺は空中に浮かぶ表示を確認した。

《空間固定》

《一定範囲の空間を一時的に固定し、対象の移動や位置変化を制限する》

《現状:制御精度不足》

《高度な応用には、さらなる習熟が必要です》

「なるほど……。スキルそのものが増えたわけじゃなくて、使い方の可能性が分かったのか」

 俺がつぶやくと、エレナが興味深そうに身を乗り出した。

「空間を固定できるなら、敵の動きを封じることもできるのでしょうか?」

「理屈の上では可能かもしれない。でも、今の俺にはまだ使いこなせそうにないな」

「それでも、すごい能力です。黒瀬さんの力は、私が想像していた以上に奥が深いのですね」

「まだ分からないことだらけだけどな」

「だからこそ、興味深いのです」

 エレナの瞳が輝いていた。

 俺は苦笑しながら、表示を閉じた。

 新しい力を得たわけではない。それでも、自分のスキルに知らない使い道があると分かっただけで、大きな前進だった。

「……恒一」

 隣からリゼリアの声がした。

「エレナと話すのはいいけれど、そろそろ出発しない?」

「ああ、そうだな。休憩も十分だし」

「ええ。そうしましょう」

 リゼリアは立ち上がり、俺の手を取った。

 その手は、いつもより少しだけ強く握られていた。

 俺は苦笑しながら、その手を握り返した。

     ◇

 泉を離れてさらに奥へ進むと、エレナが突然足を止めた。

「……おかしいですね」

「どうした?」

「この先に、かすかな魔力の反応があります。ですが、魔物の気配とは少し違います」

 彼女の案内で木々の間を抜けた先には、半ば土に埋もれた石造りの遺跡があった。

 崩れかけた柱の中央に、小さな石板が置かれている。

「こんな場所に遺跡が……」

 エレナが驚いたようにつぶやいた。

「地図には載っていないのか?」

「はい。長い間、見つからずに残っていたのかもしれません」

 リゼリアが石板を慎重に観察した。

「古い術式の痕跡があるわ。すぐに危険が起こるようには見えないけれど、慎重に調べたほうがいいわね」

「まずは周囲を確認しましょう」

 エレナは地面や柱を調べ、不自然な仕掛けがないことを確かめた。

「今のところ、危険はなさそうです」

 俺は石板に近づいた。

 表面には、円と線を組み合わせたような模様が刻まれている。

 文字ではない。

 だが、なぜか見覚えがあるような気がした。

「……この模様、空間操作の表示に似ているな」

 その瞬間、石板が淡く光った。

「えっ?」

 石板から細い光が伸び、目の前の空間に吸い込まれていく。

 次の瞬間、俺の視界に新たな表示が浮かんだ。

《古代空間術式の残滓を検出》

《空間操作との適合性を確認》

《情報の一部を取得しました》

 続いて、見慣れない図形がいくつも現れた。

 空間の位置を示す座標。距離を表す数値。そして、複数の空間を結びつけるような線。

 頭の中に、何かの知識が流れ込んでくる。

 空間を収納する。

 空間を固定する。

 そして、空間そのものをひとつの部屋として形成する。

 最後の項目を認識した瞬間、俺は息をのんだ。

《固有異空間:構築条件の一部を取得》

《現在の能力では構築できません》

《能力制御の習熟および信頼関係の深化が必要です》

「固有異空間……!」

 思わず声が出た。

 もし自分だけの空間を作れるなら、荷物を収納するだけでなく、休める場所を作ることだってできるかもしれない。

 いつかはベッドやソファを置き、風呂や台所まで備えた部屋を作れるかもしれない。

 現代日本の生活に近い、落ち着ける場所。

 そして、仲間たちと一緒に過ごせる場所。

 そんな光景が頭の中に浮かんだ。

「恒一?」

 リゼリアの声で我に返った。

「大丈夫? 顔色が変わったわよ」

「ああ、大丈夫。すごいものを見つけたみたいだ」

 俺は二人に、石板から得た情報を簡単に説明した。

「自分だけの空間を作れる……?」

 エレナは驚きを隠せない様子だった。

「そんな術式、聞いたことがありません。空間収納の魔道具ならありますが、内部に部屋を構築するなんて……」

「私も知らないわ」

 リゼリアも真剣な表情で石板を見つめていた。

「でも、恒一の能力なら可能なのかもしれないわね」

「まだ、いつ使えるようになるかも分からないけどな」

「それでも、楽しみだわ」

 リゼリアは俺に微笑みかけた。

「もし本当に部屋を作れるようになったら、私も一緒に入れるの?」

「それは……どうなんだろう」

「ベッドは大きいものにしてね。それから、お茶を飲める場所も欲しいわ」

「まだ作れると決まったわけじゃないんだけど」

「作れるようになったときの話よ!」

 リゼリアは頬を膨らませた。

「恒一が作る部屋なら、私も一緒に考えたいもの」

 その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。

「そうだな。いつか作れるようになったら、一緒に考えよう」

「約束よ?」

「ああ、約束」

 リゼリアは嬉しそうに笑った。

 エレナも、どこか羨ましそうに石板を見つめていた。

「……その空間が完成したら、私も見学させていただけますか?」

「もちろん。完成したら、ぜひ」

「ありがとうございます。楽しみにしています」

 俺は石板をもう一度見つめた。

 この能力は、ただ戦闘で役立つだけのものではないのかもしれない。

 いつか仲間たちが安心して過ごせる場所を作れるのなら、それも立派な冒険の目標になる。

     ◇

 遺跡の調査を終え、俺たちは街へ戻った。

 ギルドへの報告では、森の魔物の動きに異常があったことと、未知の遺跡を発見したことを伝えた。ただし、俺の能力については詳しく話さなかった。

 自分でも、まだ整理できていないことが多すぎる。

 報酬を受け取ったあと、エレナが俺たちに向き直った。

「今日は本当にありがとうございました。お二人と一緒でなければ、遺跡を安全に調査することは難しかったと思います」

「こちらこそ。エレナのおかげで森のことがよく分かったよ」

「……そう言っていただけると、嬉しいです」

 彼女は少し照れたように笑った。

「もしご迷惑でなければ、これからも一緒に依頼を受けたいのですが……」

「俺は歓迎するよ。リゼリアは?」

 リゼリアは少し考えてから、エレナに手を差し出した。

「私も歓迎するわ。エレナは頼りになるし、一緒にいて楽しいもの」

「リゼリアさん……」

「ただし、恒一を無理に連れ回すのは駄目よ? 休息も大切なんだから」

「もちろんです。黒瀬さんの体調には気を配ります」

「なら、決まりね!」

 リゼリアはにっこり笑った。

 エレナもその手を取り、微笑み返す。

「これから、よろしくお願いします」

「ああ。こちらこそ、よろしく」

 こうして俺たちは、これからも三人で依頼を受けることになった。

     ◇

 その日の夕方。

 約束どおり、俺はリゼリアと街の商店を回っていた。

「それで、今日は何を買いたいんだ?」

「ふふっ。これよ!」

 リゼリアが指さしたのは、小さな雑貨店だった。

 店先には髪飾りやブレスレット、可愛らしい小物が並んでいる。

「髪飾り?」

「ええ。せっかくだから、何か記念になるものが欲しくて」

 リゼリアは棚を見回し、赤い石のついた銀細工の髪飾りを手に取った。

「これ、どう思う?」

「似合うと思うよ。リゼリアの髪にも合いそうだ」

「……本当?」

「うん。すごく綺麗だ」

 リゼリアは髪飾りを胸元に寄せ、嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、これにするわ」

 会計を済ませると、彼女は俺の前に立った。

「ねえ、恒一。つけてくれる?」

「俺が?」

「ええ。せっかく買ったんだもの」

 俺は髪飾りを受け取り、彼女の銀色の髪にそっと留めた。

 赤い石が夕日の光を受けて、きらりと輝く。

「……どうかな?」

「よく似合ってるよ」

 リゼリアは鏡を見て、それから俺を見上げた。

「ありがとう。大切にするわね」

「気に入ってくれたならよかった」

 彼女は少し迷ってから、俺の手を取った。

「ねえ、恒一。今日の記念に……手をつないで帰ってもいい?」

「もちろん」

 俺が答えると、リゼリアは満面の笑みを浮かべた。

「ふふっ。じゃあ、離さないわよ?」

「はいはい」

「もう、またそうやって軽く返事をするんだから!」

 そう言いながらも、彼女は嬉しそうに俺の手を握った。

 俺たちは夕暮れの街を、ゆっくりと歩いて帰った。

 新しい仲間ができた。

 そして、自分の能力にも新たな可能性が見え始めた。

 この世界で俺が何を成し遂げられるのかは、まだ分からない。

 けれど、隣で笑うリゼリアと、信頼できる仲間たちがいる。

 それならきっと、これからの冒険も悪くない。

 そう思いながら、俺は彼女の手を握り返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。