第56話 武闘会への招待
翌朝、恒一たちは領主の館を訪れていた。
案内された応接室で待っていると、ほどなくしてアリシアが姿を現した。金色の髪を整え、領主としての装いに身を包んでいるが、その表情には少し疲れが見えた。
「お待たせして申し訳ありません。行方不明者の件で、朝から対応に追われておりまして」
「こちらこそ、お忙しいところすみません。調査でわかったことを報告に来ました」
恒一は、街の外れで見つけた黒い粉末と、そこに残っていた魔力の痕跡について説明した。
アリシアは最後まで話を聞き、手元の記録に要点を書き留めた。
「以前、路地で見つかったものと同じ可能性があるのですね」
「はい。ただ、用途まではわかっていません。転移に関係するものかもしれませんが、今の段階で断定はできません」
「わかりました。警備隊にも情報を共有し、同じ痕跡がないか調べさせます」
アリシアは迷わず頷いた。
「それと、グレイヴという人物についてもお聞きしたいのですが」
恒一が切り出すと、アリシアの表情が少し引き締まった。
「武闘会の開催を提案してきた方ですね。現在、身元と資金の出どころを調べています。今のところ、明確な不正は見つかっていません」
「冒険者が次々と消えている時期に、大勢を集める催しを開くのは危険だと思います」
エレナが慎重に言葉を選びながら続けた。
「もし犯人が武闘会を利用するつもりなら、参加者がまとめて狙われる可能性もあります」
「私も、その点を懸念しています」
アリシアは小さく息を吐いた。
「ですが、街の冒険者が減り続けている今、武闘会には人を呼び戻す効果も期待できます。資金援助を受けられれば、警備や復興にも予算を回せるでしょう」
「つまり、開催する方向で考えているんですね?」
フィリアが尋ねた。
「はい。ただし、条件を付けます。警備体制を整え、参加者の身元を確認すること。そして、主催側に不審な点があれば、開催を中止できる契約にするつもりです」
「それなら、こちらも調査を続けながら協力できると思います」
恒一は少し考えてから答えた。
「俺たちも武闘会に参加させてもらえませんか?」
「参加、ですか?」
「はい。グレイヴが何を考えているのか、実際に会場で確かめたいんです。参加者に接触するつもりなら、俺たちが中にいれば気づけることもあるかもしれません」
「危険を承知のうえで、ということですね」
「もちろんです。無理に事件へ首を突っ込むつもりはありません。ただ、これまでの手がかりを考えると、武闘会を見過ごすわけにもいかないと思います」
アリシアは恒一を見つめた。
その視線には、彼の覚悟を確かめるような真剣さがあった。
「……わかりました。ただし、調査を優先しすぎて、参加者としての立場を忘れないでください。危険を感じたら、必ず周囲に知らせること。これは約束していただけますか?」
「はい。約束します」
「私たちも同行します。恒一さん一人に任せるつもりはありません」
リゼリアが即座に答えた。
「もちろん、あたしも!」
コハクが勢いよく手を挙げる。
「参加者の動向を調べるなら、記録や魔力反応の確認も必要ですね。私も協力します」
フィリアはすでに、頭の中で調査手順を組み立て始めているようだった。
「私は、会場の安全と参加者の状態を確認します。負傷者が出た場合にも対応できるようにしておきたいです」
セレスも静かに申し出た。
「私は周囲の情報を整理します。誰がどこで何をしていたか、できるだけ記録しておきましょう」
エレナが続けた。
五人の言葉を聞き、アリシアはわずかに表情を和らげた。
「皆さんが協力してくださるのは心強いです。では、武闘会の詳細が決まり次第、ギルドを通じて連絡します」
「ありがとうございます」
恒一が頭を下げると、アリシアも小さく頷いた。
「こちらこそ。どうか無事に戻ってきてくださいね」
その言葉に、恒一は彼女の責任の重さを感じた。
若くして領主の座を継ぎ、街で起きている問題を一つずつ背負っている。すべてを自分だけで解決できるわけではないと理解していても、簡単に誰かへ任せることもできないのだろう。
館を出たあと、コハクが恒一の隣で尻尾を揺らした。
「武闘会かあ。強い人がいっぱい集まるんだよね?」
「そうなるだろうな」
「楽しみ! ……じゃなくて、調査だよね!」
「今、楽しみって言ったわよね?」
エレナが呆れたように指摘する。
「だって、強い人と戦えるかもしれないんだもん!」
「目的を忘れないようにね」
「わかってるってば!」
コハクが頬を膨らませると、フィリアが小さく笑った。
「でも、実力者が集まるのは確かね。参加者の中に、事件に関係する人物がいる可能性もある」
「そうね。ただ、誰かを犯人だと決めつけるのは早いわ」
リゼリアが恒一の隣で言った。
「グレイヴも同じよ。怪しい点はあるけれど、まだ証拠はない。こちらから不用意に警戒していると悟らせる必要もないでしょう」
「まずは、普通の参加者として振る舞うわけか」
「そういうことね」
恒一は頷いた。
武闘会が罠だという確証はない。それでも、ここまでの失踪事件と無関係だと考えるには、タイミングが悪すぎた。
調査を進めるなら、舞台の内側へ入る必要がある。
*
その日の午後、武闘会の開催が正式に発表された。
会場は街の東側にある広場。参加資格は冒険者ギルドへの登録があること。予選を勝ち抜いた者が本戦へ進み、優勝者には多額の賞金と領主からの特別報酬が与えられるという。
発表を聞いた冒険者たちは、たちまち盛り上がった。
「優勝賞金がそんなに出るのか!」
「腕試しにはちょうどいいな!」
「最近は依頼も減っていたし、こういう催しはありがたいぜ」
ギルドの掲示板前にも人が集まり、参加登録の受付には列ができ始めていた。
恒一たちも、ミリアの案内で参加手続きを済ませることにした。
「それでは、代表者のお名前をお願いします」
「黒瀬恒一です」
ミリアは登録用紙を確認し、顔を上げた。
「恒一さんも参加されるんですね。最近のご活躍を考えると、注目されるかもしれません」
「注目されるのは、あまり得意じゃないんですけどね」
「もう十分に注目されていますよ」
ミリアが微笑むと、後ろから聞き覚えのある声がした。
「武闘会にまで出るのか。ずいぶん忙しいことだな」
振り返ると、ダリオが仲間たちと立っていた。
彼は恒一の登録用紙に目を向け、それから不機嫌そうに口元を歪めた。
「お前も参加するなら、俺も出る。実力の差をはっきりさせるには、ちょうどいい機会だ」
「参加する理由は人それぞれだろ。俺は調査も兼ねているんだ」
「調査? 武闘会で何を調べるつもりだ?」
「それは言えない」
恒一は余計なことを話さずに答えた。
ダリオはしばらく彼を見つめていたが、やがて鼻を鳴らした。
「まあいい。せいぜい予選で落ちないようにするんだな」
そう言い残し、ダリオは受付へ向かった。
その背中を見ながら、エレナが声を潜める。
「ダリオも参加するのね」
「ああ。事件を調べているのか、それとも俺に対抗したいだけなのか……」
「両方かもしれないわね」
リゼリアが淡々と答えた。
「どちらにしても、彼が参加するなら動きには注意しておきましょう」
恒一は頷いた。
ダリオは嫉妬深く、言動にも問題がある。しかし、彼が実力のある冒険者であることも事実だった。もし事件の手がかりを見つけたなら、力になってくれる可能性もある。
ただし、今はまだ互いに信頼できる関係とは言い難かった。
「登録は完了しました。予選の組み合わせと開始時刻は、明日の朝に発表される予定です」
ミリアが参加証を手渡した。
「ありがとうございます」
恒一は参加証を受け取り、仲間たちとギルドを後にした。
武闘会まで、あと一日。
それまでにできる準備を整え、情報を集めておく必要がある。
*
一方、街の外れにある建物では、グレイヴが報告書に目を通していた。
「参加登録が始まったか……」
彼の前には、登録者の一覧が置かれている。そこには、恒一やダリオの名前も記されていた。
「黒瀬恒一。やはり来たな」
グレイヴは薄く笑った。
彼が武闘会を提案したのは、街を助けるためではない。腕の立つ冒険者を一か所に集め、目的に合う者を選び出すためだった。
行方不明になった冒険者たちは、その計画の一部にすぎない。
「せっかく自分から来てくれたのだ。期待には応えてもらわなければな」
グレイヴは恒一の名前に印をつけ、報告書を閉じた。
予選が始まれば、多くの冒険者が自分の力を示そうとするだろう。
そして、彼らはまだ知らない。
この武闘会が、勝者を決めるだけの催しではないことを。
*
夜、宿へ戻った恒一たちは、翌日の予選に向けて準備を進めていた。
「明日は、まず予選を突破すること。それから会場の様子を確認する」
恒一がそうまとめると、フィリアが頷いた。
「参加者の中に、黒い粉末と似た魔力を持つ人物がいないかも注意してみるわ。ただし、魔力だけで犯人と決めつけることはできないから、あくまで手がかりとしてね」
「私は観客や係員の動きも見ておきます」
エレナが言った。
「怪しい人物がいたら、すぐに共有しましょう」
「うん! あたしは周りの匂いも調べてみる!」
「会場内では勝手に走り回らないこと。調査は全員で連携して行うのよ」
リゼリアが念を押す。
「わかってるよ、リゼリア!」
コハクは元気よく答えた。
セレスは準備した道具を確認しながら、穏やかに微笑んだ。
「皆さん、くれぐれも無理はなさらないでくださいね。武闘会で怪我をする可能性もありますから」
「ありがとう、セレス。俺も気をつけるよ」
恒一は参加証を机の上に置いた。
これまでの調査では、手がかりを見つけても、犯人へ近づくことはできなかった。
だが、明日からは状況が変わる。
多くの冒険者が集まる武闘会。その舞台に、事件の真相へつながる何かが隠されているかもしれない。
「……必ず、何かをつかんでみせる」
恒一の呟きに、リゼリアがそっと手を重ねた。
「一人で背負わないで。私たちがいるわ」
「ああ。わかってる」
恒一は仲間たちを見回し、静かに頷いた。
翌朝、武闘会の予選が始まる。
その舞台で待ち受けるものが、彼らの想像を超える危険につながっているとも知らずに。




