第53話 黒い粉末と、消えた冒険者の足跡
「まずは、見つけたものをミリアさんに確認してもらおう」
商店街の裏通りを離れた恒一たちは、冒険者ギルドへ戻ることにした。
コハクが見つけた黒い粉末。エレナの調査によれば、そこには微かな魔力の反応が残っていた。さらに、現場近くの店主からは、黒い外套を着た不審な男の目撃証言も得られている。
まだ事件との関係は断定できない。しかし、手掛かりが一つもなかった状況からすれば、大きな前進だった。
「ねえ、コウイチ。あの粉、何だったんだろうね?」
コハクが隣を歩きながら尋ねた。
「それがわかれば苦労しないよ。エレナでも判断できないんだろ?」
「現時点では無理ね。魔力が残っていることは確認できたけれど、属性も用途も特定できなかったわ。普通の魔法を使った痕跡なのか、それとも特殊な道具によるものなのかもわからない」
エレナは腕を組んだ。
「ただ、自然にできたものとは考えにくいわ。ほかの現場でも同じものが見つかれば、何らかの共通点を探せるかもしれない」
「つまり、まだ調査の入口ってことか」
「そういうことね」
「でも、何もわからないよりはずっといいよ!」
コハクは尻尾を揺らした。
「コハクが見つけたんだもんね!」
「はいはい。今回は大手柄だな」
「えへへ!」
素直に褒めると、コハクは嬉しそうに笑った。
その様子を見ていたリゼリアが、恒一の腕にそっと触れる。
「あなたも、少しは私を褒めてくれていいのよ?」
「リゼリアはまだ何も見つけてないだろ」
「犯人が近くに潜んでいないか、ずっと警戒していたわ。十分に役立っていると思わない?」
「それはそうだけど……」
「なら、問題ないわね」
リゼリアは満足そうに微笑んだ。
「まったく、リゼリアさんは……」
フィリアが呆れたように息をつく。
「何かしら?」
「別に。今は事件の調査に集中しようって言いたいだけよ」
「もちろん、そのつもりよ。恒一を守ることも、事件を解決することも、私にとっては同じくらい大切なのだから」
「そ、そういう言い方をしなくてもいいでしょ!」
フィリアの頬が赤くなる。
「二人とも、ギルドに着くまでに喧嘩しないでくれよ」
恒一が苦笑すると、エレナが小さくため息をついた。
「あなたも大変ね」
「他人事みたいに言わないでくれ。エレナだって仲間なんだから」
「……それは、わかっているわ」
エレナは少しだけ目をそらした。
そんなやり取りを続けながら、一行はギルドへ戻った。
*
「お帰りなさい。調査はいかがでしたか?」
受付にいたミリアが、恒一たちを迎えた。
「いくつか手掛かりが見つかったよ。まず、これを確認してほしい」
恒一がエレナに目配せすると、彼女は採取した黒い粉末の入った容器をカウンターへ置いた。
ミリアは容器を受け取り、慎重に中身を確かめた。
「黒い粉末……ですか?」
「失踪者の一人が最後に目撃された場所に残っていたものよ。微かな魔力反応があるわ」
エレナが説明する。
「ただし、現段階では正体も用途も不明。事件に関係しているかどうかも、まだ確定していないわ」
「わかりました。ギルド長に報告し、保管と調査をお願いしてみます」
ミリアは真剣な顔で頷いた。
「それから、現場近くの店主から証言を得た。数日前の夜、黒い外套を着た男が路地にいたそうだ。丁寧な話し方をする、少し不気味な男だったらしい」
「黒い外套……」
ミリアの表情が変わった。
「実は、昨日の目撃証言にも似た特徴がありました。行方不明になった冒険者が、姿を消す直前に見知らぬ男と話していたというものです」
「やっぱり、同じ人物の可能性があるのか」
恒一が尋ねる。
「可能性はあります。ただ、証言だけでは断定できません。黒い外套を着ている人が、ほかにいないとも限りませんから」
「その通りね。外見だけで犯人だと決めつけるのは危険だわ」
エレナも同意した。
「男が何を話していたのか、そこまでわかればよかったんだけど……」
フィリアが残念そうに言った。
「店主は遠くから見ていただけだったからね。会話の内容までは聞こえなかったそうだ」
恒一は腕を組んだ。
「それでも、次に何を調べるべきかは見えてきた。ほかの失踪現場でも、同じ粉末が見つかるか確認しよう」
「そうね。共通点が見つかれば、犯人の行動範囲や手口を絞り込めるかもしれないわ」
エレナが頷いた。
そのとき、ギルドの奥から一人の職員がやってきた。
「ミリアさん、ギルド長がお呼びです。領主館から追加の連絡があったそうです」
「領主館から?」
ミリアは驚いて聞き返した。
「はい。調査に関する情報を整理したいとのことです。黒瀬さんたちにも、可能なら来てほしいそうです」
恒一たちは顔を見合わせた。
「アリシア様からか……」
「領主様も、かなり真剣に事件へ取り組んでいるようね」
リゼリアが呟いた。
「じゃあ、行ってみよう。向こうにも何か新しい情報があるかもしれない」
恒一がそう決めると、ミリアはすぐに手続きを進めてくれた。
*
領主館では、アリシアが執務室で数枚の報告書を確認していた。
机の上には、失踪者の一覧、衛兵からの調査報告、家族から寄せられた情報が整理されている。
扉がノックされると、彼女は顔を上げた。
「どうぞ」
入ってきたのは、恒一たちだった。
「お忙しいところ、すみません」
恒一が挨拶すると、アリシアは首を横に振った。
「いいえ。皆さんの調査結果を聞きたいと思っていたところです。何かわかりましたか?」
恒一は、商店街の裏通りで見つけた黒い粉末と、店主から聞いた目撃証言について説明した。
アリシアは話を遮ることなく、最後まで耳を傾けた。
「魔力の反応がある黒い粉末……。そして、黒い外套の男ですか」
「はい。ただ、どちらも事件との関係はまだ不明です」
エレナが念を押す。
「わかりました。確証のない情報を犯人のものと決めつけるわけにはいきませんね」
アリシアは報告書に目を落とした。
「衛兵にも、ほかの失踪現場を改めて確認させます。同じ粉末が残っていないか、目撃証言に共通点がないか、調べてもらいましょう」
「助かります」
恒一が礼を言うと、アリシアは傍らの騎士へ向き直った。
「調査を担当する衛兵には、今回の情報を必ず共有してください。ただし、黒い外套の人物を見かけても、十分な根拠なしに拘束することは避けるように。無関係な人を巻き込んではいけません」
「承知いたしました」
騎士が退室すると、アリシアは改めて恒一たちを見た。
「皆さんが調査を進めてくださっている間、こちらでもできる限りのことをします。情報が集まり次第、すぐにお知らせします」
「ありがとうございます。ただ、アリシア様も気をつけてください」
恒一の言葉に、彼女は少し不思議そうな顔をした。
「私が、ですか?」
「犯人が街の中で人を連れ去っているなら、誰が狙われてもおかしくありません。領主だから安全というわけでもないでしょう」
アリシアは一瞬黙り、それから静かに頷いた。
「確かに、その通りですね。自分の身を守ることも、領主としての責任の一つです」
「でしたら、警備の方々と相談して、護衛を増やすことも考えてください」
「わかりました。助言をありがとうございます」
彼女は素直に受け入れた。
自分の判断だけに固執せず、必要なことは他人の意見からも学ぼうとする。その姿勢に、恒一は彼女が周囲から信頼を得ている理由を少し理解できた気がした。
「それでは、私たちは引き続き調査を進めます」
「お願いします。皆さんも、どうか無理はしないでくださいね」
アリシアは立ち上がり、恒一たちを見送った。
*
領主館を出た恒一たちは、次の調査場所について話し合っていた。
「ほかの現場でも同じ粉末が見つかればいいんだけどな」
恒一が言うと、エレナが頷いた。
「同じものが見つかれば、偶然ではない可能性が高くなるわ。ただ、魔力の反応が残っている以上、素手で触れるのは避けた方がいいわね」
「わかった。次からは採取用の道具を用意しよう」
「コハクも、もう一度匂いを調べてみるよ。何か違いがわかるかもしれないし!」
「頼りにしてるぞ」
恒一が笑うと、コハクの尻尾が大きく揺れた。
そのとき、リゼリアがふと足を止めた。
「……少し気になることがあるわ」
「どうした?」
「黒い外套の男よ。もし、その男が失踪者たちに接触していたのなら、何か理由があって近づいているはず。偶然、何人もの冒険者と出会ったとは考えにくいわ」
「つまり、冒険者を探していた可能性があるってことか?」
「ええ。ただし、目的まではわからない。勧誘だったのか、依頼の話だったのか、それとも別の理由だったのか……」
リゼリアはそこで言葉を切った。
「今は、わからないことばかりね」
「だからこそ、一つずつ確かめるしかない」
恒一は街並みを見渡した。
行方不明者たちは、いったいどこへ消えたのか。
黒い粉末は、何を意味しているのか。
そして、黒い外套の男は何者なのか。
手掛かりは見つかり始めた。しかし、それらをつなぐ答えはまだ遠い。
「よし、次の現場へ行こう」
恒一の声に、仲間たちが頷いた。
誰かが帰りを待っている。
その事実を胸に、彼らは再び街の中へと歩き出した。
その頃、街の人通りから離れた建物の陰で、一人の男が静かに通りを眺めていた。
黒い外套をまとい、口元には穏やかな笑みを浮かべている。
「……なるほど。少しずつ、気づき始めたようですね」
男は誰に聞かせるでもなく呟いた。
その視線の先には、恒一たちの姿があった。
「ですが、まだ何もわかってはいない」
男は外套の襟を整えると、人混みの向こうへ姿を消した。




