第3話 吸血姫と初依頼! 俺の収納能力が便利すぎるらしい
「恒一! 朝よ! 起きて!」
「……あと五分」
「駄目よ。冒険者の朝は早いんだから!」
「昨日、そんなこと言ってなかっただろ……」
「今、決めたの!」
朝っぱらから、ずいぶん理不尽な話である。
俺は枕に顔を埋めたまま、盛大にため息をついた。
異世界での生活二日目。まだ慣れない宿のベッドで、もう少しだけ眠っていたかったのだが、扉の向こうにいる吸血姫様は容赦がない。
「恒一、起きないなら入るわよ?」
「起きた! 今起きたから!」
俺は慌ててベッドから飛び起きた。
扉の向こうで、くすくすと笑う声が聞こえる。
「ふふっ。最初からそうすればいいのよ」
「……楽しんでるだろ」
「もちろん!」
悪びれもしない返事だった。
身支度を整えて扉を開けると、リゼリアは満足そうに頷いた。
「よし。今日もいい朝ね」
「俺はまだ眠いけどな」
「なら、朝ごはんを食べれば目が覚めるわ。昨日の食堂、覚えているでしょう?」
「ああ。タルトがうまかった店だな」
「……タルト」
リゼリアの表情が、ぱっと明るくなった。
「そうね。今日も寄っていきましょう!」
「朝からケーキか?」
「朝だからよ!」
何が朝だからなのかは分からない。
けれど、本人が幸せそうなので、あえて突っ込むのはやめておいた。
◇
朝食を済ませた俺たちは、冒険者ギルドへ向かった。
昨日、ギルドマスターのガルドから仮登録を認められた俺は、今日から簡単な依頼を受けられることになっている。
ただ、その前に一つ、リゼリアと話しておきたいことがあった。
「なあ、リゼリア」
「何?」
「昨日からずっと一緒に行動しているけど、これからも組んでいくんだよな?」
「もちろんよ。……それが嫌なの?」
「いや、逆だよ。俺はこの世界のことを何も知らないし、君が一緒だと心強い」
リゼリアは一瞬、驚いたように目を見開いた。
「……そう。なら、これからも一緒にいましょう」
「ああ。ただ、仲間として一緒に行動するなら、互いに信頼できる関係でいたい。俺は君を信頼したいし、君にも俺を信頼してほしい」
リゼリアはしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて真剣な表情で頷いた。
「分かったわ。私も、あなたを信じたい」
彼女が差し出した手を、俺は握り返した。
その瞬間、胸の奥にかすかな温かさが広がった。
何かが結ばれたような、不思議な感覚。
視界の端に淡い光が浮かんだ気がしたが、瞬きをすると消えていた。
「……今のは?」
「どうしたの、恒一?」
「いや。何でもない」
まだ正体は分からない。
けれど、俺たちは今、互いに一緒に歩んでいくことを選んだのだ。
「それじゃ、改めてよろしくな、リゼリア」
「ええ。こちらこそ、恒一」
彼女は嬉しそうに笑った。
そして、なぜかそのまま俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「……リゼリア?」
「何?」
「近くないか?」
「人が多いから、はぐれないようにしているだけよ」
「まだギルドに着いてないんだけど」
「細かいことは気にしないの!」
……先が思いやられる。
◇
ギルドの掲示板には、さまざまな依頼書が並んでいた。
討伐、護衛、素材の納品、薬草の採集。
その中から、リゼリアは一枚の依頼書を剥がした。
「まずはこれね。薬草の採集。危険度も低いし、初めての仕事にはちょうどいいわ」
「薬草か。ゲームならよく拾っていたけど、実際にやるのは初めてだな」
「ゲーム?」
「いや、こっちの話」
危ない危ない。
つい前の世界の感覚で話してしまう。
受付で依頼を受けると、職員が薬草の特徴を説明してくれた。
「葉の裏側に青い筋があるのが目印です。似た植物もありますので、間違えないようにしてくださいね。採集した薬草は、できるだけ傷つけずに持ち帰ってください」
「分かりました」
依頼書を受け取り、俺たちは街の外へ向かった。
「緊張している?」
門を出たところで、リゼリアが尋ねてきた。
「少しな。初めての仕事だし」
「大丈夫。私がついているわ」
彼女は胸を張った。
「それに、あなたには私がいるんだから。何も心配することはないわよ」
「頼もしいな」
「でしょう?」
嬉しそうに笑う彼女を見ていると、こちらまで気分が軽くなった。
……本当に、分かりやすい人だ。
◇
街から少し離れた森は、昨日歩いた場所よりも明るく、比較的安全そうだった。
木々の間には小さな花が咲き、鳥のさえずりが聞こえてくる。
俺たちは地面や木の根元を確認しながら、薬草を探し始めた。
「あ、これじゃないか?」
青い筋の入った葉を見つけ、俺はしゃがみ込んだ。
リゼリアが隣から覗き込む。
「そうね。間違いないわ」
「よし、採集開始だな」
俺は薬草を丁寧に摘み取った。
ところが、数株集めただけで手がいっぱいになってしまった。
「……これ、意外とかさばるな」
「だから採集用の籠を持ってくるのよ」
「なるほど。勉強になった」
「ふふっ。素直でよろしい」
リゼリアは得意げに笑った。
俺は手の中の薬草を見つめた。
待てよ。
俺のスキルは《二重衝撃》と《空間固定》。そして、職業は時空士だ。
空間に干渉できるのなら、物をどこかへしまうことだってできるのではないだろうか。
そう考えた瞬間、頭の中に不思議な感覚が広がった。
目には見えないのに、目の前の空間に小さな入口があると分かる。
俺は試しに、摘み取った薬草を一株だけ意識した。
すると――。
すっ。
薬草が、俺の手から消えた。
「……え?」
慌てて手の中を確認する。
確かに、薬草はなくなっていた。
「恒一? 今、何をしたの?」
「分からない。でも……」
俺は意識を集中させた。
すると、消えた薬草がどこにあるのか、不思議とはっきり分かった。
目の前の世界とは違う場所。
俺の手から離れているのに、確かに存在している。
試しに、取り出すことをイメージする。
ぽんっ。
薬草が手の中に戻ってきた。
「……できた」
思わず声が漏れた。
リゼリアは目を丸くしている。
「今の……空間に物をしまったの?」
「ああ。たぶん、《空間操作》の応用だと思う」
「そんな使い方までできるなんて……」
彼女は、俺の手と薬草を交互に見つめた。
「普通、空間に干渉するだけでも高度な技術が必要なのよ。それを、初めて試したような顔で成功させるなんて……」
「俺も驚いているよ」
俺はもう一度、薬草を収納した。
今度は迷わず成功した。
「これは便利だな。袋も籠もいらない」
「便利どころじゃないわよ。冒険者にとって、荷物を安全に運べる能力はとても価値があるの。薬草だけじゃなく、魔物の素材や壊れやすい道具だって運べるかもしれないわ」
「なら、いろいろ試してみる価値はありそうだな」
「ただし、誰にでも話してはいけないわ」
リゼリアの声が少し低くなった。
「珍しい能力は、それだけで狙われる理由になることもある。あなた自身が使い方を理解するまでは、秘密にしておきましょう」
「分かった。今のところ、知っているのは俺と君だけだ」
「……私だけ」
リゼリアは小さく呟いた。
そして、なぜか頬を赤くした。
「そ、そうね! なら、私がきちんと管理してあげるわ!」
「管理?」
「あなた、何をするか分からないもの!」
「ひどい言い草だな……」
そう言いながら、俺たちは笑った。
薬草を次々と収納していくと、手はあっという間に空いた。
これなら依頼の規定量を集めるのも楽になりそうだ。
◇
採集を続けていると、森の奥から物音が聞こえた。
ガサッ。
「……何かいるな」
俺が振り向くと、リゼリアはすぐに俺の前へ出た。
「下がっていて」
木々の間から現れたのは、犬に似た魔物だった。
大型犬よりも大きな身体に、鋭い牙。こちらを睨む目には、獲物を狙う獣の光が宿っている。
「グルルル……!」
「フォレストウルフね。群れからはぐれた個体かしら」
「危険なのか?」
「一体なら、私には問題ないわ。でも、あなたは無理をしないで」
言い終わるより早く、フォレストウルフが地面を蹴った。
速い。
俺が反応するより先に、リゼリアが動いた。
彼女は軽やかに身をかわし、魔物の横へ回り込む。そして、鋭い一撃を叩き込んだ。
魔物は地面に転がり、そのまま動かなくなった。
「……すごいな」
「これくらい、吸血姫なら当然よ」
そう言いながらも、リゼリアはどこか誇らしげだった。
「恒一、怪我はない?」
「ああ。大丈夫だ」
「なら、よかった」
彼女はほっと息をついた。
倒れた魔物を調べると、牙や毛皮のほかに、小さな魔石が見つかった。
「魔石は魔物の体内にある、魔力が凝縮した石よ。冒険者にとっては大事な収入源の一つね」
「なるほど。これも持ち帰れば買い取ってもらえるのか」
「ええ」
俺は魔物の身体を収納しようとした。
だが、何も起こらない。
「……駄目か」
「生き物や大きな物は、普通の収納より難しいのかもしれないわね」
「なら、素材を取り出してから試そう」
リゼリアが手際よく牙や魔石を回収してくれた。
俺はそれらを一つずつ意識する。
すると、今度はすんなりと収納できた。
「おお、入った!」
「ふふっ。成功ね」
薬草に続き、魔物の素材も収納できた。
今のところ、収納できる物の大きさや数には限界があるのかもしれない。それでも、荷物を持たずに素材を運べるのは大きな利点だ。
「これなら、かなり楽になるな」
「ええ。でも、便利だからといって油断は禁物よ。戦闘中に集中が乱れたら、能力がうまく使えない可能性もあるわ」
「分かっている。無理はしないよ」
スキルを使ったときの、頭の奥に響く痛み。
あれは気のせいではない。
収納は今のところ負担が小さいが、《二重衝撃》を使ったときのような精神的な疲労が、いつ強く現れるかは分からない。
能力の便利さだけに目を向けず、使い方を覚えていく必要がありそうだ。
◇
必要な薬草を集め終え、俺たちは街へ戻った。
冒険者ギルドで薬草を提出し、魔物の素材も買い取ってもらう。
「薬草の状態がとても良いですね。こちらが依頼の報酬です。それから、フォレストウルフの素材と魔石の買い取り分はこちらになります」
受付嬢から受け取った硬貨を、俺は手のひらに載せた。
「これが、この世界で初めて稼いだお金か……」
大した金額ではない。
それでも、自分の力で得た報酬だと思うと、少し嬉しかった。
「頑張ったわね、恒一」
リゼリアが隣から微笑みかけてくる。
「リゼリアが魔物を倒してくれたおかげでもあるよ」
「……ふふっ」
彼女は照れくさそうに笑った。
「そういうことを素直に言えるところ、嫌いじゃないわ」
「ありがとう」
「……でも、もう少し褒めてもいいのよ?」
「え?」
「私、今日も頑張ったでしょう?」
期待するような目で見つめられ、俺は思わず笑ってしまった。
「そうだな。リゼリアがいてくれて、本当に助かった。頼りになるし、一緒にいると楽しいよ」
「――っ!」
リゼリアの顔が一気に赤くなった。
「そ、そう……。なら、いいわ」
「顔、赤いぞ?」
「赤くない!」
「いや、赤いって」
「恒一!」
怒ったような声を出しながらも、彼女は俺の腕をしっかりと掴んだ。
「……今日は、私が夕食のお店を選ぶから」
「それは構わないけど」
「それと、食後のデザートもあなたのおごりね」
「報酬が全部なくならないか?」
「大丈夫よ。あなたがもっと稼げばいいんだから!」
「ずいぶん厳しい契約者だな……」
「ふふっ。今さら気づいたの?」
楽しそうな笑い声が、ギルドの中に響いた。
◇
その夜。
宿の部屋で、俺は今日の出来事を振り返っていた。
初めての依頼。
初めての魔物との遭遇。
そして、新たに使えるようになった空間収納。
俺は手のひらを見つめた。
「《空間操作》……か」
意識を集中すると、収納したアイテムの存在を感じ取れる。
今はまだ、薬草や魔物の素材を保管できる程度だ。
だが、この能力には、まだ先があるような気がした。
もっと広い空間。
もっと便利な使い方。
そして、もしかすると――。
頭の中に、ぼんやりとしたイメージが浮かんだ。
広い部屋。
柔らかなベッド。
ゆったりと座れるソファ。
温かい照明に、清潔な浴室。
まるで、前の世界で暮らしていたころのような、落ち着ける場所。
「……そんな空間まで作れたら、最高だな」
その瞬間、視界の端に淡い光が走った。
《職業:時空士》
《スキル:《二重衝撃》《空間固定》》
《空間操作:収納機能を確認》
《固有異空間:未解放》
「……固有異空間?」
初めて見る表示だった。
さらに、その下に文字が浮かんだ。
《契約者との信頼関係および能力の成長に応じ、新たな機能が解放される可能性があります》
「契約者との信頼関係……」
俺は、隣の部屋にいるリゼリアを思い浮かべた。
今日一日、一緒に冒険をした。
助けてもらい、笑い合い、互いのことを少しだけ知ることができた。
彼女との契約が、この能力にも影響しているのだろうか。
まだ分からない。
ただ、焦る必要はない。
一つずつ、この世界を知っていけばいい。
そのとき、扉が控えめにノックされた。
「恒一? まだ起きている?」
リゼリアの声だ。
「起きているよ。どうした?」
扉を開けると、彼女は小さな皿を持って立っていた。
皿の上には、果物を使った焼き菓子が載っている。
「今日、頑張ったご褒美よ。食べる?」
「……それ、どこで買ったんだ?」
「夕食のお店で。あなたの分も頼んでおいたの」
「ありがとう。嬉しいよ」
俺が受け取ると、リゼリアは少しだけ視線を落とした。
「……ねえ。明日も、一緒に依頼を受けましょう?」
「ああ。もちろん」
「それなら、よかった」
彼女は安心したように微笑んだ。
そして、帰ろうとしたところで、ふと思い出したように振り返る。
「……あ、それと」
「ん?」
「明日の朝も、私が起こしに来るからね!」
「……もう少し寝かせてくれ」
「駄目よ。冒険者の朝は早いんだから!」
今日と同じ台詞だった。
俺は苦笑しながら、彼女を見送った。
扉が閉まったあと、手の中の焼き菓子を一口食べる。
甘くて、優しい味がした。
この世界には、まだ知らないことがたくさんある。
そして、俺の能力も、これから少しずつ成長していくのだろう。
いつか、あのイメージの中にあった部屋を、本当に作れる日が来るかもしれない。
そのときは、リゼリアを招待して、ゆっくりくつろいでもらおう。
できれば、ほかの仲間たちも一緒に。
そんな未来を想像しながら、俺は静かに笑った。




