第1話 森の中で出会った銀髪の少女
生き延びなければならない。
そう決意したものの、具体的に何をすればいいのか、俺にはまったくわからなかった。
見知らぬ森。見知らぬ空。おまけに、ゲームや小説でしか見たことのない怪物までいる。
四十七年生きてきた経験が、こんな場所で役に立つとは思えなかった。
とにかく、人のいる場所を探そう。
俺は倒れたゴブリンを警戒しながら、森の奥へと歩き始めた。
どれくらい進んだだろうか。
不意に、風に乗って金属音が聞こえてきた。
続いて、何かが地面を蹴る音。
戦っている。
そう直感した俺は、木々の陰からそっと様子をうかがった。
そこには、一人の少女がいた。
銀色の髪が月明かりを受けて輝いている。整った顔立ちに、赤い瞳。身にまとった黒と深紅の衣装は、どこか古風でありながら気品を感じさせた。
少女の手には剣が握られている。
その周囲を、三体のゴブリンが取り囲んでいた。
少女は一体の攻撃をかわし、流れるような動作で剣を振るう。ゴブリンが倒れた直後、別の一体が背後から棍棒を振り下ろした。
間に合わない。
そう思った瞬間、俺は考えるより先に走り出していた。
「危ない!」
少女が振り返る。
俺はゴブリンの横腹に拳を叩き込んだ。
衝撃。
そして、遅れてもう一度。
二重の衝撃を受けたゴブリンが吹き飛び、地面を転がった。
「なっ……?」
まただ。
自分の拳から生まれたとは思えない力。直後に押し寄せる頭の奥の痛み。
立ち止まりそうになるのをこらえ、俺は少女の前に出た。
「大丈夫か?」
「……あなた、何者?」
赤い瞳が、鋭く俺を見つめていた。
助けた相手に向ける目としては、ずいぶん警戒心が強い。
だが、今はそれどころではなかった。
残った二体のゴブリンが、こちらへ向かってくる。
「話はあとだ! まずはこいつらを――」
言い終える前に、一体が飛びかかってきた。
俺は横へ身をかわし、伸びてきた腕を避ける。反撃に拳を振るうが、今度は衝撃が一度しか発生しなかった。
威力も足りない。
ゴブリンの身体がよろめいただけで、倒すには至らなかった。
くそっ。さっきの力は、自由に使えるわけじゃないのか。
ゴブリンが棍棒を振り上げる。
避けきれない。
そう覚悟した瞬間、少女の剣が閃いた。
一筋の銀光。
ゴブリンの武器が弾かれ、そのまま少女の斬撃が敵を地面へ沈めた。
残る一体も、彼女の動きを見て逃げようとする。
しかし、少女は逃がさなかった。
瞬く間に間合いを詰め、剣の柄で相手の動きを崩す。続く一撃で、ゴブリンを仕留めた。
森に静けさが戻った。
「……助かった」
俺が息を吐くと、少女は剣を下ろした。
「それはこちらの台詞よ。あなたが割り込まなければ、背後からの攻撃を受けていたかもしれない」
そう言いながらも、彼女の視線は俺の拳から離れない。
「その力……スキルなの?」
「スキル?」
聞き返すと、少女はわずかに眉を寄せた。
「まさか、自分の能力も知らずに使っているの?」
「いや、そもそも俺は……」
説明しようとして、言葉に詰まった。
異世界から来た。
そんな話を信じてもらえるとは思えない。
少女は俺の様子をしばらく見つめたあと、小さく息をついた。
「事情はありそうね。でも、ここで立ち話を続けるのは危険だわ。血の匂いに引き寄せられて、別の魔物が来る可能性がある」
「それなら、街まで案内してもらえないか? 実は道がわからなくて……」
「街?」
少女の表情が一瞬だけ変わった。
何かを考えるように視線を落とし、それから俺を見直す。
「この森を抜けた先に、エルセリアという街があるわ。そこなら冒険者ギルドもある。あなたが何者なのか調べる手掛かりも見つかるかもしれない」
「本当か!」
思わず声が大きくなった。
ようやく、人のいる場所へ行ける。
それだけで、張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んだ。
「ただし、森を抜けるまでは油断しないこと。あなたの力も、まだ安定していないようだから」
「ああ、わかってる」
返事をしてから、俺はふと気づいた。
「そういえば、名前を聞いていなかったな。俺は黒瀬恒一だ」
少女は少しだけ目を細めた。
「リゼリアよ」
それが、俺と彼女の出会いだった。
このときの俺は、まだ知らなかった。
目の前にいる銀髪の少女が、かつて一つの国を治めていた存在であることも。
そして、この出会いが俺の人生を大きく変える、最初の契約へとつながっていくことも。
ただ今は、森を抜けて街へたどり着くこと。
それだけが、俺たちの共通の目的だった。




