第17話 新しい仲間、コハクの決意
北の採石場での依頼を終えてから、三日が過ぎた。俺たちは冒険者ギルドで薬草採取や小型魔物の討伐をこなしながら、次の昇格審査に向けて実績を積んでいた。そんなある日の朝。ギルドの掲示板の前で、俺たちは見慣れた獣人の少女と顔を合わせた。
「おはよう、恒一! みんな!」
コハクはいつものように元気よく手を振った。ただし、今日はいつもと少し違う。肩には使い込まれた小さな荷物袋。腰には短剣。背中には予備の道具をまとめた袋を背負っている。まるで、これから遠出でもするような格好だった。
「今日はずいぶん準備がいいな」
「うん。ちょっと、みんなに話があってさ」
そう言ったコハクの耳が、ぴんと立った。いつもは勢いで話し始める彼女が、珍しく言葉を選んでいる。リゼリアが興味深そうに首を傾げた。
「話って、何かしら?」
「えっと……その……」
コハクは俺を見て、それからリゼリアとエレナを見た。尻尾が左右に揺れ、やがてぴたりと止まる。
「私、これからもみんなと一緒に依頼を受けたいんだ」
「それは、今までもそうしてきたじゃないか」
「うん。でも、そうじゃなくて!」
コハクは少しだけ頬を赤くした。
「その日だけ一緒に行動するんじゃなくて、正式にパーティーの仲間にしてほしいの。依頼のときだけじゃなくて、これから先も……みんなと一緒に冒険したい」
最後の言葉は、さっきまでの勢いに比べると小さかった。けれど、俺には十分に伝わった。コハクは、これまでずっと一人で仕事をしてきたと言っていた。誰かに頼ることにも、仲間になることにも、きっと彼女なりの迷いがあったのだろう。
「俺は歓迎するよ」
俺が答えると、コハクの耳が勢いよく立ち上がった。
「ほんと!?」
「ああ。ただし、仲間になったからって、無理をしてまで役に立とうとする必要はないからな」
「……うん」
「危ないときは助けを求める。仲間の意見を聞く。自分だけで抱え込まない。そういう約束ができるなら、俺は一緒に冒険したい」
コハクは一瞬、きょとんとした顔をした。そして、ゆっくりと笑った。
「できるよ。……ううん、できるようになる。私、ちゃんとみんなを頼るから」
リゼリアが満足そうに微笑んだ。
「いい返事ね。私も賛成よ。コハクが加われば、探索もずっと楽になるわ」
「リゼリア……ありがと!」
「ただし、恒一のお菓子を勝手に食べるのはほどほどにね」
「えっ!? そこ!?」
思わず俺は吹き出した。エレナも口元に手を添え、くすりと笑う。
「私も賛成です。コハクの索敵能力は、これまでの依頼でも何度も助けになりました。それに……一緒にいると、楽しいですから」
「エレナまで……!」
コハクは耳を伏せ、尻尾をぱたぱたと振った。照れているらしい。その様子を見て、俺の胸にも温かいものが広がった。こうして俺たちのパーティーに、新しい仲間が加わることになった。
ただし、契約はまだ結ばない。契約は単に能力を得るためのものじゃない。相手の意思を尊重し、互いを理解したうえで選ぶべきものだ。コハク自身が本当に望むときが来たら、そのときに改めて話せばいい。
「じゃあ、さっそく新メンバーの初仕事だな」
「おっ、何かいい依頼ある?」
コハクは掲示板へ駆け寄った。リゼリアが小声で俺に尋ねる。
「恒一、あの子のこと、ちゃんと考えてあげてね」
「ああ。もちろん」
「ふふっ。ならいいわ」
リゼリアは俺の腕に軽く自分の腕を絡めた。
「でも、私が最初の契約者だってことは、忘れないでね?」
「忘れるわけないだろ」
「なら、よろしい」
彼女は満足そうに笑う。そのやり取りを見たエレナが、少しだけ視線をそらした。仲間が増えるのは嬉しい。けれど、自分が恒一にとってどんな存在でありたいのか。エレナの胸にも、まだ名前のつかない思いが少しずつ芽生え始めていた。
◇
その日の依頼は、エルセリアの東にある森での薬草採取と、小型魔物の討伐だった。難易度は低いが、森の奥には道に迷いやすい場所がある。コハクの索敵能力を生かすには、ちょうどいい依頼だ。
「この先、右に曲がる道があるけど、そっちは行かないほうがいいよ」
森に入ってしばらくしたところで、コハクが立ち止まった。
「どうして?」
エレナが尋ねると、コハクは地面を指さした。
「足跡が変なんだ。小型の魔物が何度も往復してる。たぶん、何かに追われてるか、餌場を避けてるんだと思う」
俺は地面を覗き込んだ。土に残された小さな足跡は、確かに不自然なほど重なっている。
「この先に危険があるかもしれないってことか」
「うん。こっちから回ろう。少し遠回りだけど、安全だと思う」
コハクの案内で道を変える。すると、少し先の茂みから、灰色の小型魔物が三匹飛び出してきた。
「来たわね!」
リゼリアが前へ出ようとしたが、コハクが手を上げて制した。
「待って! 正面の二匹はこっちを見てるけど、左の一匹は逃げ道を探してる!」
その言葉どおり、一匹が木々の間を抜けようとする。
「エレナ、左を頼む!」
「はい!」
エレナの矢が飛び、逃げようとした魔物の進路を遮った。その隙に、コハクが低い姿勢で回り込み、短剣の柄で魔物の脚を打つ。魔物が体勢を崩したところへ、リゼリアが素早く踏み込んだ。
「はい、そこまで!」
鋭い一撃で、魔物は戦意を失って倒れ込んだ。残る二匹も、俺が《空間固定》で動きを一瞬だけ鈍らせ、リゼリアとエレナが連携して仕留めた。
戦闘は短時間で終わった。
「やったね!」
コハクが俺のところへ駆け寄ってくる。
「今の、うまくいったでしょ?」
「ああ。特に逃げ道を見抜いたところは助かった。あれがなかったら、森の奥まで追いかけることになっていたかもしれない」
「えへへ……」
コハクの尻尾が、嬉しそうに揺れた。リゼリアが腕を組んで頷く。
「コハクの目と耳は頼りになるわね。私たちだけでは気づけなかったことも多いわ」
「そ、そんなに褒められると、くすぐったいって!」
「本当のことを言っただけよ」
エレナも穏やかに微笑んだ。
「戦闘中の判断もよかったです。私たちが何をできるのか、少しずつ理解してくれているんですね」
「うん。みんなの動き、見てると分かってくるんだ。恒一が敵の動きを止めて、リゼリアが攻めて、エレナが遠くから援護する。そこに私が敵の動きを読んで道を作れば、もっと戦いやすくなると思う」
コハクは言い終えると、少し不安そうに俺を見た。
「……私、ちゃんと仲間になれてるかな?」
俺は迷わず答えた。
「もうなってるよ」
「……っ!」
コハクの耳が、ぴんと立った。
「そっか。……そっかぁ!」
彼女は顔をほころばせ、尻尾を大きく振った。その姿を見ていると、俺まで嬉しくなってしまう。
仲間というのは、ただ同じ場所で戦うだけの存在じゃない。お互いの得意なことを知り、苦手なことを補い合い、失敗したときには支え合う。俺たちは、まだその途中だ。だからこそ、これからが楽しみだった。
◇
依頼を終えた俺たちは、夕方にはギルドへ戻った。薬草の納品と魔物の討伐報告を済ませると、受付の職員が笑顔で報酬を渡してくれた。
「お疲れさまでした。今回も安定した成果ですね。コハクさんがパーティーに加わることも、登録しておきます」
「よろしくお願いします!」
コハクは少し緊張しながら頭を下げた。
ギルドを出たところで、彼女はふと足を止めた。
「ねえ、恒一」
「ん?」
「私、今日から本当にみんなの仲間なんだよね?」
「そうだよ」
「……そっか」
コハクは自分の荷物袋をぎゅっと握った。
「じゃあ、これからは帰る場所ができたってことかな」
その言葉に、俺はすぐには答えられなかった。ただのパーティー加入。そう言ってしまえば、それだけのことかもしれない。けれど、彼女にとっては違うのだろう。
誰かと明日の予定を話せること。依頼から戻ったときに、無事だったかと尋ねてくれる人がいること。失敗しても、一人で責任を抱え込まなくていいこと。そんな当たり前のことが、彼女には新鮮なのかもしれない。
「そうだな。帰ってくる場所にしていこう」
俺が答えると、コハクは笑った。
「うん!」
そのあと、俺たちはギルド近くの食堂へ向かった。コハクはメニューを眺めながら、目を輝かせている。
「えっ、今日は私も好きなもの頼んでいいの?」
「もちろん。加入祝いだからな」
「じゃあ、お肉! あと甘いものも!」
「食べすぎないようにね」
リゼリアがたしなめる。
「リゼリアだって、この前デザートを二つ食べてたじゃん!」
「あれは味見よ」
「二つも?」
「味見は大切でしょう?」
「絶対違うよ!」
エレナが小さく笑い、俺もつられて笑った。
にぎやかな食卓。誰かの声が途切れれば、別の誰かが自然に話をつなぐ。そんな時間が、少しずつ俺たちの日常になり始めていた。
◇
食事のあと、宿へ戻る道で、リゼリアが俺の隣に並んだ。エレナとコハクは、少し前を歩いている。
「恒一」
「どうした?」
「コハクが仲間になって、嬉しい?」
「ああ。これからもっと頼りになると思う」
「そうね。私も嬉しいわ」
リゼリアはそこで一度言葉を切った。
「でもね、少しだけ寂しい気もするの」
「寂しい?」
「だって、これからはみんなで過ごす時間が増えるでしょう? それは素敵なことだけど……恒一と二人きりで話せる時間も、ちゃんと欲しいんだから」
彼女は少しだけ頬を赤くして、俺の袖をつまんだ。
「私が最初の契約者だから、特別扱いしてほしいってわけじゃないのよ。ただ……恒一にとって、私が特別な存在であってほしいの」
いつもの自信に満ちた声とは違う。飾らない、まっすぐな願いだった。
俺は足を止め、リゼリアの手を取った。
「リゼリアは、俺にとって特別だよ。最初に出会って、契約して、一緒にここまで来た。あのときからずっと、俺の大切なパートナーだ」
「……本当に?」
「ああ」
リゼリアは俺の手を握り返した。
「なら、今夜は少しだけ一緒にいて。話したいことがあるの」
「もちろん」
彼女の表情が、ぱっと明るくなる。
「約束よ?」
「約束だ」
前を歩いていたコハクが振り返った。
「二人とも、何してるの? 置いていっちゃうよー!」
「今行くわ!」
リゼリアは俺の手を離したが、別れ際に指先をきゅっと絡めてきた。その小さな仕草が、彼女の気持ちを何よりも雄弁に伝えていた。
◇
その夜。宿の部屋で一人になった俺は、採石場で手に入れた魔石を取り出した。あのときから、ときどき不思議な反応を見せている。魔石を手のひらに載せ、空間操作でその状態を確かめようとした。
すると、表面に細い光が走った。胸の奥に、あの不思議な感覚が広がる。視界の端に、淡い文字が浮かび上がった。
《空間操作:微弱な反応を確認》
《空間固定:制御情報を更新》
《固有異空間:未解放》
《解放条件:未達成》
「……またか」
俺は息をのんだ。以前よりも、表示がはっきりしている。しかし、固有異空間を解放するために何が必要なのかまでは分からない。
「固有異空間……。いったい、どんな能力なんだ?」
返事はなかった。魔石の光はゆっくりと消え、再び静かな灰色へ戻った。
俺はそれを収納へしまった。まだ使えない力を、無理に引き出す必要はない。今は目の前の冒険を一つずつ乗り越えていこう。
そう考えて魔石をしまおうとした、そのときだった。魔石の表面に、一瞬だけ小さな光が走った。そして、見たことのない紋様が浮かび上がる。
星を囲む、六つの輪。
それはすぐに消え、魔石は元の静かな輝きに戻った。
「……今のは何だったんだ?」
答えはない。けれど、確かなことが一つだけある。俺たちの冒険は、少しずつ新しい段階へ進み始めている。
その変化がどんな未来につながるのか。今はまだ、誰にも分からなかった。




