第16話 新人パーティーの実力試験――初めての昇格候補
翌朝。エルセリア冒険者ギルドに入った恒一たちは、いつもと少し違う空気を感じていた。掲示板の前に、数人の冒険者が集まっている。
「何かあったのかな?」
コハクが耳をぴくりと動かした。
「依頼の取り合いかもしれないな。とりあえず、確認してみよう」
恒一が近づくと、掲示板の中央に、一枚の依頼書が貼られていた。
『北部採石場付近に出没する岩甲獣の討伐。採掘作業の再開に向け、周辺の安全を確保せよ』
報酬は銀貨五十枚。通常の採取依頼より、かなり高額だった。
「岩甲獣……」
エレナが依頼書を読み込む。
「硬い外殻を持つ魔物ですね。正面から攻撃しても、簡単には倒せないはずです」
「でも、報酬は魅力的だね!」
コハクの尻尾が揺れる。
「ちょっと待て。依頼の危険度を確認してからだ」
恒一は依頼書の下に記載された注意事項を読んだ。岩甲獣は体長二メートルほど。普段は採石場の岩場に潜み、縄張りへ近づくものに突進してくるという。確認されている数は二頭。討伐に成功すれば、素材の買い取りも期待できる。
「今の俺たちには、少し難しい相手かもしれないな」
恒一が慎重に言うと、リゼリアが腕を組んだ。
「そうね。硬い外殻を持つ相手に、いつもの攻撃が通用するとは限らないわ」
「それでも、挑戦する価値はありそうです」
エレナが続けた。
「私たちは、これまでの依頼で連携を身につけてきました。相手の弱点を見極めれば、勝機はあると思います」
「わたしも賛成!」
コハクが元気よく手を挙げる。
「足跡や移動経路なら調べられるよ。いきなり戦わずに、まずは観察しよう!」
恒一は三人を見た。誰も、無謀に突っ込もうとはしていない。できることと、できないことを考えたうえで挑戦しようとしている。
「……よし。受けよう。ただし、危険だと判断したら撤退する。これは絶対だ」
「分かったわ」
リゼリアがうなずく。
「恒一がそう決めたなら、私も従うわ」
「うん! 約束!」
コハクも元気に答えた。
恒一たちは依頼書を持って、受付へ向かった。
◇
「岩甲獣の討伐ですか」
受付の職員は依頼書を確認すると、少し考え込んだ。
「皆さんのこれまでの実績は確認しています。ただ、この依頼は新人パーティーには少し難しい部類です」
「危険なのは承知しています。まずは周辺を調査し、状況を確認したうえで判断するつもりです」
恒一が答えると、職員はうなずいた。
「分かりました。では、討伐だけでなく、調査報告も評価対象にします。無理に二頭とも倒そうとする必要はありません」
「ありがとうございます」
そのやり取りを聞いていたガルドが、奥から姿を現した。
「恒一。少しいいか」
「はい」
ガルドは恒一たちを別のテーブルへ案内した。
「最近、お前たちの報告が増えている。討伐だけでなく、採取や周辺調査も丁寧にこなしているそうだな」
「まだ、できることを増やしている途中です」
「それでいい」
ガルドは満足そうにうなずいた。
「冒険者に必要なのは、強さだけじゃない。状況判断、仲間との連携、そして生きて戻ることだ」
彼は依頼書を指で叩いた。
「今回の依頼で、それを見せてみろ。結果次第では、次の昇格審査の候補として記録に残しておく」
恒一の胸が高鳴った。
「昇格審査の候補……ですか?」
「ああ。もちろん、今回一度の成功だけで昇格できるわけじゃない。だが、候補として認められることは、次の段階への一歩になる」
恒一は拳を握った。
「分かりました。必ず、全員で戻ってきます」
「その言葉を忘れるな」
ガルドの目は厳しかったが、そこには期待も感じられた。
◇
北部採石場へ向かう道中。コハクは何度も立ち止まり、地面や木々を調べていた。
「足跡があるよ。こっちが大きいほうで、こっちは少し小さい」
「二頭のものか?」
「たぶんね。大きいほうは、かなり重そう。小さいほうは、少しだけ動きが速いかもしれない」
エレナが周囲を見回した。
「採石場はこの先ですね。見通しがいい場所と、岩陰が多い場所が混在しています」
「相手が硬いなら、正面から力比べをするのは避けたいな」
恒一は考え込んだ。空間固定は、対象の周囲の空間を一瞬だけ固定し、動きを制限することができる。しかし、岩甲獣のような重量級の魔物を長時間止めることはできないだろう。無理に制御を続ければ、強い精神的な負荷がかかり、集中力を失う危険もある。
「恒一、ひとつ提案があるわ」
リゼリアが言った。
「岩甲獣の外殻を無理に壊す必要はないんじゃない?」
「どういうことだ?」
「動きを止めて、関節や外殻の隙間を狙うのよ。硬い部分を避ければ、私たちの攻撃でも通る可能性があるわ」
「なるほど……!」
恒一はうなずいた。強い敵を倒すには、こちらも強い攻撃をするしかない。そう考えがちだったが、弱点を見つければ話は違う。
「まずは相手を観察する。攻撃するのは、そのあとだ」
「うん。わたしが先に様子を見てくる!」
コハクは足音を消し、岩場の向こうへと進んでいった。
◇
採石場の外れ。岩陰から覗いた先に、巨大な魔物がいた。灰色の外殻は岩そのもののようで、背中には鋭い突起が並んでいる。地面を歩くたび、ずしん、ずしんと重い音が響いた。
「……いたよ」
戻ってきたコハクが、小声で報告した。
「大きいのが一頭。もう一頭は少し離れた場所で、岩をかじってるみたい」
「縄張りが分かれているのかもしれませんね」
エレナが弓を構えた。
「それなら、まず一頭ずつ相手にしましょう」
「そうだな。大きいほうから、できるだけ安全な場所へ誘導しよう」
恒一は地形を確認した。採石場の端には、低い岩壁がある。その手前なら、岩甲獣の動きをある程度限定できるかもしれない。
「コハク、誘導できるか?」
「任せて。攻撃を当てる必要はないよ。気づかせて、こっちへ向かわせればいいんだよね?」
「ああ。危なくなったらすぐ離れろ」
「分かってる!」
コハクは身を低くして走り出した。石をひとつ拾い、岩甲獣の近くへ投げる。カン、と乾いた音が響いた。岩甲獣が頭を持ち上げた。コハクはもう一度石を投げ、すぐに岩陰へ隠れる。岩甲獣は低い唸り声を上げ、彼女のいた場所へ突進した。
「来た!」
コハクは素早く横へ飛び退き、あらかじめ決めていた経路を走る。岩甲獣はその後を追い、岩壁の手前まで誘導された。
「今だ、恒一!」
「《空間固定》!」
恒一は岩甲獣の進行方向に意識を集中させた。空間がわずかに揺らぎ、岩甲獣の前脚が一瞬だけ止まる。だが、その重量は想像以上だった。
「くっ……!」
空間固定を維持しようとするほど、頭の奥に重い圧迫感が広がる。視界がわずかに揺れ、集中が途切れそうになった。
「長くは止められない!」
「十分よ!」
リゼリアが駆け出した。彼女は岩甲獣の正面を避け、側面へ回り込む。赤い魔力をまとった手が、前脚の付け根にある外殻の隙間を打った。鈍い音が響き、岩甲獣が大きく身をよじった。
「効いてるわ!」
エレナの矢が続けて放たれ、外殻の隙間へと突き刺さる。しかし、岩甲獣は倒れなかった。怒り狂った魔物が身体を振り回し、巨大な尾を叩きつける。
「危ない!」
恒一はリゼリアの位置を確認し、空間固定を解除した。これ以上無理に制御を続ければ、次の判断が遅れる。彼は声を上げて危険を知らせ、リゼリアは地面を蹴って飛び退いた。尾が地面を打ち、砂埃が舞い上がる。
「恒一、助かったわ!」
「まだ終わってない!」
岩甲獣は再び突進の構えを見せた。正面から受ければ、吹き飛ばされるのは間違いない。恒一は、岩壁と魔物の位置を見比べた。そして、ひとつの考えにたどり着いた。
「エレナ! 次の矢で、右側へ誘導できるか?」
「やってみます!」
エレナは風の魔力を矢にまとわせた。放たれた矢が岩甲獣の足元へ突き刺さる。風が巻き上がり、魔物の身体がわずかに傾いた。岩甲獣は反射的に向きを変え、岩壁の方向へ突進した。
「今だ! 《空間固定》!」
恒一は、岩甲獣そのものを止めようとするのではなく、進行方向の空間を短時間だけ固定するように意識した。魔物の動きが一瞬だけ乱れる。完全に止めることはできない。だが、突進の軌道がわずかにずれた。岩甲獣の肩が岩壁にぶつかる。轟音とともに、岩の破片が飛び散った。
「すごい……!」
コハクが声を上げた。岩甲獣は体勢を崩し、外殻の隙間をさらしている。
「リゼリア!」
「任せて!」
リゼリアが魔力を集中させ、弱点へ一撃を叩き込む。同時に、エレナの矢が同じ場所へ突き刺さった。岩甲獣の動きが止まった。やがて、その巨体がゆっくりと地面へ崩れ落ちた。
戦闘が終わった。恒一はその場に膝をつき、大きく息を吐いた。
「……はあ、はあ……。なんとか、倒せたな」
空間固定を続けて使ったせいで、精神的な疲労が大きい。頭の奥がじんじんと痛み、しばらくは細かな制御を行う余裕もなさそうだった。それでも、仲間たちは全員無事だった。
リゼリアが近づいてきて、恒一の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 無理をしてないでしょうね?」
「ちょっと疲れただけだよ」
「本当に?」
「本当だって」
リゼリアは疑わしそうに目を細めたあと、そっと恒一の腕を支えた。
「……ならいいけど。無理だと思ったら、ちゃんと言いなさいよ」
「分かってる。ありがとう、リゼリア」
「……どういたしまして」
彼女は少しだけ頬を赤くして、顔をそむけた。
◇
残る一頭の岩甲獣は、仲間の倒れた気配を察したのか、岩場の奥へ逃げていった。恒一たちは追撃しなかった。依頼の条件は、周辺の安全確保だ。一頭を討伐し、もう一頭が採石場から離れたことを確認できたなら、無理に追う必要はない。
「これで依頼の目的は果たせそうだな」
恒一が言うと、エレナがうなずいた。
「はい。周辺にほかの魔物の痕跡がないか、最後に確認しましょう」
コハクは採石場の周囲を調べ、危険な足跡が残っていないことを確認した。討伐した岩甲獣からは、硬い外殻の一部、鋭い爪、そして拳ほどの大きさの魔石が採れた。
「この外殻、装備の素材になりそうだな」
恒一が素材を眺めていると、リゼリアが答えた。
「そうね。防具を作る職人なら、欲しがるかもしれないわ」
「売却するか、加工を頼むか……。帰ってから相談してみよう」
素材を収納に収め、四人は採石場を後にした。
帰り道、コハクが恒一の横へ並んだ。
「ねえ、恒一」
「ん?」
「さっきの戦い、すごかったね!」
「いや、みんなが協力してくれたからだよ」
「それでも! 相手の動きを止めるだけじゃなくて、進む方向まで変えたでしょ?」
「まだ偶然に近いよ。狙いどおりにできたわけじゃない」
「でも、できたんだよね?」
コハクはにっこり笑った。
「だったら、すごいよ!」
恒一は照れくさそうに頭をかいた。
「……ありがとな」
その様子を、少し後ろからリゼリアが見ていた。彼女は何も言わなかったが、恒一が仲間から認められていることを嬉しく思っているようだった。
◇
ギルドへ戻ると、受付の職員が驚いた顔で出迎えた。
「岩甲獣を一頭討伐し、もう一頭を採石場から遠ざけたのですか?」
「はい。無理に追うより、採掘作業を再開できる状態にすることを優先しました」
恒一は戦闘の経緯と、残る一頭の位置について報告した。職員は記録を取り、素材を確認していく。
「報告内容も十分です。討伐報酬の銀貨五十枚に、素材の買い取り分を加算します」
今回の報酬は、これまでの依頼より大きかった。装備の補充だけでなく、少し先の冒険に備えて資金を残すこともできる。
報告を終えると、ガルドが恒一たちを呼び止めた。
「よくやったな」
その一言に、恒一は背筋を伸ばした。
「ありがとうございます」
「岩甲獣を倒したことだけじゃない。相手の弱点を探り、地形を利用し、撤退の判断も忘れなかった。報告も具体的だ」
ガルドは記録用紙に目を落とした。
「これで、お前たちを昇格審査の候補として記録しておく。すぐにランクが上がるわけではないが、次の段階へ進む準備は始めていい」
「本当ですか?」
「ああ。ただし、審査までにもう少し実績を積め。今回のような依頼を、毎回運任せで終わらせるわけにはいかん」
「分かりました」
恒一は力強くうなずいた。すぐに昇格できるわけではない。それでも、自分たちの努力が認められたのだ。
リゼリアが隣で微笑んだ。
「やったわね、恒一」
「ああ。みんなのおかげだよ」
「ふふっ。そういうところ、嫌いじゃないわ」
「……なんだよ、それ」
「褒めてるのよ。素直に受け取りなさい」
彼女は楽しそうに笑った。
コハクも両手を上げて喜んだ。
「これで、もっと難しい依頼にも挑戦できるね!」
「少しずつだぞ」
「分かってるって!」
コハクは元気よく答えた。その尻尾は、隠しようもないほど嬉しそうに揺れていた。
◇
その日の夜。宿の食堂では、ちょっとした祝いの食事が用意されていた。といっても、高級料理ではない。肉の煮込みに、焼きたてのパン。それに、人数分の果実酒と甘いデザートだ。
「昇格候補になった記念、だね!」
コハクが嬉しそうに言った。
「まだ候補になっただけだけどな」
「いいじゃない! 前に進んだんだから!」
「それもそうだな」
恒一は笑った。
食事が進むにつれ、コハクは今日の戦闘について何度も話した。エレナは、矢の狙いをもっと正確にするための練習方法を考えている。リゼリアは、恒一の疲れ具合を気にしながら、さりげなく彼の皿に肉を追加していた。
「リゼリア、もう十分だって」
「駄目よ。今日は《空間固定》を何度も使ったでしょう? ちゃんと食べなさい」
「母親みたいだな……」
「なっ……!」
リゼリアの顔が赤くなった。
「誰が母親よ! 私は恒一の一番近くにいたいんだから!」
言ってから、彼女はぴたりと固まった。食堂のテーブルが静まり返る。
「……あ」
エレナが口元を押さえた。コハクは目を丸くしている。恒一も、思わず箸を止めた。
「リ、リゼリア……?」
「ち、違うわよ! 今のは、その……!」
リゼリアは真っ赤な顔で視線を泳がせた。
「と、とにかく! 食べなさい、恒一!」
「お、おう……」
恒一は慌てて肉を口へ運んだ。エレナは微笑ましそうに二人を見守り、コハクは何かを理解したようにうんうんとうなずいた。
「そっかあ。リゼリアさんは恒一のことが大好きなんだね!」
「コハクっ!」
「えっ、違うの?」
「……違わないけど!」
リゼリアは顔を両手で覆った。
「もう……! 今日はこの話、おしまい!」
恒一は、そんな彼女を見て思わず笑ってしまった。リゼリアは指の隙間から彼を睨んだ。
「恒一、笑わないで!」
「ごめん。でも、嬉しかったから」
「……っ!」
リゼリアは再び顔を隠した。けれど、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。
◇
食事のあと。恒一は宿の部屋で、今日手に入れた岩甲獣の魔石を確認していた。拳ほどの大きさがあり、内部には淡い灰色の光が揺れている。牙狼の魔石とは、魔力の流れが違うように感じられた。
「これなら、結構な値段になるかもしれないな……」
恒一が魔石を手のひらに乗せ、空間操作でその状態を確かめようとした瞬間、表面に細い光が走った。胸の奥に、あの不思議な感覚が広がる。視界の端に、淡い文字が浮かび上がった。
《空間操作:微弱な反応を確認》
《空間固定:制御情報を更新》
《固有異空間:未解放》
《解放条件:未達成》
「……またか」
恒一は息をのんだ。以前よりも、表示がはっきりしている。しかし、固有異空間を解放するために何が必要なのかまでは分からない。
「固有異空間……。いったい、どんな能力なんだ?」
返事はなかった。魔石の光はゆっくりと消え、再び静かな灰色へ戻った。
恒一はそれを収納へしまった。まだ使えない力を、無理に引き出す必要はない。今は目の前の冒険を一つずつ乗り越えていこう。
そう考えていたとき、部屋の扉が軽く叩かれた。
「恒一、起きてる?」
リゼリアの声だった。
「起きてるよ。どうした?」
扉を開けると、彼女は少し照れたような顔で立っていた。
「……今日、頑張ったでしょう?」
「まあ、そうだな」
「だから、その……少しだけ、一緒にいたくなったの」
いつもの自信たっぷりな表情とは違い、今はどこか遠慮がちだった。恒一は微笑んだ。
「いいよ。入るか?」
「……うん」
リゼリアは小さくうなずき、部屋へ入った。
窓辺に並んで座り、二人で夜空を眺める。
「恒一」
「ん?」
「今日、あなたがみんなを信じて戦っているのを見て、嬉しかったわ」
「みんながいてくれるからだよ」
「それでも、よ」
リゼリアは彼の手を取った。
「これから、もっと強い魔物と戦うことになるかもしれない。もっと遠くへ行くこともあるでしょうね」
「ああ」
「そのときも……私を隣に置いてくれる?」
恒一は彼女を見つめた。
「もちろんだよ。リゼリアが一緒に来てくれるなら、心強い」
「……ふふっ」
彼女は嬉しそうに笑った。
「なら、約束ね」
そして、そっと恒一の肩に寄りかかった。恒一も、彼女の肩に腕を回す。
今日の勝利は、ほんの小さな一歩だ。それでも、その一歩を仲間と一緒に踏み出せたことが嬉しかった。
そして、恒一の中で眠る未知の力も、少しずつその可能性を見せ始めていた。
次の冒険へ向けて。
彼らの物語は、静かに進み続けていた。




