↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/55

第15話 しっぽは正直、気持ちはまだ秘密

翌朝。エルセリアの街は、朝日とともに活気づき始めていた。冒険者ギルドへ向かう大通りには、焼きたてのパンの香りが漂い、荷車を引く商人や、武器を背負った冒険者たちが行き交っている。

そんな通りを、恒一たちは四人で歩いていた。


「ねえ、今日は何するの?」


コハクが恒一の隣を歩きながら尋ねた。


「まずはギルドで依頼を確認する。昨日の報酬も入ったし、装備を整えながら少しずつ難しい依頼に挑戦していきたいな」

「お金が入ったなら、おいしいものを食べようよ!」

「……昨日も食べただろ」

「昨日は昨日! 今日は今日!」


コハクは堂々と言い切った。頭の上の獣耳がぴんと立ち、尻尾が楽しそうに揺れている。

恒一は苦笑した。


「お前、食べることが本当に好きなんだな」

「うん! おいしいものは元気の源だもん!」

「その理屈なら、私は反対しないわね」


リゼリアが口を挟んだ。


「えっ、リゼリアさんも賛成?」

「もちろん。ただし、恒一のお財布と相談してからよ」

「結局そこか……」

「大事なことでしょ?」


リゼリアは悪戯っぽく笑う。その様子を見ていたエレナが、穏やかな声で言った。


「でも、昨日の報酬なら少し余裕はあります。食事を楽しむくらいなら問題ないと思いますよ」

「ほら!」


コハクが嬉しそうに両手を上げた。


「エレナ、好き!」

「ふふ。ありがとう。でも、だからといって食べすぎないようにね」

「はーい!」


元気な返事が街路に響く。

恒一は、三人の様子を眺めながら思った。この世界に来た当初は、目の前の状況を理解するだけで精いっぱいだった。見知らぬ土地。未知の能力。魔物の脅威。何もかもが不安だった。

それが今では、こうして仲間と他愛のない話をしながら街を歩いている。冒険者としての成長は、戦闘の強さだけではないのかもしれない。こんな時間を守るためにも、自分は強くならなければならない。


「恒一?」


リゼリアが顔をのぞき込んできた。


「何を考えてるの?」

「いや。いい仲間ができたなと思って」

「……ふうん」


リゼリアは一瞬だけ目を細めた。


「それって、私も含まれてるわよね?」

「当たり前だろ」

「ならいいわ!」


彼女は満足そうに笑い、恒一の腕に自分の腕を絡めた。

コハクが、その様子をじっと見ていた。


「……ねえ、恒一」

「ん?」

「わたしも腕を組んでいい?」

「えっ?」


あまりに唐突な申し出に、恒一は思わず足を止めた。リゼリアの笑顔がぴたりと止まる。エレナは興味深そうに二人を見比べていた。


「こ、コハク? 急にどうした?」

「だって、楽しそうだから!」


コハクは何のためらいもなく答えた。


「わたしも仲良しになりたい!」

「仲良し……」


恒一が困っていると、リゼリアが小さく息を吐いた。


「コハク。恒一が困ってるじゃない」

「えっ、駄目?」


コハクの耳が、しゅんと横に倒れた。その変化を見て、リゼリアは少しだけ表情を和らげた。


「駄目とは言ってないわよ。恒一がいいなら、好きにすればいいじゃない」

「本当!?」


コハクの尻尾が、ぶんぶんと左右に振られ始めた。


「恒一、いい?」

「……まあ、別に構わないけど」

「やったー!」


コハクは恒一の反対側に回り込み、嬉しそうに腕を組んだ。

右側にリゼリア。左側にコハク。両腕を美女に取られた状態で、恒一は大通りの真ん中に立ち尽くしていた。


「……なんだ、この状況」

「いいじゃない。両手に花よ?」


リゼリアは楽しそうに笑った。


「ただし、勘違いしないでね。私が一番最初の契約者なんだから」

「分かってるって」

「本当に?」

「本当だよ」


恒一が答えると、リゼリアは満足そうにうなずいた。

その一方で、コハクは二人のやり取りを不思議そうに見つめていた。


「契約者って、そんなに特別なの?」

「ええ。私と恒一は、魔力だけじゃなくて、もっと深いところでつながっているの」


リゼリアは誇らしげに言った。


「だから、簡単には譲れないものもあるわ」


その言葉に、コハクは少しだけ考え込んだ。そして、ふっと笑った。


「そっか。じゃあ、わたしはわたしのやり方で仲良くなるね!」

「……そう来るのね」


リゼリアは呆れたように肩をすくめた。けれど、その声には険しさがなかった。

恒一は、そんな二人を見ながら小さく笑った。こういう騒がしさも、悪くない。


     ◇


冒険者ギルドに到着すると、恒一たちは掲示板を確認した。昨日の依頼を無事に達成したことで、受けられる仕事の選択肢も少しずつ増えている。


「これなんかどうでしょう?」


エレナが指さしたのは、街の北西にある林での薬草採取依頼だった。


「討伐任務ではありませんが、群生地の確認も含まれています。薬草の種類を覚える練習にもなりますね」

「悪くないな。ただ、昨日は牙狼を五頭倒したし、今日は採取中心でもいいか」


恒一がそう言うと、リゼリアもうなずいた。


「賛成よ。毎日強い魔物と戦えばいいというものでもないわ。身体を休めながら経験を積むことも大切だもの」

「じゃあ、決まりだね!」


コハクが依頼書を取ろうとした、そのとき。


「あ、ちょっと待ってください」


受付の職員が声をかけてきた。


「その依頼でしたら、ちょうど別の冒険者の方から、群生地の周辺に小型魔物が出るという報告がありました」

「小型魔物ですか?」


恒一が尋ねる。


「はい。危険度は高くありませんが、採取中に遭遇する可能性があります。討伐が必要になった場合は、無理をせず撤退してください」

「分かりました。周辺の確認も忘れないようにします」


恒一は依頼を受注した。報酬は控えめだが、薬草採取の経験を積むにはちょうどいい。それに、魔物が現れるなら、戦闘の練習にもなる。

地道な仕事を積み重ねる。今の自分たちには、それが必要だった。


     ◇


北西の林は、街道からそれほど離れていなかった。木々の間から差し込む日差しが地面に模様を描き、鳥の鳴き声が頭上から聞こえてくる。


「この辺りなら、薬草が多そうだね」


コハクが鼻をひくつかせた。


「薬草の匂いも分かるのか?」

「ううん。土とか葉っぱの匂いが違うんだよ。あと、踏まれた草の匂いも」

「すごいな……」

「えへへ。こういうのは得意!」


コハクは胸を張った。そのあと、彼女はすぐにしゃがみ込んだ。


「この先に群生地があるよ。ただ……」

「ただ?」

「小さな足跡がいっぱい。たぶん、森ネズミか、苔トカゲかな」


エレナが周囲を見回す。


「森ネズミなら問題ありませんが、苔トカゲは群れで襲ってくることがありますね」

「まずは距離を取って確認しよう」


恒一の指示に、全員がうなずいた。コハクを先頭に、慎重に進む。

やがて、木々の間に小さな開けた場所が見えてきた。そこには淡い青色の葉を持つ薬草が群生していた。


「おお……これはすごいな」


恒一が感心していると、エレナが説明した。


「月光草です。傷薬や魔力回復薬の材料になるので、需要があります。ただし、根を傷つけると品質が落ちてしまいます」

「なるほど。丁寧に採らないとな」


恒一たちは、それぞれ採取を始めた。恒一は空間収納を使い、採取した薬草を種類ごとに分けて保管する。エレナは品質を見極めながら採取し、リゼリアは周囲の警戒を担当した。コハクは薬草を採るたびに、何かを見つけては恒一を呼んだ。


「恒一、これも売れる?」

「どれどれ……エレナ、分かるか?」

「それは食用の野草ですね。売却は難しいですが、食べられますよ」

「じゃあ、今日のごはんにしよう!」

「採取依頼のついでに食材まで確保する気か……」

「いい考えじゃない?」


リゼリアがくすりと笑った。


「恒一、食費の節約になるわよ」

「リゼリアまで……」


そんな会話をしながら、採取は順調に進んでいった。

ところが、コハクが突然顔を上げた。


「……来るよ」


耳がぴんと立つ。次の瞬間、草むらから緑色の小さな影が飛び出した。

一匹、二匹、三匹。

体長は五十センチほど。苔のような緑色の鱗に覆われたトカゲ型の魔物だった。


「苔トカゲです!」


エレナが弓を構えた。さらに、草むらの奥から数匹が姿を現す。


「思ったより多いな……!」

「大丈夫。動きは速いけど、正面からなら対処できるわ」


リゼリアが前に出た。

苔トカゲの一匹が跳びかかる。リゼリアは身体を半歩ずらし、その攻撃をかわすと、魔力をまとった手で地面へ押し返した。続けてエレナの矢が飛び、別の一匹の進路を塞ぐ。


「コハク、左側を頼む!」

「任せて!」


コハクは低い姿勢で走り、苔トカゲの攻撃をすり抜ける。素早い動きで背後に回り、短剣の柄で相手の頭を打った。

魔物がひっくり返る。


「よしっ!」


一方、恒一は空間固定を使い、こちらへ向かってくる二匹の動きを一瞬だけ止めた。


「今だ!」


リゼリアが魔力を放ち、エレナの矢が続く。二匹はほぼ同時に地面へ倒れた。

残りの苔トカゲは、仲間が次々に倒されると、草むらへ逃げていった。


「追わなくていい。依頼の範囲はここまでだ」


恒一が言うと、コハクは少し残念そうにしながらも、すぐにうなずいた。


「うん。深追いは危ないもんね」


リゼリアが感心したように彼女を見た。


「ちゃんと分かってるじゃない」

「えへへ。褒められちゃった!」

「褒めたくらいで、そんなに喜ぶの?」

「うん!」


コハクの尻尾が大きく揺れた。リゼリアは一瞬だけ目を丸くし、それから笑った。


「……あなた、面白い子ね」


     ◇


魔物の脅威が去ったあと、恒一たちは周辺を確認した。苔トカゲの魔石は小さいが、いくつか集めれば売却できる。さらに、依頼対象の月光草も十分な量を採取できた。


「これなら、いい報酬になりそうだな」


恒一が収納を確認していると、コハクが隣にやってきた。


「ねえ、恒一」

「どうした?」

「わたし、今日すごく楽しかった」

「そうか。それならよかった」

「うん。みんなと一緒に戦って、薬草を採って、おしゃべりして……」


コハクは少しだけ言葉を切った。


「こういうの、久しぶりだったんだ」


いつもの明るい声よりも、少し落ち着いた声だった。


「前は、ひとりで依頼を探して、ひとりで森を歩いてたから。誰かと一緒だと、こんなに楽しいんだね」


恒一は彼女の顔を見た。


「一人で活動してたのか?」

「うん。獣人だからって、変な目で見られることもあったし。わたし、斥候としては役に立つけど、力はそんなに強くないから」


コハクは笑顔を作った。


「だから、ずっと一人で頑張ってたんだ」


その尻尾は、さっきまでとは違い、少しだけ元気がなかった。

恒一は、すぐには言葉を返せなかった。この世界には、さまざまな種族がいる。そして、種族が違うというだけで、偏見を向ける者もいるのだろう。


「……コハク」

「ん?」

「俺たちといるときは、そんなことを気にしなくていいぞ」


恒一は、まっすぐに彼女を見た。


「お前の追跡能力は頼りになるし、戦闘でも助けられてる。俺たちにとって、十分に大切な仲間だよ」

「……仲間?」


コハクの耳が、ぴくりと動いた。


「ああ。まだ正式にパーティーを組んだわけじゃないけどな」

「そっか……」


彼女はうつむいた。その表情が見えず、恒一は少し心配になった。


「どうした?」

「ううん。なんでもない!」


コハクは顔を上げた。笑顔だった。ただ、その頬はほんのり赤くなっていた。


「……ありがと、恒一」


小さな声でそう言うと、彼女は先に歩き出した。尻尾だけは、隠しきれないほど嬉しそうに揺れていた。


     ◇


街へ戻ると、ギルドで依頼の報告を済ませた。月光草の買い取りと苔トカゲの討伐素材を合わせ、今回もそれなりの報酬を得られた。

大金というほどではない。それでも、食費や消耗品を補い、装備を整えるには十分な収入だった。


「これで、しばらくは余裕があるな」


恒一が報酬を確認すると、リゼリアがうなずいた。


「そうね。でも、回復薬の予備はもう少し買っておいたほうがいいわ。昨日の戦闘で使った分もあるでしょう?」

「そうだな。次の依頼までに補充しておくか」


エレナも賛成した。


「矢も補充しておきたいですね。使い捨てにできるものと、回収して再利用するものを分けておきます」

「わたしは?」


コハクが身を乗り出した。


「コハクは……食料の調達担当?」

「えっ、ほんと!?」

「冗談だよ」

「もー! 恒一、ひどい!」


コハクが頬を膨らませる。リゼリアがくすくすと笑った。


「でも、食料の選び方は上手そうね。私は賛成よ」

「リゼリアさんまで!」


コハクは抗議したものの、すぐに笑顔に戻った。

そのあと、四人は食堂で少し早めの夕食を取ることにした。

コハクが選んだのは、大きな肉の串焼きと、蜂蜜を使った焼き菓子だった。


「んー! おいしい!」


彼女は幸せそうに頬張った。


「ねえ、恒一。これ、ひと口食べる?」

「いいのか?」

「うん! すっごくおいしいよ!」


差し出された焼き菓子を、恒一はひと口かじった。


「……本当だ。甘くてうまいな」

「でしょ!」


コハクの尻尾が、ぶんぶんと揺れた。

その様子を、リゼリアがじっと見ていた。


「……恒一」

「ん?」

「私の分も、ひと口食べてみない?」


彼女は自分の皿から、小さな果実のタルトをフォークで切り分けた。


「こっちもおいしいわよ」

「じゃあ、もらおうかな」


恒一が口を開けると、リゼリアは少しだけ頬を赤くしながら、フォークを差し出した。


「……はい、どうぞ」

「ん。うまいな、これ」

「ふふっ。でしょう?」


リゼリアは満足そうに笑った。

しかし、すぐにコハクが身を乗り出す。


「わたしも、もうひと口あげる!」

「いや、もう十分……」

「遠慮しなくていいよ!」


コハクが焼き菓子を差し出す。リゼリアは目を細めた。


「……コハク?」

「なに?」

「恒一は今、食事中なのよ。あまり食べさせすぎると、お腹いっぱいになっちゃうでしょう?」

「そっか! じゃあ、あとで!」

「あとでも駄目とは言ってないわよ」

「やった!」


恒一は二人のやり取りを見て、苦笑した。

リゼリアは少しだけ対抗心を見せるものの、コハクを遠ざけようとはしない。むしろ、彼女が自然に仲間の輪に入れるよう、さりげなく気を配っている。そのことが、恒一には嬉しかった。


     ◇


夕食のあと。宿へ戻る道で、コハクがふと足を止めた。


「あのさ、恒一」

「どうした?」

「明日も、一緒に依頼を受けていい?」


彼女はいつもの明るさを保とうとしていた。けれど、耳は少しだけ横に倒れ、尻尾も落ち着きなく揺れている。


「もちろんだよ」


恒一は即答した。


「明日も一緒に行こう」

「……ほんと?」

「ああ」

「そっか……!」


コハクは顔を輝かせた。そして、勢いよく恒一の腕に抱きついた。


「やったー!」

「うわっ!?」

「明日も一緒! 明日も一緒!」

「分かった、分かったから! ちょっと落ち着け!」


コハクは笑いながら腕を離した。その顔は、今まで見た中でも一番嬉しそうだった。

リゼリアはそんな彼女を見て、小さく微笑んだ。


「……よかったわね、コハク」

「うん!」

「でも、恒一に甘えるのはほどほどにね?」

「えっ、どうして?」

「どうしてって……」


リゼリアは一瞬だけ言葉に詰まった。そして、少しだけ頬を膨らませた。


「……私だって、恒一と二人で過ごす時間が欲しいんだから」


コハクは目を丸くした。エレナは口元を押さえて笑っている。

恒一は、思わずリゼリアを見た。


「リゼリア……」

「な、何よ。悪い?」

「いや……嬉しいよ」

「……っ!」


リゼリアの頬が、ぱっと赤くなった。


「そ、そう。ならいいわ!」


彼女はぷいっと顔をそむけた。けれど、恒一の手を握る指は、そっと強くなっていた。

コハクは二人を交互に見つめ、それから、にっこりと笑った。


「じゃあ、明日はみんなで依頼を終わらせて、そのあと一緒においしいものを食べようよ!」

「ふふ、それなら賛成です」


エレナがうなずく。リゼリアも、少し照れた顔で笑った。


「……そうね。それなら、悪くないわ」


恒一は三人を見渡した。まだ、正式なパーティーの形は整っていない。実力も、経験も、足りないものばかりだ。それでも、少しずつ仲間との距離は縮まっている。

そしてコハクの胸にも、小さな気持ちが芽生え始めていた。

――この人たちとなら、もっと遠くへ行けるかもしれない。

そんな予感を抱きながら、彼女は夜空を見上げた。明日もまた、みんなと冒険ができる。そのことが、何より楽しみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。