第14話 新人パーティー、昇格への第一歩
翌朝、エルセリアの冒険者ギルド。掲示板の前で、俺は腕を組んでいた。
「さて……今日はどれにするか」
掲示板には、薬草採取から魔物討伐、荷物の護衛まで、さまざまな依頼書が貼られている。
ここ数日の調査任務を通じて、俺たちは少しずつ経験を積んできた。だが、冒険者としての実績はまだ十分とはいえず、ギルド内で俺たちの名前を知る者も少ない。
「そろそろ、もう一歩先に進みたいな」
俺がつぶやくと、隣からリゼリアが顔をのぞかせた。
「それなら、今の私たちの実力を確かめられる依頼がよさそうね」
「実力を確かめるのはいいけど、無茶はしないぞ」
「もちろんよ。恒一が無茶をしそうになったら、私が止めるもの」
「……リゼリアが言うと、別の意味で不安なんだけど」
「まあ。私、そんなに信用がないの?」
リゼリアは頬を膨らませた。
その横で、エレナが小さく笑う。
「二人とも、依頼を選ぶ前から息がぴったりですね」
「そ、そうか?」
「ええ。見ていて微笑ましいくらいです」
「エレナまで……!」
俺が困った顔をすると、リゼリアは満足そうに微笑んだ。
そこへ、掲示板の上段を見ていたコハクが、ぴょんと跳ねた。
「あっ! これ、よさそう!」
彼女が指差したのは、少し厚手の紙に書かれた依頼書だった。
『北街道沿いの魔物討伐および薬草群生地の安全確認』
依頼内容は、街道近くに出没する牙狼と小型魔物の討伐。あわせて、街道脇の薬草群生地を調査し、安全を確認するというものだ。
「報酬は銀貨二十枚に、採取素材の売却益か」
俺は依頼書を読みながら考えた。
「薬草の採取もできるなら、戦闘だけで終わるより実入りがよさそうだな」
「牙狼の足跡なら、わたしに任せて!」
コハクの尻尾が、期待に弾むように揺れた。
「ただし、数が多かったり、妙な魔力の痕跡があったりしたら、無理せず引き返す。いいな?」
「はーい!」
「返事が軽い……」
「大丈夫! 危ないときはちゃんと逃げるよ!」
その言葉を聞いて、エレナがうなずいた。
「追跡はコハク、遠距離攻撃は私。恒一さんが空間固定で敵の動きを制限して、リゼリアが前衛を支える。今の私たちなら、役割を分担できます」
「そうだな。よし、これにしよう」
俺は依頼書を取り外した。
◇
受付で依頼を受注すると、奥からガルドが出てきた。
「北街道か。悪くない選択だな」
「何か気になることでも?」
「いや、最近は街道沿いの魔物が増えている。だが、森の奥へ踏み込みすぎなければ、お前たちの実力を測るにはちょうどいいだろう」
ガルドは俺たちを順に見た。
「討伐数だけを追うな。依頼人や旅人に被害を出さず、必要な仕事をきっちり終える。それも冒険者の評価になる」
「分かりました」
「それと、帰ったら討伐証明と採取物を忘れずに提出しろ。実績は一度で大きく積み上がるものじゃない。小さな仕事を確実にこなせ」
その言葉に、俺はうなずいた。
すぐに高ランクへ上がれるとは思っていない。まずは一つずつ、できることを増やしていく。それが今の俺たちに必要なことだった。
◇
北街道を歩き始めて一時間ほど。街道から少し離れた草地で、コハクがしゃがみ込んだ。
「足跡、見つけたよ。牙狼が三頭……いや、こっちにもある。合計で五頭かな」
「五頭か。群れになっているな」
俺は周囲を見回した。草が踏み倒され、近くの木には獣の爪痕も残っている。
「魔力の異常は?」
エレナが弓を構えながら尋ねた。
「今のところ、変な感じはしないよ。普通の牙狼の足跡」
「なら、慎重に近づこう」
俺は周囲の位置関係を確かめた。
以前よりも、空間を意識する感覚が少しずつ明瞭になっている。敵との距離、遮蔽物の位置、仲間の立ち位置。それらを頭の中で組み立てることができるようになってきた。
もちろん、思いどおりに何でもできるわけではない。《空間固定》も、使える範囲はごく狭く、持続時間も短い。無理に使い続ければ、頭の奥に圧迫感が生じ、集中力が落ちてしまう。
それでも、使い方を工夫することで、戦い方の幅は少しずつ広がっていた。
「来るよ!」
コハクの声と同時に、茂みから牙狼が飛び出した。
一頭、二頭。さらに三頭。合計五頭が、扇状に広がって襲いかかってくる。
「エレナ、右側を!」
「任せて!」
エレナの矢が風をまとって飛び、先頭の牙狼の足元に突き刺さった。
矢そのものが致命傷を与えたわけではない。しかし、風の魔力が地面を払うように広がり、牙狼の踏み込みをわずかに乱した。
その隙に、リゼリアが前へ出る。
「こちらは通さないわ!」
彼女の手から赤黒い魔力が広がった。
牙狼の一頭が怯み、動きが鈍る。
俺はその瞬間を逃さなかった。
「《空間固定》!」
牙狼の前脚が、見えない壁にぶつかったかのように一瞬だけ止まった。
ほんのわずかな時間。それでも、戦闘中なら十分な隙になる。
「今だ、コハク!」
「おっけー!」
コハクが低い姿勢で駆け抜け、牙狼の側面から短剣を振るった。
急所を正確に狙った一撃。牙狼は悲鳴を上げて地面に倒れた。
「よし、一頭!」
だが、残る四頭は仲間が倒れたのを見ても退かなかった。
二頭がリゼリアへ、一頭がエレナへ向かう。そして最後の一頭は、後方にいた俺を狙っていた。
「恒一!」
リゼリアが振り返る。
だが、彼女が助けに戻れば、前方の二頭が突破してしまう。
俺は歯を食いしばった。
以前なら、ここで判断が遅れていたかもしれない。しかし、今は違う。
「俺のことはいい! 前を頼む!」
俺は自分へ迫る牙狼の進路を見極め、《空間固定》を発動した。
牙狼の動きが一瞬だけ鈍る。
頭の奥に圧迫感が走ったが、今は気にしている場合ではない。
俺はそのわずかな時間を使い、横へ飛び退いた。
牙狼の牙が、すぐ目の前をかすめる。
「危なっ……!」
着地と同時に、俺は短剣を抜いた。
相手の勢いを利用し、脇腹へ斬りつける。深手ではないが、牙狼の動きは鈍った。
「恒一さん、援護します!」
エレナの矢が飛び、牙狼の後ろ脚を射抜いた。
コハクが間合いを詰める。
最後の一頭も、地面に崩れ落ちた。
戦闘が終わった。
俺は息を吐き、短剣を下ろす。
「……全員、無事か?」
「問題ないわ」
リゼリアは優雅に髪を払った。
「私も大丈夫です」
エレナが弓を下ろす。
「わたしも平気! 恒一、最後のやつを一人で止めたの、すごかったよ!」
コハクが目を輝かせた。
「いや、危なかっただけだ。まだまだだよ」
「でも、前より落ち着いてた。ちゃんと相手を見て動いてたもん」
その言葉に、俺は少し照れくさくなった。
自分では必死だっただけだ。だが、仲間たちと一緒に戦うことで、少しずつ変わってきている。それは確かだった。
◇
討伐した牙狼からは、牙、毛皮、魔石を回収できた。
コハクが周辺を確認している間、俺たちは薬草群生地の調査に取りかかった。
「この種類なら、ギルドで買い取ってもらえますね」
エレナが薬草を一つ手に取り、葉の形を確認する。
「ただし、根を傷つけないように。必要な分だけ採りましょう」
「了解。採りすぎても、次に困るからな」
俺は《空間収納》を使い、採取した薬草を丁寧に保管していった。
やがて、コハクが戻ってきた。
「周りは大丈夫! ほかに牙狼の足跡はなかったよ。街道の近くも、しばらくは安全だと思う」
「よし。依頼完了だな」
帰路につくころには、太陽が少し傾いていた。
荷物の重さを気にせず歩けることに、俺は改めて収納能力のありがたさを感じていた。素材を持ち運ぶ負担が減れば、行動できる範囲も広がる。
能力を持っているだけでは意味がない。どう使うかを考えることも、冒険者としての成長なのだ。
◇
夕方、冒険者ギルド。
受付に討伐証明と採取物を提出すると、職員は少し驚いた顔をした。
「牙狼五頭の討伐に、薬草群生地の安全確認まで……。全員、無事に戻られたんですね」
「はい。群れは五頭でした。周辺に追加の足跡はありませんでした」
俺が状況を説明すると、職員は記録用紙に書き込んでいく。
「分かりました。討伐報酬は銀貨二十枚。素材の買い取りが銀貨十二枚、薬草が銀貨六枚です」
合計、銀貨三十八枚。
俺は思わず目を丸くした。
「おお……結構な額になるんだな」
「今回は討伐だけでなく、採取と安全確認も完了していますから」
職員は微笑んだ。
「こうした依頼を安定してこなせるようになれば、次のランク審査についても推薦を検討できます。ただし、まだ何度か実績を積んでいただく必要はあります」
「分かりました。ありがとうございます」
焦る必要はない。そう分かっていても、次の段階への道が少しだけ見えたことは、素直にうれしかった。
受付を離れると、ギルドの隅にいた冒険者の一人が仲間に話しかけているのが聞こえた。
「おい、あの新人たち、最近よく依頼をこなしてるらしいぞ」
「へえ。あの銀髪の吸血族がいるパーティーか?」
「そうそう。エルフの弓使いに、獣人の斥候までいる。面白い組み合わせだよな」
まだ、名前が広く知られたわけではない。
だが、ほんの少しだけ、俺たちの存在がほかの冒険者の目に留まり始めていた。
◇
ギルドを出たあと、俺たちは大通りの露店を見て回った。
「今日は頑張ったんだから、何か買って帰ろうよ!」
コハクが菓子屋の前で足を止める。
「……さっきまで、報酬を大切に使おうって話をしていなかったか?」
「だから、少しだけ!」
彼女の尻尾が、期待に合わせて左右に揺れていた。
リゼリアが楽しそうに微笑む。
「いいんじゃない? 働いたあとの楽しみも必要よ」
「リゼリア、分かってる!」
「ふふ。でも、買いすぎてはいけないわよ」
コハクは焼き菓子をいくつか買い、一つを頬張った。
「おいしいー!」
その満面の笑顔を見て、俺も思わず笑ってしまった。
エレナは保存の利く食料を選び、リゼリアは俺の装備を気にしていた。
「恒一、手袋を新調したらどうかしら?」
「手袋?」
「先ほどの戦闘で、短剣を握る手に力が入りすぎていたわ。滑り止めのあるものなら、扱いやすくなると思うの」
言われて、自分の手を見る。
たしかに、指の付け根が少し赤くなっていた。
「……よく見てるな」
「当然よ。恒一のことだもの」
リゼリアは、ごく自然にそう答えた。
その声があまりにも優しくて、俺は返事に詰まってしまった。
結局、手袋と簡単な回復薬を数本購入した。
装備を整えることも、これからの冒険には必要だ。残った報酬は、次の依頼に備えて保管しておくことにした。
◇
夕食を終え、宿へ戻ったあと。俺はリゼリアと二人で宿の中庭にいた。
エレナとコハクは、明日の準備をするために先に部屋へ戻っている。
夜風が静かに吹き抜け、庭の小さな灯りが揺れていた。
「今日は、ありがとう」
リゼリアが言った。
「え? 何が?」
「恒一が、私たちを信じて前を任せてくれたことよ」
彼女は赤い瞳を細めた。
「以前の恒一なら、自分が危険でも、私たちを助けようとして無理をしたかもしれないわ」
「……否定できないな」
「仲間を守りたいと思うことは、悪いことではないわ。でも、仲間を信じて任せることも大切なの」
俺は静かにうなずいた。
今日の戦闘で、自分一人ではできないことがあると改めて分かった。だからこそ、仲間を信頼する必要がある。
「リゼリアがいてくれてよかった」
口にしてから、少し恥ずかしくなった。
だが、リゼリアはからかわなかった。
代わりに、そっと俺の手を取った。
「私も、恒一と出会えてよかったわ」
彼女の手は、夜風の中でも不思議なほど温かく感じられた。
「……これからも、一緒にいてくれるか?」
「もちろんよ」
リゼリアは、握った手に少しだけ力を込める。
「どれほど遠い場所へ行くことになっても。どれほど強い魔物と戦うことになっても。私は、恒一の隣にいたいの」
俺は彼女を見つめた。
いつものように冗談を言うことも、からかうこともできなかった。
「……ありがとう」
「ふふ。お礼を言うのは、まだ早いわ」
リゼリアは一歩近づいた。
「今日、頑張ったご褒美をもらっていないもの」
「ご褒美?」
「ええ。少しだけ、甘えさせて」
そう言って、彼女は俺の肩に頭を預けた。
銀色の髪が、俺の頬にそっと触れる。
俺は戸惑いながらも、彼女の肩に腕を回した。
「……これでいいか?」
「ええ。とても」
リゼリアは幸せそうに目を閉じた。
しばらく二人は、何も言わずに夜空を見上げていた。
冒険者としての道は、まだ始まったばかりだ。明日になれば、また新しい問題に出会うだろう。
それでも、隣に彼女がいる。そのことが、俺にとって何よりの支えだった。
◇
その夜。
俺は、回収した魔石を収納から取り出し、机の上に並べていた。
牙狼の魔石は淡い灰色をしている。だが、そのうちの一つだけ、表面に細い光の筋が走っていた。
「……なんだ、これ?」
俺が触れた瞬間、胸の奥で何かが小さく反応した。
空間操作の感覚とは違う。もっと深いところで、何かが目覚めようとしているような感覚だった。
視界の端に、淡い文字が浮かぶ。
《魔力循環の安定性を確認》
《空間内領域との適合率:微増》
《固有異空間:未解放》
「固有……異空間?」
俺は思わずつぶやいた。
しかし、文字はすぐに消えてしまった。
魔石も、元の静かな灰色へ戻っている。
「気のせい……じゃないよな」
まだ何も分からない。今すぐ使える能力でもなさそうだ。
それでも、確かな変化があった。
俺は魔石を収納に戻し、窓の外を見た。
冒険者としての成長。仲間との信頼。そして、自分の中に眠る未知の力。
すべてが少しずつ、前へ進み始めていた。
焦る必要はない。一つずつ、積み重ねていけばいい。
俺はそう考え、明日の準備を整えてから眠りについた。
――新人パーティーの、次なる一歩に向けて。




