神隠しの真実
その日は一日中雨が降っていた。
「止む気配ありませんね……」
事務所の窓から外を見てサユキがそう言葉を溢す。
「今は台風が来てるからね。しょうがないよ」
僕はオフィスの席に座り、報告書をまとめていた。
僕は探偵業の師匠である雛黒さんに様々なことを叩き込まれた。依頼人を決して危険な目に遭わせないこと。悪霊や怪異には臨機応変に対応すること。そして解決した事件は報告書を作って保管しておくこと。報告書を作成しておくことで後から同じような怪異による事件が発生した際に即座に対処することができるのだ。これはとても大切なことだ。
僕が報告書をまとめ終えると、サユキが温かいコーヒーを淹れてくれた。
「ありがとう」
「私にできることと言ったらこれぐらいですから」
「そんなことないよ。いつも助かってる」
「そうですか? それなら良かったです」
サユキは照れながら笑った。
その時だった。
バチャバチャと激しい水音が聞こえてきた。
「なんだ?」
その正体はすぐに分かった。
「あの……ここって……白神探偵事務所ですよね……?」
全身ずぶ濡れになりながら一人の女性が事務所の扉を開けて室内に駆け込んできた。
「ええ、そうですよ」
僕達は異常事態だと悟り、すぐに彼女をソファに案内した。
「これタオルです。良かったら使って下さい」
サユキがすぐにタオルを持ってきた。
女性は相当混乱しているのか、はたまた疲労しているのか、か細い声で「ありがとうございます」と口にした。
「コーヒーも良かったらどうぞ」
サユキは先程淹れたコーヒーをカップに注いで女性の前に置いた。
「あ、ありがとうございます……」
僕は彼女の目の前の椅子に座り、話を聞くことにした。
「それで、本日はどうされましたか? 何か依頼でしょうか?」
女性はコーヒーを二、三回啜ったのち、ふうっと息を吐いて話を始めた。
「実は今朝、息子が突然部屋から居なくなったんです」
「息子さんが?」
依頼人の名前は月島裕子さん。三十五歳。専業主婦であり、夫と息子との三人暮らしであるらしい。話を聞いていくと「突然部屋から息子が消えた」とのことだったが、本人も状況をよく分かっていないようだった。
「息子は今小学五年生で、いつものように学校に行く支度をしていたんですが、ふと目を離した隙にリビングからいなくなってしまって……もう何が何だか……」
「警察には相談しましたか?」
「はい。捜索願を出して探してもらってます。ここにきたのは刑事さんに『白神探偵事務所が力になってくれる』と話を聞いたからです」
おそらく赤城刑事だろう。
「そうですか……わかりました。では一度お家の方に伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
「ありがとうございます。では早速向かいましょう」
僕とサユキは豪雨の中を月島さんと共に突き進み、彼女が暮らしている一軒家へと辿り着いた。
「どうぞ」
月島さんがドアを開けてくれた。
「ありがとうございます」
僕達は家の中に入った。その途端、とてつもなく邪悪な霊気が伝わってきた。
「なんだ……この霊気……」
「すごく嫌な感じですね。身体に纏わり付くような……」
サユキは両手で肩を押さえてそう溢した。
「やっぱり怪異の仕業でしょうか?」
月島さんはそう尋ねてきた。
「怪異というよりかは怨霊の類だと思います。霊刀を持ってきておいて正解だった……」
僕は霊気の出所を探りつつ、リビングを探索した。
「息子さんがいなくなったのはリビングだったんですよね?」
「はい。そうです」
「うーん」
確かに邪悪な霊気は感じる。今回の犯行は怨霊の類でほぼ間違いない。しかし家の中一帯に霊気が充満している為、根源を探し出すことができない。対峙する怨霊はとても強い念を持って死んだ者だと考えて良いだろう。
それに子供だけが消えたというのも不思議な話だ。まるで神隠しのようだ。神隠し。本来であれば天狗が引き起こす事案だが、天狗は怪異。今回の事件とは無関係だ。
僕が思考を凝らしていると、サユキがリビングの壁に手を置いて首を傾げていた。
「サユキ、どうかした?」
「いえ。なんだがこの壁、おかしくないですか?」
「おかしいって?」
「壁に霊気が張り付いているというか……」
「壁に霊気が?」
試しに僕も壁に手をついてみた。
その次の刹那、全神経を逆撫でするような嫌な気が身体に纏わり付いてきた。
「この壁……まさか!」
僕は試しに霊力を込めた拳で壁を殴ってみた。すると壁が水面のようにうねり、中からコンクリートで全身を覆った男の霊が這い出てきた。
「きゃっ」
月島さんが思わず声を上げる。
「何なんですか⁉︎」
「おそらく、息子さんが消えたのはこいつが原因でしょう」
僕は刀を抜刀して構える。
「今すぐ攫った子供を解放してください。でないと、強制的に祓わせてもらうことになる」
「ううう……」
男は唸り声を上げた。
次の刹那、リビングの白い壁からコンクリートの柱が僕達を突き殺そうと飛び出してきた。
「創成・氷壁」
サユキが氷の壁を築き上げることで僕達はどうにか難を逃れる。
「月島さん。僕達の後ろに隠れていて下さい!」
「わ、わかりました」
月島さんは小走りでサユキの背後に駆け寄り、身を縮こませた。
僕は氷の壁から飛び出し、奴に向けて刀を振るった。
しかしコンクリートの男はすぐに身を壁に引っ込ませる。
僕の刀は虚空を切り裂いた。
「くそ……っ」
壁の中を自由自在に行き来できるのか。
とても厄介だ。
僕は刀を後ろに構え、壁に向けて刃を振るった。霊刀は『現世の物質』を斬ることはない為、壁を貫通して中に隠れている男の霊だけを斬る。
僕は幾千もの太刀を振るった。青い斬撃が水面に落ちる雫のように伝播していく。刀身がすうっと壁の中を透過し、やがて身を潜めていた男の霊のみを斬り裂いた。
「ゔあぁっ」
どうやら有効打であったらしい。
男が再び壁の中から姿を現した。
畳み掛けるならここしかない。
「零明流剣術・八岐頭」
刀身から八つの龍の頭が具現化し、男を食いちぎっていく。
「うううっうううぅ」
男のコンクリートの体躯はボロボロになり、脱力したのか完全に壁の中から全身を露出させた。
「サユキ、今だ!」
「はい!」
サユキは着物の帯に帯刀していた『封魔刀』を手に取り、炎を纏った小刀で男を八つ裂きにした。
「封魔・焔咲」
炎の斬撃が薔薇の花弁のように燦然と広がっていき、奴の体躯を焼き焦がした。
「うううっ」
奴のコンクリートの体躯は崩れ落ちる。
「よし、効いてる!」
「うん、これでおわりだ」
僕は刀を横に構え、奴の胴体を真っ二つに斬り裂いた。
零明流剣術・朧桜・横凪。
朧桜の応用技だ。
僕の斬撃を受けて、男は完全に消滅した。
どうやら奴を祓うことに成功したようだ。
僕は「ふぅ」と息を吐く。家の中での戦闘であったため、とても戦いにくかったが、なんとか祓うことができた。
途端、壁の中から一人の子供が飛び出してきた。
「優弥!」
月島さんが彼をそう呼んで、駆け寄った。
「ママ!」
優弥と呼ばれていた子供も月島さんの元へ向かい、抱き合って涙を流した。
「良かった。どうにか救えたみたいですね」
サユキは安堵の息を吐いた。
「うん。でもまだだ」
そう。まだやるべきことが残っている。
「え?」
「この家の中に充満している霊気がまだ消えていない。それに怨霊の身体はコンクリートだった。多分だけど、この家の下に墓地か何かがあったんだと思う。そこにあの怨霊は入っていたんだ。でも、この家が建てられた時に墓地が壊されてしまった。墓地は本来、死者を尊ぶ場所だ。それが壊されてしまえば、死者は憤り、怨霊になる。奴が子供を攫っていたのは怨霊となって自我が暴走していたからだ。つまり、また同じことが起きる可能性が高い」
「それじゃあどうすれば……?」
「月島さん」
息子との涙の再会を果たした彼女に僕は声をかけた。
「はい、本当にありがとうございます!」
「いえ、まだです。確かに奴は祓えましたが、また同じことが起きる可能性があります」
「そんな……それじゃあ一体どうしたら良いんですか?」
「とても唐突になってしまうのですが、この家を取り壊して欲しいんです」
「え? 取り壊す?」
「はい。そうすれば、二度とこんなことは起きないと思います。この家が建った時、本来行なってはならない死者への冒涜をしてしまった。もしこのままこの家に住み続ければ、きっとまた同じことが繰り返し起こるでしょう。もう息子さんを危険な目に遭わせたくなければ、取り壊すのが最も手っ取り早い方法なんです」
「そうですか……」
月島さんは少しの間考え込んだのち「分かりました」と口にした。
「主人と話し合ってみます」
「ありがとうございます。そうしていただけると助かります。では、僕達はこれで」
僕とサユキはそうして月島さんの家を後にした。
後日、月島さんの家があった場所を訪問するとそこは空き地になっていた。知り合いのお坊さん曰く、取り壊されてしまった墓地を新しく作り直す計画が進められているらしい。これで二次被害が出ることもないだろう。
僕とサユキは並んでその場所を後にした。
「これで良かったんですよね?」
サユキが僕にそう尋ねてきた。
「うん。これで良かったんだ」
僕はそう返した。
空はすっかり晴れ渡っていた。
見事な快晴だった。




