綾羽トンネルの地縛霊
綾羽市には「心霊スポット」がいくつか存在する。その全てが怪異によるなんらかの超常現象を引き起こしているのだが、中でも特異な気を放つ場所がある。「綾羽トンネル」。つる植物が生い茂る古びたトンネル。山奥に存在し、女性の霊を見たという目撃情報が多数寄せられている。
僕のもとにDMで調査依頼が来たことで、僕とサユキは「綾羽トンネル」に赴くに至った。
「ここですか……確かに嫌な気を感じますね」
「綾羽トンネルは心霊スポットの中でも特に異質だからね」
僕とサユキは懐中電灯を持って、トンネルの中を突き進む。
先は暗闇に支配されている。
ぽちゃんっと水が滴る音が絶えず響き渡たり、このトンネルの不気味さを助長している。
その時だった。
目の前の暗闇から「うぅぅ」という女性の唸り声が聞こえてきた。
僕は刀袋から霊刀を取り出して戦闘体勢を取る。
サユキも懐中電灯を片手に、氷の刀を生成する。
「何者ですか?」
僕の問いに『声』は答えなかった。
「ううう……」
「返答次第では、僕達は貴方を祓わなきゃいけない。教えて下さい。貴方は何者ですか?」
再度僕は『声』に語りかけた。
今度は返答があった。
「まさゆきさん……まさゆきさん?」
ノイズ混じりの重低音がこだまする。とても女性の声とは思えない。
怨霊になっているからか?
彼女は「まさゆきさん」と口にした。それが誰なのか、僕達は知る由もない。
「まさゆきさん? 誰のことですか?」
僕の問いに『声』は答えなかった。
「まさゆきさんじゃない……違うの?」
「残念ながら、僕達は『まさゆきさん』じゃない」
「まさゆきさん……まさゆきさん……うううう」
途端、女性は奇声を上げた。
次の刹那、トンネルの天井から無数の手が現れ、僕達を掴もうと迫ってきた。
「させません!」
サユキが咄嗟に氷の壁を形成することで難を逃れる。
「話し合いが通じる相手じゃないか……!」
僕は霊刀を引き抜き、霊力を込めた斬撃を『声』に向けて放った。
「ギャッ」
女性は短く悲鳴を上げる。
「ううううう……」
徐々に『声』が近くなり、その姿が露わになる。
果たしてそこには、黒い髪を垂れ流した女性が立っていた。白いワンピースには血がベッタリと付着していた。暗闇の中であるため表情を伺うことはできないが、『声』から推測するに歪んだ顔をしているのは確かだ。
ぺたぺたとトンネルを裸足で歩き、こちらに近づいてくる。
「まさゆきさんじゃないの? 違うの?」
「ええ、違います」
僕はそう返した。
「そう…………なら、死んで!」
次の刹那、彼女は髪を伸ばして僕達を串刺しにしようとしてきた。
サユキが咄嗟に氷の壁を築くことで再び攻撃を回避することに成功する。
僕は氷の壁の側面から飛び出し、霊刀を構えて駆け出した。
「零明流剣術・枝垂柳」
霊力を込めた太刀で長く伸びた髪を斬り裂いた。
「ぐっうう」
女に隙が生まれた。
「創成・氷針!」
サユキはその隙を見逃さず、氷の針を飛ばした。
無数の氷の針が彼女の体躯に突き刺さる。
「ううっ……」
僕は即座に間合いを詰め、強力な一太刀を放った。
霊刀の剣先が彼女の身体を斜めに斬り刻む。
「うっうぅ」
しかし彼女が祓われることはなかった。
何故だ?
一般的な怨霊であればとっくに祓えているはずだ。
まさか、この女性は地縛霊なのか?
──まさゆきさん。
もしや『まさゆきさん』とは、彼女の恋人なのかもしれない。何らかの理由で彼女は彼とこのトンネルで死に別れ、以降何年もこのトンネルに縛られているのだろう。
ならば、僕達がすべきことは彼女を成仏させることだ。
地縛霊には『冥界の鎖』が纏わりつき、深い念が募る場所に縛られ続ける。成仏させるには『冥界の鎖』を断ち切る必要がある。
「サユキ、彼女を祓う方法が分かった。協力してほしい」
「わかりました」
彼女はすぐにこちらに駆け寄ってきた。
「彼女は地縛霊なんだ。だからただ霊力や妖力を込めた攻撃を喰らわせるだけじゃ祓えない。彼女を祓うには『冥界の鎖』を断ち切るしかない。試しに『封魔刀』で彼女の影を斬ってみてほしい」
「影……ですか?」
「うん。懐中電灯で照らせば分かると思う」
「やってみます」
サユキは懐中電灯で彼女の足元を照らす。暗闇の中に地縛霊の影が浮かび上がる。サユキは『封魔刀』を抜いて彼女の影を斬った。その途端、彼女の影から無数の鎖が現れた。その鎖は彼女の体躯に複雑に絡みついている。
「よし、成功だ。あとは……!」
僕は霊刀を上段に構えた。
「零明流剣術・朧桜」
霊刀で『冥界の鎖』を断ち切った。
その次の刹那、鎖は消滅し、彼女の体躯はすうっと透過していく。
「これって……」
「うん。成仏してるんだと思う。これでこのトンネルに縛られることもなくなる」
ふと「ありがとう」と声が聞こえた気がした。
とても穏やか女性の声だった。




