容疑者は首なしライダー
綾羽市の山奥には、コンクリートで補導された道路がある。山を越える際に車が通るが、信号もガードレールもない。安全かと聞かれれば、ノーと答えるのが大衆の意見だろう。
そんな道路の一角で不可解な交通事故が発生した。
時刻は午後十一時半。
車の転落事故だった。
「これは……」
俺はいつも通り現場検証に赴いていた。だが、今回の事件も不可解な点が多い。セメントで固められた道路の上には幾つものタイヤ痕がこびりついており、被害者が何かから逃げるように車体を切り返していたのが分かる。
「黒田」
「はい」
「これ、どう思う?」
「明らかに不自然ですよね……こんなにびっしりとタイヤ痕が残るなんて」
「被害者は?」
「車と一緒に見つかりました。どっちもペシャンコですよ。特に車は破損がひどいですね。崖から落ちたようなので、仕方ないですけど」
「だよな……」
その時だった。
「おい、止まれ!」
警官の一人が声を上げた。
「なんだ、どうした?」
俺と黒田はすぐに声がした方に駆け出した。
「それが、バイクが猛スピードでこっちに向かってくるんです」
「は?」
見ると、暗闇の先から二つのライトがこちらへ向かってきていた。
パトカーで道路を塞ぎ、一般車両が入れないように規制線を張っていた。多くの車は後を引き返していくのだが、件のバイクは違った。アクセルを全開にして、信号がないことをいいことにスピードを全開にして走っているのだ。
俺は警官からメガホンを受け取り、バイクに警告した。
「おい! ここは通行止めだ! 止まれ!」
しかし、バイクは止まらなかった。
「もう一度言う! そこで止まれ!」
やがて暗闇からバイクが抜け出し、ライダーの姿が露わになった。その姿を見て、俺たちは驚愕した。ライダーの首から上が無かったのだ。
「な……」
「ひっ……」
黒田は思わず怯えた声を出す。
「なんじゃありゃ、首なしライダーかよっ」
首なしライダー。その名の通り、首から上がないライダーの怪異。綾羽市での目撃情報はないが、白髪の霊能者によってその存在は仄めかされていた。まさか本当に現れるとは。
「仕方ねえ。お前ら、撃ち方用意!」
俺は警官達に拳銃を構えるように指示を出した。
「『霊弾』を使え! 普通の弾じゃ奴には効かない!」
霊弾。それは文字通り霊力のこもった弾丸のことだ。怪異に襲われた際に警察が自身の身を守れるようにと悠斗が提供してくれたものだ。
警官達は一斉に霊弾をリロードし、首なしライダーに向けて構える。パトカーの扉を盾代わりにし、体制を整えた。
「撃て!」
俺の合図で、一斉に発砲が始まった。
だが、奴は俺達よりも何枚も上手であった。
バイクを器用に滑らせて側面を向けることで弾丸を全て弾き返したのだ。あのバイクは霊体ではない。本物のバイクだ。霊力は怪異に有効な代物。だが、この世の物、特に無機物には全くと言っていいほど意味を成さない。
「ちくしょう!」
万事休すかと思われたその時、首なしライダーは突如キキっーとバイクを方向転換させ、元きた道を帰っていった。
警察と首なしライダーの衝突は、こうして幕を閉じた。
***
明くる日。俺は悠斗に連絡をした。首なしライダーが現れたことを伝えると、彼はすぐに捜査本部へと足を運んでくれた。しかし今回は悠斗だけでなく、白い着物を身に纏った少女も同行していた。
「お久しぶりです。赤城刑事」
「お、おお……なぁ、その女は何なんだ?」
そのあまりの美貌に俺は思わずたじろいでしまった。
「お世話になっております。私、悠斗さんの助手をしています、雪女のサユキと言います」
彼女はそう言って丁寧に頭を下げた。
「そうか……俺は赤城。こいつから聞いてると思うが、警察でな。よく悠斗には捜査に協力してもらってる。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
彼女は握手を求めてきた。俺は「おう」とその華奢な手を握った。その手はひんやりと氷のように冷たく、本物の雪女なのだと実感した。
「それで、事件の詳細はどうなってますか?」
悠斗がそう聞いてきたことで、俺は我に帰る。
「あ、ああ、それなんだがな」
俺は机に地図を広げ、首なしライダーが現れた場所を指差した。
「昨夜首なしライダーが現れたのはこの地点、山奥の道路だ。俺達が別の交通事故の現場検証をしているときに現れてな。その事故も首なしライダーと繋がっているんじゃないかと俺は踏んでんだ」
「なるほど……その事故というのは?」
「崖からの転落事故だ。実際に現場に行ってみると分かるが、タイヤ痕がいくつも残ってる。明らかにおかしいんだ。まるで何かから逃げているようだった」
「でも、それじゃあどうして首なしライダーは警察の方々の前に現れたんでしょうか?」
雪女の少女のその質問により、本部の空気が変わった。
「確かに……」
何故わざわざ俺達の前に現れた。こちらに一切の危害は加えず、ただ霊弾に撃たれて帰っていっただけではないか。
何かあるのか?
「ひとまず、僕達もその現場に行ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
俺達は再びあの現場に出向くことにした。
夜はすっかり更けてしまった。
僕とサユキ、そして赤城刑事は転落事故が起こった山奥の道路へと赴いていた。
「サユキ、何か妖気とか感じる?」
「そうですね……少し嫌な感じはします」
「だよね。僕も何か嫌な妖気を感じるんだ……」
僕は唇に手を添えて考え込む。
首なしライダーが現れたとされるこの道路には、いくつか引っ掛かる点がある。一つは首なしライダーが何故現れたのか。何の理由もなく、ある一定の場所に怪異が現れることは考えにくい。何かわけがあるはずだ。そしてもう一つ、謎の妖気だ。首なしライダーのような怪異のものでない、より強大で邪悪なものだ。この妖気も、何か今回の事件に関係しているのだろうか。
「なぁ」
ふと、軽量トラックの中から赤城刑事が声をかけてきた。
「なんで軽トラなんだ?」
この軽量トラックは僕が警察に頼んで、持ち出してもらったものだ。
「もし首なしライダーと戦う流れになったときに、僕達が荷台に乗って直接対峙するためです。向こうが動いているなら、こちらも動いていた方が良いかなと」
「なるほどね、んで運転は俺と」
「お願いします」
「はいはい。分かりましたよ〜」
ちょうどその時だった。
「悠斗さん、来ました」
サユキが指差す方向に目をやると、黄色いライトが二つ、こちらに近づいてきていた。エンジン音が響き渡り、やがて首がないライダーの姿が露わになる。間違いない。首なしライダーだ。
「赤城刑事、お願いします」
「はいよ」
赤城刑事は思いっきりアクセルを踏み、軽量トラックを加速させた。
「サユキ」
「はい」
僕は霊刀を取り出しつつ、サユキに指示を出した。サユキは道路を氷で凍結させ、さらに僕の足に氷のスケートシューズを生成した。
僕は荷台から飛び出し、サユキが作ってくれた氷の道を滑って首なしライダーと対峙する。
その直後だった。
先程まで感じていた邪悪な妖気が、より一層強くなった。
「な、なんだ……?」
その正体はすぐに明らかになった。
「うあっ」
「きゃっ」
地響きが発生し、道路のコンクリートが粉々に割れる。そこから這い出てきたのは巨大な蜘蛛であった。頭には長い髪を垂れ流した女性の顔が張り付いている。
「おい、何なんだあれ!」
赤城刑事は思わず声を上げる。
「土蜘蛛……」
僕はそう呟いた。
「土蜘蛛だぁ?」
「間違いないです。ずっと事故現場に漂っていた妖気はこいつだったのか……」
ふと目の前を見ると、首なしライダーはバイクのライトを点滅させていた。それに反応し、土蜘蛛は進行方向を首なしライダーへと変えた。
首なしライダーの行動を見て、僕はあることに気がついた。
この道路で起こる数々の転落事故の犯人は首なしライダーではなく、土蜘蛛だったのだ。首なしライダーは襲われそうになっていた人々を逃がそうと、あえて人々の前に姿を現していた。そう説明すれば、彼が警察の前に現れたのも合点がいく。
土蜘蛛は人を襲う凶悪な怪異だ。足の爪で切り裂き、糸で拘束し、生気を吸い上げる。一刻も早く対処をしなければ、人間の被害者が増えてしまう。
「サユキ、作戦変更だ。首なしライダーを援護しよう」
「わかりました」
サユキも、首なしライダーの行動から彼が善良な怪異であることを悟ったようだ。
僕は再び土蜘蛛の方に振り返った。首なしライダーはバイクをうまく操作して土蜘蛛の猛攻を回避しているが、彼には攻撃の手段がないように見える。防戦一方では土蜘蛛は祓えない。
「サユキ、氷の足場を作って、それを一気に持ち上げることってできる?」
「え、で、できますけど……」
「よし、お願い」
「わ、わかりました」
僕はサユキが作り出した氷の足場を踏み締める。
「いきます!」
サユキが妖力を込めると、足場は僕をのせて柱状に持ち上がる。
僕はそこから飛び降りた。重力に従い、土蜘蛛の背に向かって下降する。奴はまだこちらの存在には気が付いていない。仕掛けるなら今しかない。僕は霊刀を逆手に構えた。そして全体重を乗せた強烈な刺突を土蜘蛛に浴びせた。
零明流剣術・枝垂柳・弔。
枝垂柳の応用技だ。
霊刀は狙い通りに奴の背を貫いた。紫色の血液が噴き出し、土蜘蛛は甲高い悲鳴をあげる。
僕はさらに突き刺した霊刀を捻り、傷口を広げる。
「ギャアアアアアッ!」
再び、土蜘蛛は声を上げた。
しかしまだ祓えない。強力な妖気は未だ健在だ。
僕は刀を振りかぶり、ありったけの霊力を霊刀に流し込んだ。青い線に沿って霊力が流れていき、やがて刀身は二倍にも三倍にも肥大化する。
「零明流剣術・──っ」
僕は肥大化した刃を渾身の力で振り下ろした。
「朧桜」
青く光り輝くその刃は、土蜘蛛の体躯を一刀両断した。
「アアアアアアアアッ!」
断末魔が響き渡ると同時に、土蜘蛛は塵となって消えていく。奴が黄泉へ送還されると、体に張り付くように感じられた邪悪な妖気も消え去っていた。
僕は土蜘蛛が消滅したことで宙に放り出されるが、咄嗟に首なしライダーが僕を掴み、軽量トラックの荷台へと投げ飛ばしてくれた。
サユキにキャッチされ、僕は難を逃れた。
「大丈夫ですか?」
「うん……それより、首なしライダーは?」
僕とサユキが見やると、首なしライダーは既に走り去っていた。
「終わったのか?」
赤城刑事は軽量トラックを停止させ、運転席から降りてきた。
「はい、終わったんだと思います」
「そうか──」
崖の上から見る月は、どこか霞んで見えた。




