闇夜を駆ける幽霊列車
「ここ……か」
綾羽市に隣接している閑散とした駅、『綾羽駅』。この駅でとある事件が多発しているとの情報を受け、僕とサユキは調査に向かった。
「綾羽市にある駅ってここだけなんですよね? なんだか、古びていると言うか……あまり使われていないんですか?」
「綾羽市は町の特色もあって、あんまり他の地域とは仲良くないんだ。それもあってか遠出する人は少ない。だけど逆に綾羽市は娯楽施設が多くないから、親子とか、若いカップルとかはよくこの駅を利用してるんだよ」
「そうなんですね……あ、悠斗さん。もうすぐ時間です」
「了解」
この駅で多発しているある事件。それは、「夜の六時六分にこの駅に到着する謎の木造列車に乗ると行方不明になる」と言うものだ。実際、件の時間に到着した電車に乗ったまま行方不明になったというケースが多発しており、中には「乗りはしなかったが、意識が電車の中に吸い込まれていくような感覚に陥った」という声も聞く。今回の事件はSNSによる書き込みから話題になり、僕の元に一通のDMがきたことによって捜査が開始されるに至った。
「私の親友が学校帰りに別れた後、綾羽駅の六時六分の電車に乗ってから連絡がつかないんです。どうか、調査の依頼をお願いできないでしょうか? 報酬は学生の小遣い程度ですが、お支払いします! お願いです! 親友を助けて下さい!」
そのメッセージを確認後、僕は報酬の受け取りは断り、必ず親友を助け出すことを約束した。
「さて、来るか」
サユキの持つ銀時計はチッチッと時間を刻んでいく。やがて長い針が「五」から先の「六」を示した。六時六分だ。その時、遠くから二つのライトが線路を照らすように迫ってきた。やがて暗闇から六両編成の列車が姿を現した。
今の時代に似つかわしくない木造の外観。そして、確かに列車から感じる霊力と引力。間違いない。これが例の幽霊列車だ。
プッシューという空気音と共に、扉が開く。
「行こう」
「はい」
僕とサユキは意を決して中に入った。そして車内の状況を見て、思わず戦慄する。構造自体は壁際に背もたれがついている一般的なものだった。しかし内装は全て木造であり、まるで現代の電車と蒸気機関車を混ぜ合わせたような雰囲気を纏っている。そして驚くべきは、乗車している人の数だ。多くの人が抜け殻のように俯き、静かに席に座っている。誰一人として微動だにせず、マネキンのように微塵も動かない。
「な、なんなんだ……?」
「悠斗さん……あれは?」
サユキが指出した場所は本来吊り革がぶら下がっている位置だった。だが、そこには鳥籠のような鉄ごしらえの小さな檻が幾つもぶら下がっており、中に青い火玉が監禁されていた。
「あの火玉って……」
「──魂だ。おそらく、この人達の」
「そ、そんな。それじゃあ」
「うん、この人達は抜け殻なんだ。この列車を動かしている悪霊の狙いはおそらく、たくさんの魂を献上品として、閻魔か死神に生き返らせてもらうように交渉することなのかも」
「酷い……許せない」
その時だった。両同士の連結部分にあたる扉が開き、ミシミシと木材を踏み締める音が車内に響いた。
目を向けると、体のあちこちから骨が飛び出し、腐敗し切ったボロボロの肉を露出させながらゆらりと歩く、車掌の姿があった。
「キップ……ハイケン…………シマス」
「切符?」
「ソチラノオフタガタ、キップノゴテイジヲ」
「切符というのはもしかして、あれですか?」
僕はそう言って、ぶら下がる籠の中にゆらゆらと揺れる魂を指差した。
「エエ、ソノトオリデス。デスガ、オカシイデスネ、オフタガタカラハ、キップヲトリダセナイヨウデ」
「残念ですが、私達は霊能者と怪異。あなたの思い通りにはならないです」
「ソレハイケマセンネ……マナーデスノデ、マモッテイタダケナイノナラ…………」
車掌は腕に刺さっていた鉄パイプを引き抜き、こちらへ攻撃を仕掛けてきた。
「ハイジョサセテイタダキマス!」
僕は背中に背負っていた刀袋を脇からスライドさせ、悪霊の鳩尾目掛けて突きを放つ。
「グッ」
さらに袋を斜め下から振り上げ、車掌の顎に強烈な一撃を喰らわせた。
霊力は込めていないため、ほとんど物理的なダメージのみになるが、形勢をコントロールするには有効打である。
車掌は二、三歩後退り、顎を抑え込んだ。
僕は袋から霊刀を取り出しつつ、サユキに指示を出す。
「僕があいつを祓う。サユキは車内に囚われている人達の保護を」
「わかりました!」
しかし次の刹那、車内の至る所から黒い針金が飛び出し、僕達を刺し殺そうと猛攻を仕掛けてきた。
「ッ!」
咄嗟にサユキが氷を展開し、僕達の頭上を守ることで難を逃れる。
「これは……」
「ククク」
もう一度ゆらりと車掌が立ち上がる。
「コノレッシャスベテガ、ワタシノ『イノママ』。リカイシタナラ、オトナシク、シンデクダサイ!」
再び、彼はこちらに向けて鉄パイプを振るってくる。
奴を止めない限り、車内のあちこちから黒い針が飛んでくることになる。もしかすれば、全く別のトラップもあるかもしれない。
「サユキ……」
彼女一人だけでここに囚われている人達を守りきるのはまだ荷が重い。
ここは、どうにかして策を練らなければ。
僕は彼女に声をかけようと目を向けたが、彼女はすでに状況を理解しているようだった。
「私なら大丈夫です。全員守ってみせます。悠斗さんはあの人との戦いに集中して下さい!」
「……」
どうやら、杞憂であったようだ。
「わかった」
僕は抜刀し、眼前の鉄パイプを受け止めた。
互いの力が拮抗し、火花が散る。
僕は即座に刀に霊力を注ぎ込み、鉄パイプを弾いた。刃を返し、斜めに切り上げることで車掌を後方へと吹き飛ばした。
「グァッ」
男は木造の地面に倒れ込む。
僕は奴の下まで歩み寄り、その眼前に切先を突き立てた。
「さぁ、どうする?」
「コウナレバ……ッ」
奥歯がぎりッと軋む音が鳴り響いた次の刹那、列車が凄まじいスピードで走り出した。
「うおっ」
思わず体勢を崩しかけ、刀を地面に突き刺すことで耐え凌ぐ。
「サユキ!」
相棒の安否が気に掛かったが、彼女も氷の剣を生成し、地面に突き刺すことで難を逃れていた。
「私なら大丈夫です!」
安堵の息をついたのも束の間、再び悪霊の猛攻が迫ってくる。鉄パイプによる殴打のみならず、車内から降り注ぐ黒い針金。これらを全て対処しつつ、奴を祓うのは至難の業だ。
「仕方ないッ……サユキ、車内を頼む!」
僕は再び雪女の少女に指示を出す。
彼女が頷いたため、僕は霊術を展開した。
「転移霊陣っ」
青い光が視界を包み込み、僕と車掌は車両の天井へと転移する。
外はすっかり暗くなり、皮肉なことに星々はキラキラと輝いていた。
「コレハッ……」
「車内で暴れるのはマナー違反でしょ? 日本はそういうのにストイックな国のはずだ」
「コザカシイ、レイノウシャ!」
「そう言ってくれるなよ。悲しいだっ……ろ!」
今度は僕から攻撃を仕掛けた。青い光を宿す霊刀により斬撃を放ち、奴はそれを鉄パイプでいなしていく。だが、もともと一般人である奴と、霊力の扱いに慣れている僕とでは、攻撃のキレに明確な差が生まれる。
刀とパイプがぶつかり合うたびに大気が揺れ、ついに鉄パイプに亀裂が走った。
僕はすかさず足に霊力を込めて腕を蹴り上げることで、パイプを破壊すると同時に奴の片腕を奪うことに成功する。
「ウッ」
後方へ飛ばされた腕はベッチャっと嫌な音を立てた。
「霊力はいわば『魂からの供給エネルギー』。生物であれば全てのものに霊力は備わっている。だからこそ、霊力は使えば使うほど熟練度が上がって、力も増す。怨霊になってから得た霊力操作も僕には及ばない」
車両の上をコツコツと歩き、再び奴の目の前に刀を突き出す。
「降参して乗客全員の魂を解放すれば、楽に地獄に送ってやる。どうする?」
「コウサン? ワタシガ?」
「ああ」
「フザケルナッ! イキカエルマデ、ワタシハオワレナイ!」
「どれだけ生者の魂をかき集めようと死んだ人間は元には戻らない。それが現実だ」
「ウルサイ、ウルサイッ、ウルサイ!」
車掌は腐った腕をボコボコと肥大化させ、形を絶えず変化させながらこちらに進撃してくる。
霊力が増した。怨念の増幅によるものか。
僕は迫り来る巨大な肉塊を眼前に、刀を上段に構えた。
狙うは奴の胴体だ。
「零明流剣術・──ッ」
力強く前へと踏み込み、刃を叩き込む。
「枝垂柳!」
放たれた強力な一撃はぶくぶくと膨れ上がる肉塊を一刀両断した。
「ナッ⁈」
奴の片腕にまで斬撃が走り、やがて肩が吹き飛ぶ。
これで、両腕は落ちた。
僕は両足を踏み締め、奴の間合いへと入り込む。
列車を具現化するほどの力を帯びた怨霊。それを祓うには、霊力を通しただけの一撃では釣り合いが取れない。ならば身体中の全ての霊力を一極集中させて放つ、この技しかない。
拳を握り締め、後方へと振りかぶる。
「零明流体術・白雷芯」
全霊力を載せた拳を力の限り振り下ろした。
「グアッ」
青い閃光が一直線に走り、奴の胴体を貫通する。
奴の霊気は徐々に減少していき、計らいは成功した。
車内のあちこちから飛び交う黒い針。それらを全て回避しつつ、乗客を守りきるのは少々荷が重い。だが、これが私にとっての初依頼。悠斗さんの助手としての初めての戦いだ。
この体が動く限り、少しでも彼の役に立つんだ。
おそらく、あの車掌の霊は乗客の『魂』には手を出せない。彼はこの人たちの魂を交渉材料にしようとしているからだ。であれば、たとえ邪魔者を排除しようとしても魂、および乗客を傷つけることはないはずだ。
「お父さん、力を貸して」
生前、私に妖術のイロハを叩き込んでくれたのは紛れもない父だ。
あの強さを、少しでも我がものにするんだ。
鬼から私を庇ってくれた時も父は必死に立ち向かっていた。自分よりもはるかに格上の存在に。私もそうなるんだ。
「創成・氷刀」
妖力を片手に込め、一振りの氷の刀を生成する。
車内から飛び出る針は奴が遠隔で発生させている攻撃。ならば、車内の四方八方に細かく斬撃を加え続ければ必然とおさまるはずだ。
私は足元に少量の吹雪を起こし、身を宙に浮かせる。
そして体を極限まで捻り上げ、バネを一気に弾かせるように斬撃を全方位に繰り出していく。
妖力が枯渇した時、悠斗さんに霊力を分けてもらった。その時から、私の中には彼の霊力がひっきりなしに流れている。即ち、私の攻撃には妖力と霊力の両者が上乗せされるということだ。
よって私の攻撃は透過し、霊力が全くない乗客を傷つけることはない。
私の放った斬撃は車内全てに傷跡を残し、針金の通り口を塞ぐことに成功したのだった。
私は吹雪の浮力によって車内を飛び回り、四方八方に斬撃を加え続けた。ついには黒い針金が飛び出ることは無くなり、車内の安全は確保されるに至った。
あとは乗客達の魂を奪還するのみだ。それらはあいも変わらず鳥籠の中でゆらゆらと揺らめいている。どのように乗客から取り出したのかは知らないが、傷がないだけで今は良しとしよう。悠斗さんは車掌の霊と交戦中だ。手を煩わせるわけにはいかない。私がどうにかして乗客達の魂を解放するほかないのだ。
「やるしかない」
試しに生成した氷の刀で鳥籠を斬ろうと試みた。しかし、黒い鋼由来の鳥籠には刃は通らなかった。氷の針を飛ばしても、槍で突き刺してみても結果は同じだった。
「思った以上に頑丈に保管されてる……今の私の妖術じゃ、鳥籠を壊すことは不可能なんじゃ……」
どうすれば良いか分からず、頭を悩ませる。
だが不意に、悠斗さんと交わした会話を思い出した。
──悠斗さん。私、多少の妖術の心得はあるんです。きっと何か役に立てることがあると思います。今は『封魔刀』もありますし……なので今回の『幽霊列車』の調査、私も同行させてください。
──わかった。そこまで言うなら一緒に行こう。本当は教えなきゃいけないことがいっぱいあるんだけど、正直、あんまり教えるの得意じゃなくてさ……サユキも活動の中で色々掴んでくれると、こちらとしても助かるよ。
──はい。ありがとうございます。
──そうだ。これだけは覚えておいてほしいんだけど、僕らの仕事は「誰かを守る局面」が多い。自分の力じゃどうしようもないこともたくさん出てくると思う。そんな時は、自分の力を信じてみるんだ。霊力も妖力も魂からの供給体であることに変わりはない。感情や思い次第で、その強さは何倍にも跳ね上がるんだ。
感情や思い。妖術に、それらを乗せる。
考えたこともなかったが、実際、餓鬼から逃げている時は「生きたい」という強い意志があったからか、無意識に妖術のキレは上がっていたように思う。餓鬼を数体倒せたのが何よりの証拠だ。
ならば、今私が乗せるべきは「助けたい」という感情だ。それで乗客全員を助け出せる。
悠斗さんの助手になってから数日、綾羽市を回ってみて、私は初めて人間の世界に触れた。いつも食料は母達が調達に行っていた為、私は人里の生活というものがわからなかった。だが綾羽市の人間は私に対してとても友好的に接してくれた。それは特有な慣習を持つ地域だからなのかもしれない。他の地域では、私はただの化け物なのかもしれない。しかし私を認めてくれる人たちがいる以上、私はそれに応えなければならない。
深く息を吸い込み、妖力と霊力の混ぜ合わせてより鋭く、強靭で頑丈な氷の大剣を二本生成する。
両腕をクロスさせ、それらを構えた。
そして鎖を引きちぎるように、二つの大剣を力強く振り切った。
斬撃は列車内に刻み込まれ、鳥籠のみを正確に切り裂いた。全ての魂が解放され、人々の中へと還っていく。
「やった……成功した」
私は初めて複雑な妖力操作を行った為、疲労感に苛まれ、その場に倒れ込んでしまった。
***
何か大きな妖力が、車内から伝わってきた。体内の霊力を使い切ってしまった為、確認することはできないが、おそらくサユキが魂の解放をやってのけたのだろう。
あとは動き続けるこの列車を止めるだけだ。
しかしそれをするにも、今の僕に余力は残っていなかった。
「──昔、綾羽駅ハ、繁盛シテイタ」
膝をついて倒れ込み、体が徐々に崩壊しつつある車掌から言葉が発せられた。
「ダカラ、私ガ再ビ駅ヲ率いて、昔の姿を取り戻したかった……」
彼のノイズ混じりの声は、次第に元の「彼自身の」声へと戻っていく。
「その為に何をしてでも、生き返りたかったんだ……」
腐った目玉から涙を流す男。
「──その思いは、正しいよ。間違ってない。確かに今の綾羽駅は廃れてる。利用客も少ないし、取り壊される話がいつ出てもおかしくない」
「ああ、あの駅は私が生涯を通して働いていた思い出の地だ。無くなってほしくない」
「……気持ちはわかる。でもだからって、今も駅を利用してくれている数少ない乗客を、あんた一人の想いだけで裏切っていいわけがない」
「……」
「本当は分かっていたはずだ。自分が間違ってるって」
「──誰かに、止めて欲しかった。もう、引き返せなかったんだ」
僕は納刀した刀を持って立ち上がり、彼の元へ歩み寄った。
「地獄で、少し休むと良い」
泣き崩れる彼は完全に塵となり、地獄へと送還された。
彼を完全に祓うことができたからか、気づいた時には列車は止まっていた。
長年走り続けた一本の列車は、夜の月明かりを浴びて神々しく輝いていたのだった。




