キジムナーが見た殺人事件
午後六時。
綾羽市警に「男が腹を刺されて倒れている」と通報が入った。
俺はすぐに黒田と共にパトカーで現場に向かった。
俺達が現着した時には、男性は道路に横たわっており、既に死亡していた。俺と黒田は遺体の前にしゃがみ込み、手を合わせて黙とうを捧げた。
やがて現場に鑑識が入り、事件の詳細を調べ始める。
「黒田。どう思う?」
「特におかしな点は見当たりませんね。通り魔事件と断定するのが一番しっくり来ます」
「確かにそうだな……」
俺はタバコをふかしてそう言った。
ふぅと煙を夜空に吐く。
また霊や怪異が関与していると考えたが、今回はごく一般的な殺人事件だと考えて良いだろう。
だが、その時だった。
どこからか視線を感じた。
「ん?」
道路脇の茂みの方だ。
「誰だ?」
俺がそう問いかけると「あ、う、えっーと」と声が聞こえてきた。子供のような甲高い声だ。次の刹那、茂みの中から声の主が現れた。その正体は意外なものだった。背丈は三歳程度の子供と同等、髪色は赤く、紅の着物を身に纏っていた。翡翠色の瞳が俺を見る。こんな夜更けに子供が事件現場にいるものだろうか。
まさか……。
「ボウズ、もしかして怪異か?」
「え、う、うん」
赤毛の少年はこくりと頷いた。
「おいら、キジムナー」
「キジムナー?」
「うん。おじさん達が警察?」
「そうだが……」
「そこの道路に倒れている人、怪異に殺されたんだよ。おいら見てたんだ」
キジムナーと名乗る少年は予想外なことを口にした。
被害者が怪異に殺された?
もしそうだとすれば、事件のシナリオが一気に覆る。
それに“彼”の手も借りないといけない。
「それ……本当か?」
俺は言葉の真偽を彼に尋ねた。
キジムナーは「うん」と頷いた。
「分かった……その言葉、信じるからな? それじゃあ、ちょっと一緒に来てくれ。会ってほしい人がいる」
「う、うん。良いよ」
キジムナーは快諾してくれた。
「じゃあパトカーの後部座席に乗ってくれ」
「分かった」
キジムナーは小さい体躯を必死に動かしてパトカーに乗り込んだ。
「黒田、悠斗に連絡だ。事件の詳細と『キジムナーを連れて行く』と伝えてくれ」
「了解です」
黒田はすぐに携帯を取り出し、悠斗に連絡を取った。
***
俺はパトカーを走らせ、白神探偵事務所にやってきた。
「降りろ」
俺は後部座席のドアを開け、キジムナーにパトカーを降りるように促した。
「ほいっ……と」
キジムナーは小さい体躯を器用に動かして地面に足をついた。
「んじゃあ、行くぞ」
俺達は事務所の扉を開けた。
出迎えてくれたのは白い着物を着た雪女の少女だった。
「こんばんは。赤城刑事。お仕事お疲れ様です」
彼女は挨拶をしてくれた。
「おう。悪いな。こんな夜更けに。悠斗、いるか?」
「はい。いますよ。どうぞ上がって下さい」
「あいよ。そんじゃあ失礼します」
何気に白神探偵事務所の中に入るのは初めてだ。
俺が足を踏み入れると応接室が目に飛び込んできた。大きなソファが中央に置かれており、テーブルもある。端にはキッチンが完備されており、料理をした形跡があった。なるほど。ここで食事を作っているのか。
俺は思わずキョロキョロと部屋の中を見回してしまう。
ふと、事務所の奥のデスクに人影が見えた。白髪の霊能者だった。彼は俺達の存在に気づくや否や、席を立ってこちらにやって来た。
「こんばんは。赤城刑事」
「よう、悠斗。悪いな。ちょっと急用でな。押しかける形になっちまって申し訳ない」
「全然気にしないで下さい。依頼を受けるのが僕達の仕事ですから」
彼は笑って答えてくれた。
「それで彼が例のキジムナーですか?」
悠斗は俺の足元に隠れていたキジムナーを見てそう言った。
「ああ、そうだ。ほれ、挨拶しろ」
俺はキジムナーの背中を押して悠斗の目の前に立たせた。
悠斗はしゃがみ込み、彼と目線を合わせて会話をする。
「こんばんは。僕は霊能探偵の白神悠斗と言います」
「こ、こんばんは……おいら、キジムナー」
「赤城刑事から話は聞いてますよ。なんでも殺人事件を目撃したとか」
「う、うん。怪異が男の人を刺すのを見たんだ」
「分かりました。詳しくお話を聞かせてもらっても良いですか? こちらのソファにどうぞ。赤城刑事も座って下さい」
「おう。悪いな」
俺とキジムナーはソファに座り、悠斗とサユキに向けて話を始めた。
「それで、男性を襲った怪異はどんな姿でしたか?」
応接室のソファに座っているキジムナーに僕はそう尋ねた。
「イタチだったんだ……でも両手が鎌みたいになってて、すごく鋭かった。多分、かまいたちだと思う」
キジムナーはそう言った。
「かまいたち……か」
僕は顎に手を添えて考え込む。
かまいたちはイタチの姿を模した怪異だ。日本全国に出没し、人を斬っては風に乗って去っていく。そこまで危険性の高い怪異ではないが、キジムナーの話を聞く限り、被害者の男性はかまいたちに刺されて死亡したと考えて良いだろう。
「そうですか……分かりました。一度現場に赴いても良いですか? 妖気を探りたいので」
僕は赤城刑事にそう尋ねた。
「ああ。鑑識はもう上がってるだろうから、大丈夫だと思うぞ」
「ありがとうございます。サユキもそれで良い?」
僕は隣に座る雪女の少女に確認を取った。
「はい。大丈夫です」
彼女は笑って返答してくれた。
「よし、それじゃあ赤城刑事、事件現場に案内してもらっても良いですか?」
「ほいよ。じゃあ全員パトカーに乗ってくれ。俺が運転する」
「ありがとうございます」
僕は礼を告げた。
***
パトカーを走らせること約三時間。
僕達は件の現場に到着した。
「着いたぞ」
「運転ありがとうございました。赤城刑事」
サユキが赤城刑事にそう礼を告げた。
「良いってことよ。今回もお前達の力が必要だからな。協力できることは何でもするさ」
赤城刑事はそう言ってタバコにライターで火を付けた。
「サユキ、現場を見てみよう」
「はい」
僕とサユキはパトカーを降りて、現場に足をついた。
僕はコンクリートに手を置いて妖気を探る。
確かに微弱ながら妖気が感じられる。そこまで強い怪異のものではないが、犯行手段から考えてみても、犯人はかまいたちで間違いないだろう。
「赤城刑事」
「なんだ?」
赤城刑事はパトカーに寄りかかってタバコをふかしていた。
「今回の犯人、かまいたちで間違いないです」
「そうか……」
彼はタバコを道路に捨て、足で踏み潰して火を消した。
「どうやってかまいたちを見つける?」
「遺体の詳細を調べてみないとこればっかりは……殺された男性の霊力の強さなどが分かれば、かまいたちをおびき寄せる手筈を組み立てられるんですけど……」
「今回は刑事事件だからな。遺体は警察が管理してる。これから解剖なりされるだろうよ」
「一度解剖を待ってもらっても良いですか? 霊力を調べたいので」
「構わねえが……」
僕は赤城刑事に「ありがとうございます」と礼を告げた。
「それでは、ご遺体を見せてもらうことはできますか?」
「ああ、良いぞ。乗れ。本部までかっ飛ばす」
そう言って親指でパトカーを指差す彼に、僕は「安全運転でお願いしますね」と釘を刺した。
僕達再びパトカーに乗り込み、綾羽市警本部までやって来た。
僕とサユキは遺体が保管されている部屋に足を運んだ。キジムナ
ーも僕達の後を追って部屋の中に入って来た。
僕達は寝かされている遺体を確認した。腹には大きな刺し傷が見受けられる。とても痛々しい。よく遺体を調べると現場で感じたものと同じ妖気が感じられた。遺体が発している霊気はそこまで強くなく、特別強力な霊気を帯びているわけではなかった。霊気の強弱は今回の事件には関係ないのか。
ならば、何故この男性は殺された?
何か法則性はないか?
何かかまいたちに繋がる手がかりがあるはずだ。
僕が考え込んでいると、サユキが遺体を見ながら言った。
「悠斗さん……このご遺体、少し綺麗すぎませんか? まるで一撃で殺されたように感じます」
「一撃で……?」
「おいらも見てた。確かに、かまいたちは一突きでこの男の人を殺してた」
僕達の後ろでキジムナーはそう言った。
一撃で殺された……?
もしや、かまいたちは人間で言うところの“辻斬り”のように、見境なく人を襲っているのだろうか。そうだとすれば、この男性が殺されたことにも合点がいく。
「そうか……」
この仮説が正しければ、かまいたちをおびき寄せることは実質不可能だ。
だが、方法がないわけじゃない。
鵺の時と同じように強力な霊気を漂わせていれば、怪異は自然とその地点に現れる。磁石のように引き寄せ合うのだ。見境なく人間を襲っているなら、霊力の強い人間は尚のこと狙われやすいだろう。
「よし、かまいたちをおびき寄せる方法が分かりました」
「本当か?」
赤城刑事がそう言ってきた。
「はい。鵺の時と同じ方法を取ります。もう一度現場に戻って木々に霊力を込めた霊符を貼り付けます。それでかまいたちをおびき寄せる」
「──分かった。それでいこう」
赤城刑事はそう言って頷いた。
僕達は再び現場に戻って来ていた。
僕は生い茂る木々に霊力を込めた霊符を貼り付けた。鵺の時は霊力切れを起こすほど霊力を消耗してしまったが、かまいたち相手であれば、そこまで霊力を込める必要もないだろう。霊符の枚数もより少ない数で事足りるはずだ。
「赤城刑事。霊符を貼り終えました」
僕は赤城刑事にそう言った。
「分かった。あとはかまいたちが現れるのを待つだけだな」
「現れてくれると良いんですけどね……」
「もし現れなきゃ別の方法を考えるまでだ。あんまり気にすんな。警察はいくらでも協力する。いつも世話になってんだ。どれだけ協力しても足りねえくらいさ」
「ありがとうございます」
僕は礼を告げた。
その時だった。
現場に漂う妖気が強まるのを感じ取った。
「サユキ」
「はい。来ましたね」
サユキも妖気に気づいたようだった。
「創成・氷刀」
彼女は氷の刀を生み出す。
僕も霊刀を刀袋から取り出して構える。
次の刹那、辺りに霧が立ち込めてきた。
「なんだ……霧……?」
赤城刑事は拳銃を構えた。
「霧に妖気を感じます……かまいたちが来たんだ」
途端、霧を一閃の斬撃が斬り裂いた。
一気に視界が晴れる。
僕は咄嗟に納刀状態の霊刀で斬撃を受け止めた。
「くっ……うぅ」
なんて重さだ。
おそらくかまいたちの攻撃だろう。
目の前を見やると、白い毛に覆われた体躯を持つイタチが、僕に向けて両手の鎌を振り下ろしていた。かまいたちだ。
「悠斗さん!」
サユキが咄嗟にかまいたちに向けて刺突を繰り出したことで、僕は鍔迫り合いから解放される。
「助かったよ。サユキ」
「大丈夫ですか?」
サユキは僕に背中を向けて立ち塞がり、かまいたちと対峙する。
「うん。ありがとう」
僕は霊刀を抜刀する。
そしてサユキと並び、かまいたちに向けて刃を向ける。
「さあ、お祓いといこうか」
「はい!」
次の刹那、僕達は同時に駆け出した。
そして交互に斬撃を放ち、かまいたちを追い詰めていく。かまいたちは宙に浮遊しており、僕達の斬撃を両手の鎌でいなしていく。
「このっ……!」
僕は霊刀を振り切り、かまいたちを仕留めようとした。
しかしかまいたちは器用に攻撃を回避する。
まさか、かまいたちがここまでしぶといとは思わなかった。完全に僕の判断ミスだ。
いや、そんなことを考えていても埒があかない。
考えてもどうしようもないことは考えるな。
僕は再び猛攻を仕掛ける。
サユキは僕の攻撃に連携する形で氷の太刀を振るう。
「創成・氷針」
雪女の助手は無数の氷の針を生み出して射出する。かまいたちを仕留めようと動くが、彼女の氷の針はコンクリートの道路に突き刺さるのみで、かまいたちに当たることはなかった。
「そんな……っ」
「お前ら、一旦どけ!」
ふと、赤城刑事がそう叫んだ。
僕とサユキは互いに顔を見合わせて頷き合い、一度戦線離脱した。
赤城刑事は『霊弾』をリロードした拳銃を発砲した。
かまいたちを両手の鎌を器用に振るい、弾丸を斬り落とす。
「これも効かねえのかよ……!」
赤城刑事はギリっと歯を食いしばる。
かまいたちは弾道を予測している。
まさかそんな芸当ができるとは……。
どうにかしてかまいたちを追い詰めることはできないだろうか。
「悠斗さん、『封魔刀』を使うのはどうでしょうか? 地獄の業火なら、もしかしたら勝てるかもしれません」
「──それだ!」
サユキの持つ『封魔刀』に賭けるしかない。
「僕がかまいたちを追い詰める。サユキは隙をついて『封魔刀』を振るってくれ」
「はい! わかりました!」
「よし──」
僕は咄嗟に駆け出し、太刀を振るった。
「零明流剣術・八岐頭」
霊刀から八つの龍の頭が具現化し、かまいたちを噛み砕こうと迫る。かまいたちは迫り来る龍の頭を一つずつ確実に斬り落としていく。
だが、これで隙が生まれた。
「サユキ! 今だ!」
「はい!」
サユキは駆け出し、かまいたちに向けて炎刀を振るった。
「封魔・焔咲」
炎の斬撃が薔薇の花弁のように重なり合い、広がっていく。
かまいたちでも全ての斬撃を避け切ることはできず、炎の斬撃を一身に受けてしまう。
「キュッ」
短い悲鳴が響いた後、かまいたちは黒い塵となって消滅した。
サユキはカチンと『封魔刀』を納刀する。
「よかった……祓えた……」
サユキは胸を撫で下ろす。
「サユキ。よくやった。助かったよ」
「ありがとうございます」
サユキは笑って答えた。
「終わった……?」
キジムナーはパトカーの後部座席から顔を覗かせてそう訊いてきた。
「ええ、終わりましたよ。情報を提供してくれてありがとうございました。おかげでかまいたちを祓うことができました」
僕は彼に向けてそう言った。
「それなら、よかったよ」
キジムナーは照れ臭そうに笑った。




