死神の初仕事
僕達がコーヒーを飲んで一息ついていた時、探偵事務所の扉が開いた。
そこに立っていたのは大きな鎌を持ち、黒ローブに身を包んだ白髪の少年だった。
「あの……貴方が白神悠斗さんですか?」
少年は僕を見るや否やそう言ってきた。
「はい。そうですよ。ご依頼ですか?」
僕はその装いから、彼が死神なのだと悟った。
僕が事務所を開いてから人ならざる者が依頼人としてやってくるのはこれで二度目だ。しかし死神とは、また想定外の依頼人が来たものだ。死神は神の部類に入る。怪異や霊とはまた違うカテゴリーに分類されるのだ。
「こちらのソファにどうぞ」
サユキは彼をソファに案内した。
「あ、ありがとうございます」
彼は鎌をソファに立て掛けて、腰を下ろした。
「コーヒーもよかったらどうぞ」
サユキは続けて死神の眼前にコーヒーを置いた。
「あ、すみません……」
死神は軽く会釈して礼を告げた。
「それでどういったご依頼でしょうか? 死神さんですよね?」
「はい。そうです」
彼はコーヒーを口に運んだ後、話を始めた。
「実は僕は死神の見習いで、これから死期が迫った対象者の魂を冥界に送還しないといけないのですが、上手くできるか心配で……」
死神の役目はただ一つ。死者の魂を冥界に送還し、しっかりと成仏できるように促すこと。それに失敗してしまうと魂は地縛霊や怨霊のような邪悪な存在に転じてしまう。だからこそ、死者の魂の運搬は死神に課された最重要事項なのだ。
「そうですか……それは不安ですね……僕達で良かったら力になりますよ」
「──ありがとうございます!」
彼はぱあと明るい表情になってそう言った。
「それで対象者はどこに?」
「あ、えっーとですね……」
彼は黒皮の手帳を取り出して答えた。
「綾羽病院に入院している十四歳の女の子の患者です。名前は平川琴葉。重度の末期がんで、あと数時間で死に至ります。彼女の魂の運搬を僕が担当します」
末期がんか……可哀想に。それに十四歳という若さでそのような難病に苦しめられているとは。彼女の魂がしっかりと冥界に送還されるように祈るばかりだ。強力な念を持って死んでしまうとかえって怨霊に転じやすい。だからこそ成仏できるように死神が責務を全うする必要がある。
「わかりました。それじゃあ綾羽病院に向かいましょうか。座標は分かっているので、僕の転移霊陣で移動しましょう」
「転移霊陣……?」
「霊術の一つです。まあ実際に見てもらえれば分かるかと」
「わかりました。よろしくお願いします」
僕達は立ち上がり、事務所の白石の床に集まった。
僕は霊刀で円形に床をなぞり、青白い陣を形成する。
「零明流霊術・転移霊陣」
次の刹那、僕達を青い光が包み込んだ。
そして気づいた時には、僕達は件の病院の病室に立っていた。
病室のベットには一人の少女が伏せっていた。
人工呼吸器に繋がれており、心電図が絶えず彼女の心臓の鼓動を刻んでいる。
「この子が平川琴葉さんですか?」
サユキは死神にそう尋ねた。
「はい。間違いありません」
死神は平川さんの元に近づいた。
「この子の魂を、僕が……」
彼は鎌を握りしめてそう呟く。とても緊張しているようだ。僕は彼の肩に手を置いて「大丈夫です。きっと上手くいきますよ」と激励した。
「ありがとうございます」
次の刹那、彼女が目を開けた。
「誰……?」
彼女は僕達に気づいた様子だった。死期が迫った人間は死神を視認することができる。霊能者や陰陽師、怪異や霊は例外で普段から死神を視認できるが、微弱な霊力しか持たない一般人はそうはいかないのだ。
「僕は死神です。貴方の魂を運びに来ました」
「死神……?」
平川さんの掠れた声が病室にこだまする。
とても痛々しい。
「そっか……私、もうすぐ死んじゃうんだ……」
彼女は既に覚悟ができているようだった。
「いつかはそうなるんじゃないかなって思ってたんだ……そっか、今日なんだ」
「はい……心苦しいですが、そうなります」
「それじゃあさ、遺言、託してもいい?」
「遺言ですか?」
死神はそう訊き返した。
「うん……お父さんとお母さんに感謝しなくちゃ。『産んでくれてありがとう』って。『私、幸せだったよ』って」
「それは僕達に任せてください」
僕は平川さんにそう告げた。
「お兄ちゃんは……?」
「霊能探偵という名前で活動している白神悠斗という者です」
「霊能探偵……本当にいたんだ。初めて見た」
彼女は上体を起こし、僕の目を見て話を続けた。
「それじゃあ、遺言、お父さんとお母さんに伝えてくれる?」
「はい。任せて下さい」
「ありがとう」
彼女は笑った。ひどく弱々しい笑顔だったが、とても綺麗だった。
「それじゃあ…………よろしく……ね…………」
ピーッと心電図が鳴り響き、彼女は目を閉じてベットに横たわった。
僕の隣でサユキは涙を浮かべていた。
「ご両親には僕達が遺言を伝えます。あとはお願いしますね」
僕は死神にそう告げた。
「はい──」
彼は覚悟を決めたようだった。
そして鎌を振るい、彼女の体躯から魂を抽出して冥界へと去っていった。
数時間後、両親が病室にやってきた。
僕は事情を説明した後、彼女の遺言を伝えた。
母親は泣き崩れ、父親は目に涙を浮かべていた。
サユキがそっと母親の背中をさすり、共に涙を流した。




