八尺様に恋した男
その依頼人が来たのは水曜日の午前中だった。
僕は彼をソファに案内し、サユキはコーヒーを淹れてテーブルの上に置いた。
男は「すみません」と小声で告げた後、軽く会釈した。
依頼人の名前は足立幸広。二十五歳。営業マンであるらしい。
「それで、本日はどういった依頼でしょうか?」
僕は彼にそう尋ねた。
足立さんは少しの間沈黙した後、頬を赤く紅潮させて答えた。
「実は、八尺様を探して欲しいんです……」
「八尺様……?」
意外な依頼内容に僕は思わず固まってしまう。
「どうして八尺様を?」
僕の代わりにサユキがそう訊いた。
「大変お恥ずかしい話なんですが、営業で綾羽市の地方に赴いた時、彼女に出会いまして……その……一目惚れしてしまったんです。なので、もう一度彼女に逢って、僕の気持ちを伝えたいんです。お願いです。どうか八尺様を見つけてはくれませんでしょうか?」
足立さんはそう言って頭を下げてきた。
想定外な依頼だったが、依頼人の頼みだ。
僕達にはそれを解決する責務がある。
「わかりました。それでは一度足立さんが赴いたという地方に案内してもらっても良いですか? 八尺様は善良な怪異です。本来であれば依頼人を危険に晒さない為に僕達だけで向かいますが、今回は特別です。足立さんもご自身の気持ちを伝えたいでしょうから、僕達が八尺様を見つけ出してサポートします。それで良いですか?」
「はい! よろしくお願いします!」
彼は満面の笑みで礼を告げた。
私達は地方に開通しているバスに乗り、足立さんが赴いた場所まで同行することになった。
私は何か異常事態が起こった際に足立さんを守れるように彼の隣に座り、悠斗さんは私と足立さんの前の席に座った。
ふと、私は気になっていたことを足立さんに訊いてみることにした。
「あの、すみません、足立さん。今少し良いですか?」
「はい。何ですか?」
「その……」
私は意を決して言葉を絞り出す。
「恋愛感情ってどういったものなんですか?」
「どういった……そうですねぇ」
彼は顎に手を添えて「うーん」と考え込んだのちに口を開いた。
「その人のことを考えると胸の奥が温かくなるというか……ドキドキすると言いますか……『逢いたいな』って自然に思うんです」
「それが……恋」
私が悠斗さんに抱いているこの気持ちは果たして恋なのだろうか?
悠斗さんと屋上で話してからというもの、彼といると酷く緊張する。心臓の鼓動は早くなり、顔は熱くなる。溶けてしまいそうになるほどだ。業務に支障をきたさないように努めてはいるが、どうしても彼のことを意識してしまう。
「誰か気になっている人でもいるんですか?」
足立さんは笑ってそう尋ねてきた。
私は首を傾げて「どうでしょう……」と答える。
「果たしてこれが恋愛感情なのか、どうしてもわからないんです」
「そうですか……それはモヤモヤしますね……でも、その人のことを考えてドキドキするなら、それはきっと恋だと僕は思います」
「ドキドキ……」
確かに悠斗さんのことを考えるとドキドキする。彼が真面目に業務にあたっている姿や真剣に物事を考えている時、笑顔を見せてくれる時なんて心臓が壊れてしまうのではないかと感じるほど鼓動が早くなる。
「僕は八尺様のことを考えると心が温かくなりますし、ドキドキします。あまり深く考えずに、これが恋なんだと受け入れるのも一つの手だと思います」
「そう……ですね」
私は目的地に着くまで八尺様を見つけることよりも『悠斗さんのことをどう思っているか』ということに思考を使いすぎてしまい、疲れ果ててしまった。
ほどなくして、バスは目的地に到着した。
私達はバスを降り、地方に足をついた。
辺りを田んぼが埋め尽くし、稲穂が風に揺れている。
とてものどかで良い場所だ。空気も美味しい。
私は思わず深呼吸して空気を肺いっぱいに取り込んだ。
「空気が美味しいですね」
「そうだね。田舎だから都会とはまた違っていい所だよ」
悠斗さんが隣に立ってそう言った。
「ですね!」
私は笑顔で返した。
彼は少し頬を紅潮させたのち「それじゃあ八尺様を探しに行こうか」と言った。
「はい!」
不思議とバスの中で考え込んでいたのが嘘かのように頭がすっきりしている。
こののどかな環境のおかげだろうか?
私は悠斗さんと足立さんと共に八尺様を探す為に散策を開始した。
さて、どう八尺様を見つけるか。
足立さんが彼女に出会ったという地方まで来てみたは良いものの、ここからどうするべきかわからない。
サユキに妖気を探ってもらうか?
いや、八尺様のような特徴的な怪異の妖気はかえって探知しづらい傾向にある。同じ怪異だとしても、サユキが八尺様の妖気を感知するのは不可能だろう。
僕は試しに足立さんにどこで八尺様に出会ったのかを訊いてみることにした。
「足立さん。八尺様とはどこで出会ったんですか?」
「えっーとですね。この田んぼの畦道を抜けたところに大きな桜の木が一本植えられているんです。満開の桜が咲いていて、とても綺麗なんです。八尺様とはそこで出会いました」
「そうですか……では一度、その桜の木まで行ってみましょうか。今は春ですし、ちょうど桜も満開でしょうから、もしかしたら八尺様がいるかもしれません」
「はい。わかりました」
足立さんは笑って快諾してくれた。
「サユキもそれで良い?」
「はい。大丈夫です」
サユキも笑顔でそう答えた。
僕はその綺麗な笑顔に内心ドキドキしたが、即座に頭を切り替える。サユキといるとどうも調子が狂う。座敷童子の件からだ。彼女の笑顔にめっぽう弱い自分がいる。ほんのりと赤く染まった頬に淡い桃色の唇。優しい氷色の瞳には思わず吸い込まれそうになる。彼女の綺麗な笑顔はとても美しくて、まるで芸術品のようだ。
駄目だ。集中しなくては。
今は足立さんの依頼を解決するのが最優先事項だ。
僕は両手でパンパンと頬を叩き、気持ちをリセットする。
「それじゃあ足立さん、その桜の木まで案内してもらっても良いですか?」
「はい、勿論です。こっちです」
足立さんに連れられながら、僕達は件の桜の木にやってきた。
案の定、桜は満開に咲き誇っており、風が吹くたびに桜吹雪が宙を舞う。
とても太い幹を持つ桜の木だ。樹齢はいくつほどだろうか。御神木として大切に保管されているのだろう。幹には紙垂が巻き付けられていた。
「すごい大きな木ですね……桜、私初めて見ました。住んでいた村は雪山だったので、ほとんど季節は冬みたいなものだったので」
サユキはその桜の美しさにうっとりとしているようだった。
「そうだね。とても綺麗だ」
ふと、その時だった。
桜の木の下に人影が見えた。白いワンピース姿に白い帽子を被った女性だ。驚くべきはその身長だ。二メートルはゆうに超えているだろう。僕はまさかと思ったが、微かな妖気も感じられる。間違いない。八尺様だ。
「足立さん。あの人って……」
僕は足立さんに耳打ちした。
彼は彼女の姿を見た途端、顔がゆでだこのように真っ赤になった。
「間違いないです……僕が出会った八尺様だ……」
彼は途端、駆け出して彼女の元へ向かった。
「あの……!」
足立さんは八尺様に話しかけた。
僕達は遠く離れて彼と八尺様を見守ることにした。
「ぽぽ?」
八尺様は足立さんに気付き、彼を見下ろした。
「前に僕、貴方に会ったんです。貴方は覚えているか分かりませんが……その、えっーと」
彼は頬を紅潮させながらも必死に言葉を絞り出す。
「貴方のことが好きです!」
「ぽぽっ⁉︎」
八尺様はとても驚いた様子だった。彼女は「ぽぽぽぽ」という語彙しか話すことができないが、何故か人語を理解することができる。これは推測でしかないが、怪異である為、つまり人々の念から生まれた存在であるからか、人の言葉を理解することができるのかもしれない。
どちらにしろ、足立さんは八尺様に想いを伝えた。
「ぽぽ……」
八尺様は頬を紅潮させ、次の瞬間には足立さんを抱きしめていた。
「うぐっ」
かなりの身長差がある為、足立さんは少し苦しそうだったが、彼も八尺様の腰に手を回した。
二人の関係を祝福するように桜吹雪が舞う。
「想い、伝わったみたいですね」
「うん。そうだね」
サユキは笑って彼らを見ていた。
ふと、彼女は僕のパーカーの袖を掴んできた。
「サユキ?」
「悠斗さん……」
サユキの顔は酷く紅潮していた。
「私、悠斗さんのことが好きです」
「え……?」
「やっと気持ちの整理がついたんです。私、悠斗さんのことが好きみたいです」
彼女は真っ直ぐに僕を見てそう告げる。
僕はドクンドクンと脈打つ心臓を手で押さえながら「僕も……」と言葉を溢す。
「僕も、サユキのことが好きだよ」
彼女は両手で口元を押さえて「本当ですか?」と尋ねてきた。
サユキは耳元まで真っ赤になっていた。
「うん。本当だよ」
「あのその……それじゃあ、これからもよろしくお願いします。助手として恋人として悠斗さんの隣を歩けるように頑張ります」
「サユキ……ありがとう」
僕らはそうして互いに笑い合った。
桜吹雪は絶えず空を舞っていた。




