師匠の肖像と恋心
僕はサユキに師匠の話をした。
サユキは終始頷きながら僕の話を聞いていた。
「そんなことがあったんですね……雛黒さん……初めて知りました。稲荷様が言っていた人ですよね? お話を聞いている限りだととても情に熱い人だなと思いましたが……」
僕はコーヒーを飲んで「ふぅ」と一息ついて答えた。
「確かにそうだったかもしれない。人一倍霊や怪異のことを思っていたし、人間のことも救おうとしてた。良い人だったよ。本当に」
「それで雛黒さんの弟子になってからはどうなったんですか?」
「その後はとにかく現場に赴いて知識を吸収してたかな。零明流の技と探偵業の技術を盗み見てたよ。あの人、自分じゃあ教えてくれなかったから、僕自身で覚えるしかなかったんだ」
「そうなんですか……それで悠斗さんは独り立ちして自分の事務所を開いたんですね!」
「うん。そうなるね」
「雛黒さんは今何をしているんですか?」
サユキは目を輝かせてそう尋ねてきた
「悠斗さんがこんなに立派な探偵になっているんですから、その姿を見せてあげたいです!」
僕は心の奥深くの傷が痛んだが、話を続けた。
「死んだよ。寿命で亡くなった。もうこの世にはいない」
「え……?」
彼女は豆鉄砲に弾かれたような驚いた表情を見せた。そしてすぐに「すみません! 私、余計なことを……」と謝罪してきた。
「良いんだ。いつかは話さないといけないと思ってたから。僕が今使っている霊刀も師匠の形見だし」
僕は「サユキは何も悪くないよ」と言って笑って見せた。
彼女は申し訳なさそうに俯きながら「はい」と短く返事をした。
「さて、そろそろ仕事に戻ろうか。まとめなきゃいけない資料がたんまりある。サユキも手伝ってくれる?」
「はい。勿論です」
僕はサユキを連れて休憩スペースを後にした。
夜になった。
僕はシャワーを浴び終え、事務所の屋上で夜風に当たっていた。
「師匠……」
彼の容姿は今でも鮮明に思い出せる。
いつも季節外れの分厚いコートを身に纏っていたし、帽子を深くかぶっていた。タバコを吸うのが日課で、机に置かれた灰皿の中はヤニまみれだった。
僕が零明流の四代目を継いだ時、彼は満面の笑みで「ありがとう」と言った。
その言葉の真意は未だに分からないままだ。
「僕、貴方に誇れる探偵になれているでしょうか?」
星空に向かってそう問いかける。
無論、返事はない。
だが、星々は酷く明るく煌めいていた。
「悠斗さん」
ふと声が聞こえてきた。
後ろを振り向くと、白い着物に身を包んだ雪女の少女と目があった。
「お風呂、あがりました」
「ああ。分かった。栓は抜いといてくれた?」
「はい。抜いておきました」
「ありがとう」
「はい……」
刹那、僕達の間に静寂が訪れる。
サユキはゆっくりと僕の隣へやってきた。
「今日は雛黒さんの話をしてくれてありがとうございました。悠斗さんが一番辛いはずなのに……」
「良いんだ。もう吹っ切れてる。まだ師匠に誇れる『霊能探偵』になれているかは分からないけど、僕なりに精一杯やっているつもりだから、きっと大丈夫だ」
「そうですか……」
サユキは優しく微笑んだ。
「悠斗さんは雛黒さんに誇れる探偵になれていると思いますよ。これまで悠斗さんを見てきた私からのお墨付きです。なので、心配しないでくださいね?」
彼女はそう言って僕を激励してくれた。
「サユキ……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「また何かあったらいつでも言ってください。話を聞くことぐらいしかできませんが、悠斗さんが不安になっている時は力になりたいです」
「うん。わかったよ。今度からは色々と話すようにするね」
「はい!」
彼女は満面の笑みでそう答えた。
その笑顔がとても綺麗で、僕は内心ドギマギしていたが、この気持ちは隠そうと心に誓った。
彼は私の隣で夜空を見上げた。
その横顔はとても美しかった。白い雪色の髪が風に靡き、サファイアのような青い瞳が星々をとらえている。思わず息を呑んでしまうほどだ。
私が悠斗さんの横顔に釘付けになっていると、彼の視線が私に移った。
「サユキ、大丈夫? 顔真っ赤だよ?」
「え?」
私は自分の頬を両手で触って確かめる。
とても熱い。心臓がドクンドクンと脈打ち、鼓動が早くなっている。外は涼しいはずなのに何故か熱いと感じてしまっている。
この現象は一体……?
「すみません。私、先に事務所に戻ってますね? やらなきゃいけないことがまだ残っているので」
彼は「わかった」と短く答えた。
私はすぐに引き返し、屋上の扉を閉めた。
そして扉にもたれかかり「はぁぁぁ」と長い息を吐いた。
この緊張感は一体何なのだろう。
私はどうかしてしまったのだろうか?
「悠斗さん……」
私は彼の名を口にしてみた。
そして両手で胸に手を置いてみると、心臓の鼓動が速くなっていることに気づく。
今までこのようなことはなかった。
今日、いきなりだ。
私は深呼吸をして心を落ち着かせる。
この気持ちの正体が何なのか。
その答えを、私はまだ知らない。




