大国の王①
リリアンヌ視点
庭園近くまで戻ってくると、さすがに自分も異変に気が付いた。
何人もの近衛隊の兵たちが、茂みを掻き分けて何かを捜している。
「…!いらっしゃいました!」
近衛隊のひとりが、はっとこちらに顔を向けた。
「ここだ!」
「すぐにロデオ総長へ知らせろ!」
「アランフォース副団長とご一緒だ!」
庭園の先の大広間まで、ざわざわと騒がしかった。
「た、大変なことになってしまいました…」
「…事情説明の際は、お傍にいましょう」
アランフォースは、抱きかかえたリリアンヌをそっと下ろした。
「リリィ!」
「…!」
大広間の方から、父が駆けてきている。
その後ろから続く、母と兄の姿も見えた。
「おい、何があった…!なぜ客間から出たりしたんだ!」
ロデオは勢いのままリリアンヌの前に屈むと、がっと両腕を掴んだ。
「…ごめんなさい、お父様。私が、外に出たいと我儘を言ったのです」
「誰かに何かされたわけではないんだな!?」
「違います。誰にも、何もされていません」
リリアンヌはしっかりと首を振った。
「どうしても庭園へ行きたくて…そうしたら、迷子になってしまいました。本当にごめんなさい」
「なぜ、アランフォースと一緒にいる?」
ロデオは、リリアンヌの背後をぎろりと睨みつけた。
「迷子になったところを、助けてくださったの。アランフォース副団長がいなければ、ここへ戻ってこられませんでした」
「…お前に、後で話がある」
「お父様…!アランフォース副団長は、助けてくださったのです」
アランフォースを睨み続けるロデオに、リリアンヌは必死で弁明した。
「それに私は、勝手に侍女から離れました。すべて私が悪いのです。本当に、ごめんなさい…!」
アランフォースもニアも、悪くない。
自分が、勝手をしただけだ。
「…リリアンヌ?」
アヴェリーンはロデオの後ろで、そっと首を傾げた。
「その肩の鳥は、どうしたの?」
「…あ」
そうだ。
その説明の方が先だった。
「この子は…精霊です。庭園の先で見つけました」
「…はぁ?精霊だと…?」
ロデオは眉を寄せ、リリアンヌとスノウを交互に見比べた。
「確かに…光っているな」
サイラスが、ロデオの後ろから覗き込んだ。
「精霊は皆、光っている。確かにそう習った」
「…はい。ですから、私も気付きました」
皆から見つめられるスノウは、丸い目を開き、首を傾けていた。
「今…見つけたのか?」
ロデオの顔に、困惑が広がった。
「それを…城で見つけたのか?」
「…ひとりで迷子になった時に、この子を見つけました」
リリアンヌは、慎重に頷いた。
そこまで、アランフォースと話を詰めていなかった。
勝手に話を作ってしまっているけれど、大丈夫だろうか。
「――それで、加護は貰ったのか」
低く鋭い声が、割って入った。
「!」
ロデオは、ばっと大広間の方へ顔を向けた。
「…あ」
リリアンヌの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「加護は、貰ったのか」
大広間から出てきた男が、もう一度同じ言葉を繰り返した。
長い金色の髪に、自分や父と同じ、紅い瞳。
その肌は色白で、父や兄よりも体は細い。
それなのに、この場の誰よりも圧倒的な存在感を放っていた。
国王――レックスだ。
王の後ろから、先ほど見かけたエドガーも近づいてきている。
「…陛下、このたびは――」
「余計な挨拶は不要だ」
レックスは近づきながら、お辞儀するリリアンヌを一蹴した。
「どうなんだ。答えろ」
「…恐らく、貰いました」
リリアンヌは顔を上げ、慎重に答えた。
「なぜ分かる」
「精霊を持った時に、一瞬、自分と精霊が光りました。それが、加護を授かった証だと思います」
「……」
レックスはロデオの手前で足を止めると、じっとリリアンヌを見下ろした。
「……」
後ずさりしたくなる足を、なんとか堪えた。
ただ見られているだけなのに、すごい圧だ。
「精霊…?そう言いました?」
「加護を貰ったかと尋ねられていたぞ」
「本当か…?まさか陛下は信じられているのか?」
庭園まで出てきていた客たちが、ざわりと騒ぎ立った。
「…陛下。恐れ入りますが、我々は帰らせていただきます」
ロデオが、静かに立ち上がった。
囁き合う客たちが、見えなくなった。
「いや、ついて来い」
レックスの目は、まだリリアンヌに向けられたままだった。
「娘をどこに連れて行くというのでしょうか」
「玉座の間だ。起こった出来事を、すべて説明しろ」
「後日でいいでしょう!この子は、たった今戻ってきたところだ…!」
「いいわけがあるか」
レックスは、鋭い目をロデオに向けた。
「すべて語れ。異論は許さない」
とても、身内に向ける目ではなかった。
「…行くぞ。来い」
レックスは身を翻し、大広間へ戻っていった。
「お、お父様…私、行ってきます」
リリアンヌは、真っ青な顔でロデオを見上げた。
このままだと、父まで何かしらの罰を受けてしまいそうだ。
「…おいで。一緒に行こう」
ロデオは、そっとリリアンヌを抱き上げた。
「サイラス。アヴェリーンを連れて、先に屋敷へ戻っていろ」
「…分かりました」
サイラスは、じっと国王の背中を睨みつけていた。
「ごめんなさい…お母様、お兄様」
「大丈夫よ、リリアンヌ」
アヴェリーンは手を伸ばすと、娘の頬を優しくさすった。
「正直に言えば大丈夫よ。怖いことなどないわ」
母の手は、微かに震えていた。
「アランフォース、お前も来い」
「御意に」
アランフォースは短く答えると、進むロデオに続いた。
国王は、何も言わずに客人たちの間を突っ切っていった。
その後ろから騎士たちが、自分を抱えた父が、アランフォースが続いた。
誰もが、こちらを見ている。
しんと静まり、ただじっと探るような視線が突き刺さった。
「……」
リリアンヌはロデオの肩を掴み、後ろから続くアランフォースへ目を向けた。
アランフォースを、巻き込んでしまった。
また、人を巻き込んでしまった。
アランフォースが、小さく頷いた。
大丈夫だ、と言うように。
大丈夫なわけがない。
これから、国王に問いただされるのだから。
“物語”に、レックスはほとんど出てこない。
“デューゼの森の悪夢”で、父と共に討伐へ向かい、命を落としてしまう。
けれど、ブライアンが王座を継いだ後も、レックスの名は語り継がれていた。
――残虐王として。
気に入らない者がいれば、斬り捨てる。
欲しいものがあれば、必ず手に入れる。
情けは、一切ない。
“物語”では、そういう人物として語られていた。
もし精霊を寄越せと言われてしまったら、
そのために、捕らえられることもあるのだろうか…
言葉を間違えるわけには、いかない。




