ふたりと精霊⑥
リリアンヌ視点
「まもなく裏門ですが…どう戻りましょうか」
「あ…ええと、そうですね」
リリアンヌは、慌てて表情を引き締めた。
「できれば…内密に戻りたいです。精霊は、庭園の近くで見つけたことにして…」
城壁をどう越えたかと尋ねられたら、跳躍のちからがあることも説明しなくてはいけない。
そうなると、エラドリオール家の抜け道を、自分が簡単に通れてしまうことも父は気付いてしまうだろう。
それに、立ち入り禁止区域に入ったことが知られれば、
自分だけならまだしも、追いかけてきたアランフォースも罰を受ける可能性がある。
「可能でしょうが…下手な嘘は露見しますよ」
アランフォースは、すぐには頷かなかった。
「大丈夫です。その時は、私の責任です。絶対に、ご迷惑はおかけしません」
「…殿下がそうされたいのであれば、話を合わせます」
「何から何まで、ありがとうございます。ユーレンス副団長」
「アランフォースと」
「え?」
「騎士は皆、名で呼び合います。どうぞ、アランフォースとお呼びください」
「…!ありがとうございます、アランフォース副団長!」
良かった。
これで、間違えずに済む。
「…まだ、何もしていませんが」
アランフォースは小さく眉を寄せ、ゆっくりと視線を前に向けた。
「それで…どうやってここを登ったのでしょうか」
「あ…」
アランフォースの視線に合わせ、正面へ顔を向けた。
高くそびえ立つ第一城壁に戻ってきた。
「登る…というより、跳ねていたように見えましたが」
「…跳躍のちからです」
見られていたのなら、もう正直に言うしかない。
それに、屋根の上から飛び降りたところだって見られている。
「私は、跳躍のちからを持っています。三度に分けて跳べば、塔の上まで行けます」
「白のちから以外にも持っていらっしゃるのですか?」
アランフォースが、一瞬だけ目を見開いた。
「できれば…これもまだ、お父様に内緒にしたいのです」
「…それもお伝えしていないのですね」
「…ええと…私は跳ねて登るので、下ろしてください」
「いいえ。塔の中には兵もいます。このまま城壁を登りましょう」
アランフォースはリリアンヌを抱えたまま、さらに城壁へ近づいた。
「あの…ですが私は、足を引っかけるところがないと跳べません」
「問題ありません。私が登ります」
「へ…?どういうこと…?」
思わず、素の声が漏れた。
「私が、この壁を登ります。しっかり掴まっていてください」
「え…ええ?」
「両手を使いますので、肩に掴まってくれませんか」
アランフォースはそう言うと、抱きしめるようにリリアンヌを両手で包み込んだ。
「…っ」
リリアンヌは、ぴしりと体を強張らせた。
「足は、楽に。つらければ、私のベルトに足を掛けてください」
「あ…はい」
慌ててアランフォースの肩に手を回し、ベルトへ足を引っかけた。
「それでは、落ちてしまいます。もっとしっかり掴んで」
「く、苦しくないですか…?」
「まったく問題ありません。…行きます」
アランフォースは城壁の窪みに両手をつけると――
一気に壁を登り進めた。
「…!」
リリアンヌは咄嗟に腕をきつく巻きつけ、アランフォースと体を密着させた。
一瞬で地面が遠ざかった。
速すぎて、胃がひやりとする。
そうだ――
アランフォースは、“剛腕のちから”の持ち主だ。
腕力が強いだけではなくて、腕を使うことの技術すべてが優れている。
そういえば、“物語”では大きな剣を使っていたけれど、
腰に付けている剣は、普通の大きさだ。
正装では、さすがに大剣は背負えないのだろうか。
そんなことを考えていたら、あっという間に城壁の上へ戻ってきた。
「このまま、飛び降ります」
「えっ」
「掴まっていてください」
アランフォースはリリアンヌを片手で抱きかかえると、通路の上で短い助走をつけた。
「ええっ…!?」
――タンッ…
「…っ!」
リリアンヌは下に目を向け、掴む手をぎゅっと強めた。
さっきは必死だったから気付かなかったけれど、なかなかの高さだ。
「あ…っ!」
迫る地面に、思わず目を瞑った。
――トッ…
想像より、ずっと柔らかい衝撃だった。
「…あ、足は、平気なのですか…!?」
「ええ。私は、鍛えていますから」
アランフォースは立ち上がると、何事もなかったかのように歩き出した。
「……」
あの高さから落ちたら、普通は大怪我を負う。
高い所から飛び降りる訓練でもしているのだろうか。
「…騒ぎになっていますね」
「え…?」
「多くの兵が動き回っています」
庭園の方を見つめるアランフォースの目が、わずかに険しくなった。
「リリアンヌ殿下がいなくなったことに、ロデオ総長が気付かれたのでしょう」




