交差するふたり④
アランフォース視点
「ユーレンス子爵。どうか娘に、社交場がどういうところかを教えてくださいませんこと?」
「……」
アランフォースは、さっと口を噤んだ。
「お時間は、取らせませんわ。わたくしが飲み物を取ってくる間だけでも、お相手してくれないかしら」
「…教えられるほど、私も社交を理解していません」
「おほほっ…本当に、慎み深い方ですこと」
ダイアンはそう言って、手に持つ華やかな扇子で口元を隠した。
「ご謙遜なさらないでくださいませ。ユーレンス子爵の所作は、すべて完璧でございますわ」
「……」
「この子は、次女でしてね。幾分、甘やかしてきてしまったのですわ。ですから――」
「――レックス陛下ならびにブライアン王太子殿下のご入場です!」
王家の入場を知らせる喇叭の音が、大広間の入り口から響いた。
「…!」
その瞬間、バトンズ親子の目の色が変わった。
「…話し中、申し訳ない。時間のようです」
アランフォースは、静かに切り出した。
「…ええ、ええ、そうですわね。長々と失礼しましたわ。ほほほ…」
バトンズ親子は、笑みを浮かべながら少しずつ身を引いた。
そのまま、ブライアンへの挨拶の列へ吸い込まれていった。
「…くくっ…」
「…エドガー団長。こういう時こそ助けてください」
アランフォースは、後ろで笑いを噛み殺している上司を小さく睨みつけた。
「何も助ける必要はないだろう。そうやって、結婚相手でも探せばいい」
エドガーは気にもせず言った。
「私が結婚する気がないことくらい、知っていらっしゃるでしょう」
「あの約束の話か?律儀に守ることもない」
「いいえ、違います。私自身、する気がないのです」
「家族は、いいぞ。より仕事に身も入る」
「……」
「生きる活力は、お前にだって必要だ」
「……」
「アラン…お前は本当に、こういう話を嫌がるな」
エドガーは、ぽんっとアランフォースの肩を叩いた。
「お前ももう、二十二歳だ。無理に考える必要はないが、良いと思う女性がいたら絶対に逃すなよ」
「…はい」
頷かなければ、この話は終わらない。
「私たちも挨拶に行くか」
「いいえ。私は遠慮しておきます」
アランフォースはすぐに首を振った。
「毎日、顔を合わせています。必要性を感じません」
「…必要性の問題では、ないのだがな」
エドガーは諦めたように溜息をつくと、肩から手を離してその場を後にした。
途中で部下たちを連れ、王家の座る席へ向かっていく。
そのまま、国王と王太子に挨拶するのだろう。
自分には、到底真似できない。
「……」
アランフォースはエドガーから目を逸らすと、庭園へ続く仕切りへ向かった。
先ほどまでは庭園にも客が広がっていたが、今は皆、王家の周りに集まっている。
近衛隊兵が数名、こちら側へ目を向けているだけだ。
庭園には、丹念に手入れされた草花が咲き誇っている。
背の高い樹木が密集して並び、その奥には無機質な第一城壁が覗いていた。
このまま進めば、王家しか入れない裏門がある。
その先へ、まだ足を踏み入れたことはない。
北側にある一塔までは、入ったことがあるが――
何気なく、そちらへ目を向けた。
その一塔の壁を――一瞬、何かが駆け登った。
「…!」
アランフォースは、咄嗟に庭園へ足を踏み出した。
駆け登った何かは、子供のように見えた。
屋根の上で手をつき、あっという間に反対側へ姿を消した。
「アランフォース副団長」
背後から、部下の声が飛んだ。
「どうしたのです?何か気になるものでも…?」
「…フーリン。すまないが、これを下げておいてくれ」
アランフォースは振り向きもせず、部下にグラスを押しつけた。
「…え?アランフォース副団長…!」
呼び止める声を無視して、アランフォースは庭園の奥へと駆けた。
「アランフォース副団長!何かありましたでしょうか」
すぐに、庭園にいた近衛隊兵が呼び止めた。
「…いや、問題ない。引き続き巡回を頼む」
「はっ!…ですが、アランフォース副団長はどちらに…?」
「…所用だ。気にするな」
下手な言い訳だと思ったが、仕方ない。
大ごとにはしない方がいいだろう。
自分の見間違いでなければ、
塔を駆け登った子供は――




