序章Ⅲ(ちからの発現)①
リリアンヌ視点
授業のない午前は、自由に動ける。
少し前までは、乳母がつきっきりで世話をしてくれたけれど、
それも母の許可が出て、付き添いもなくなった。
起床から昼の食事までは、ひとりきりだ。
敷地内にいる分には、何も言われない。
というより、使用人たちは忙しく動き回っていて、誰もそこまで目を向けない。
「誰もいない…ね」
リリアンヌはひとり、屋敷の裏にある庭園へと出てきていた。
色とりどりの花が咲き、手入れの行き届いた樹木が並ぶ、迷路のように広い庭園だ。
綺麗に刈り込まれた背の高い生垣は、六歳の体をすっぽりと隠してしまう。
ここなら、屋敷を回る使用人たちからも、外を護る衛兵たちからも見つかりにくい。
いろいろと試すには、とても好都合な場所だった。
“リリアンヌ”は、特別なちからを持つ者だった。
“跳躍のちから”と、“黒のちから”を持っている。
ただ、黒のちからは後天的に持つもので、まだ使えない。
それに、とても危ないものだ。
今使えるとしたら、跳躍のちからだ。
…これが、何かの役に立つとは思えない。
ただ、高く跳べるだけのちからだから。
“マドカ”のように、“白のちから”を持っているのなら、鍛えようがあったけれど。
白のちからは、本来、病気や怪我を治すものだ。
だけどマドカは、そのちからを使って異形の存在の大群を消し去った。
それはきっと、マドカに加護を授けた精霊のちからも関係しているのだろう。
セスランディアを壊滅の危機に陥れた“デューゼの森の悪夢”から七年後、
マドカは加護を失った状態で目覚める。
加護のないマドカは、異形の存在を消し去ることができなくなった。
その代わり、白のちからを鍛えることで、異形の存在を“弱体化”することができるようになる。
そうやって異形の存在を仲間たちと討伐していき、すべての元凶であるデューゼの森へと向かう。
「…持っていないちからのことを考えても、仕方ないね」
跳躍のちからを、どう使うか。
“物語”の中で戦うリリアンヌは、とても格好よかった。
前線に出て、誰よりも高く舞って、美しく戦った。
鍛えれば…私も、あんなふうに戦えるのだろうか。
リリアンヌは樹木の陰に隠れると、大きく膝を曲げた。
「えいっ…!」
地を蹴り、低く跳び上がった。
どう見ても、何のちからも使えていない。
「う~ん…」
いまいち、ちからの使い方が分からない。
心で念じればいいのだろうか。
「……」
リリアンヌはそっと目を閉じ、胸に手を置いた。
――跳躍のちからを、使いたい。
心臓の近くが、温かくなった気がする。
もしかして、これがちからを使う時の合図だろうか。
トンッ…と軽く地を蹴った。
「…うわぁっ!」
次の瞬間――体が一気に跳ね上がった。
空中で足がもつれ、視界がぐるりと揺れた。
一瞬、エラドリオール邸の屋根が見えた。
「わわっ…待って!」
――ガサガサ…ッ!
リリアンヌは、そのまま近くの樹へ頭から突っ込んだ。
――ドンッ!
鈍い音を立てながら、地面へ転がり落ちた。
「…いったぁ…」
やってしまった…。
体中が、ずきずきと痛い。
視界に入る右手首が、あっという間に腫れ上がっていく。
「何の音だ!?」
「あっちからしたぞ」
屋敷の外から、鋭い声が聞こえた。
「…!」
あの声は、衛兵たちのものだ。
とてもまずい…。
なぜこんな怪我をしたのか、良い言い訳が思いつかない。
「…うう」
上半身は起こせても、足に力が入らず、立ち上がれない。
右手首だけではなくて、足も折れているかもしれない。
本当に、どうしよう…。
このままだと、騒ぎになってしまう。
父にまで報告が行き、今度は庭園に出るのも禁じられてしまうかもしれない。
そうしている間に、
衛兵たちの腰の剣が触れ合う音が近づいてきた。
「…っ」
リリアンヌは、ぎゅっと目を閉じた。
傷を、どうにかしたい。
治さないと、大変なことになる。
お願い。
どうか、お願い――
「…え!?」
その瞬間――リリアンヌの体が、白く光った。




