“仲間”との出会い②
リリアンヌ視点
「リリィ。可哀想だが、お前はここで留守番だ」
目の前に屈んだ父が、申し訳なさそうに言った。
「はい。もともと、そういうお話でした。祝宴が終わるまで待っています」
リリアンヌは素直に頷いた。
「この部屋にあるものだったら、何を使っても構わない。
足りないものがあれば城の使用人に伝えるといい」
父に連れてこられた客間は、ひとりで待つには随分と大きな部屋だった。
「何かあったら、巡回している近衛隊に私を呼ぶよう伝えろ」
「分かりました」
「良い子で待っているんだぞ」
「…お父様。もう、大丈夫ですから」
一度やらかしているから、強くは言えないけれど。
このままだと父は、祝宴が終わるまで言い聞かせ続けてしまいそうだ。
「はぁ…気がおかしくなりそうだ」
ロデオが小さく溜息を漏らした。
「…ごめんなさい」
「あ?ああ、違う。こっちの話だ」
「…?」
「リリィ。昨日のを、またやってくれるか?」
「昨日の?」
「お前の新しい技だ」
「…!でも…お父様は今日、綺麗な服を着ていらっしゃいます」
「構わない」
ロデオはリリアンヌの背中を引き寄せると、優しく抱きしめた。
「…大好きです、お父様」
リリアンヌは戸惑いながらも、ぎゅっと抱きしめ返した。
「私の娘は最高だな…」
「…大袈裟です」
「…それじゃあ、行ってくる」
リリアンヌの額にキスすると、ロデオはようやく立ち上がった。
「良い子にしていろよ」
最後にもう一度念押しして、客間を後にした。
父の出ていった扉を、城の使用人が内側から静かに閉めた。
「…さ、お嬢様。座りましょうか」
ニアが、後ろからにこにこしながら言った。
「…ニア、そんな目で見ないで」
「それは、失礼しました。でも、とっても微笑ましかったんですもの」
「微笑ましい…のかな」
ニアの手を借りて、豪奢なソファにゆっくり腰掛けた。
「失礼します」
扉の前で静かに控えていた使用人たちが、さっとテーブルまで進んだ。
リリアンヌの前に、手際よく茶器を並べていった。
「あの…お騒がせしました」
「えっ…?」
使用人のひとりが、ぱっと顔を上げた。
「何をでしょうか…?」
「その…お父様とのやり取り。驚いたでしょう…?」
リリアンヌは、恥ずかしそうに苦笑を漏らした。
人目があるのに、とても恥ずかしい。
ただ数時間離れるだけなのに、すごく心配されてしまった。
「…ええ。確かに、驚きました」
「聞き分けのない子供みたいで、恥ずかしい…」
「え…?ああ、いえ、そういう意味ではありません」
「やっぱり、あんな挨拶なんて普通はしないのかな?」
「そういう意味でもありません。ロデオ大公殿下のあのような表情に、驚いたのです」
使用人は、まだ驚いたように目を丸くしていた。
「大公殿下がお嬢様をとても大切にしていらっしゃることが、よく分かりました」
「王城でのお父様は、どういう感じなの?」
「…それは」
「お嬢様。お城の方を困らせては駄目ですよぉ」
後ろから、ニアがやんわりと諫めた。
「お仕事中なのですから、邪魔しては駄目です」
「あっ…ごめんなさい」
思わず、屋敷にいる時のように話しかけてしまった。
「え…い、いいえ」
「リリアンヌ殿下」
答える使用人の横から、別の年かさの女性が一歩進み出た。
「は、はい…」
殿下と、初めて呼ばれた。
「我々は、扉の外に控えております。何かありましたら、遠慮なくお呼びくださいませ」
年かさの女性が、きびきびと言った。
「あ…はい。ありがとうございます」
いつの間にかテーブルの上に、紅茶や茶菓子が並べられている。
「失礼します」
使用人たちが台車を押し、客間から出ていった。
「…殿下?」
「王族の方には皆、その敬称が使われます。そういえば、お嬢様がそう呼ばれるのは初めてでしたね」
首を傾げるリリアンヌに、ニアが後ろから答えた。
「…そうなんだ」
殿下だなんて、ブライアンや父と一緒だ。
なんだか、妙な気分だ。
「…ね、ニア!頼んでいた本、持ってきてくれた?」
リリアンヌは背もたれに手を掛け、くるりと振り向いた。
呼び方のことは気になるけれど、どうすることもできない。
それより、本だ。
「安心してください。ちゃんと持ってきていますよ」
ニアはすでに、端に置いていた鞄の前に屈んでいた。
「あら…珍しいですね。今日は物語を読むのですか?」
「うん。ちょうど、待つ時間に読めそうなものを選んだの」
物語なら、読んでいるものを見られても怪しまれることはないはずだ。
「“精霊ドーシュミの小さな冒険”ですか。懐かしいですね」
「ニアも読んだことあるの?」
「ええ。とても有名な物語のひとつですからね。はい、どうぞ」
「ありがとう」
リリアンヌはニアから本を受け取ると、膝の上でそっと開いた。
精霊ドーシュミの小さな冒険。
孤児院で、子供たちに頼まれて読み聞かせたものだ。
あの時は途中で読むのを止めてしまったから、続きが気になっていた。
だから、これをエラドリオール邸の図書室で見つけた時は胸が弾んだ。
けれどこれは、絵本ではなく物語だ。
まだ目を通しただけだけれど、絵本とは少し内容が違うようだ。
それに、気になったこともある。
この世界では、どう精霊が語られているのか。
『精霊は過去に、動物や虫など、様々な姿をしていたと言われています』
『その体は淡く光り、それぞれが特別なちからを持っていました』
以前、教師が話していた精霊の特徴。
これは、“物語”そのままだ。
『ですが、現在の精霊は、目に見えることはありません』
だけど、ここは違う。
本編では、仲間のちからにより精霊をどんどん見つけていく。
そして精霊たちは、一匹を除いて、すべてがマドカに加護を授ける。
まだ――この国には、多くの精霊がいるはずだ。




