“仲間”との出会い①
リリアンヌ視点
「ロデオ大公殿下ならびに、エラドリオール御一家のご到着です!」
案内に合わせ、エラドリオール一家は、大きな両開きの扉をくぐった。
天井が、とても高い。
片側に大きな窓がいくつも並び、気持ちのよい陽が入り込んでいた。
扉からは、まっすぐに赤い絨毯が続いている。
絨毯を挟むように、ここにも近衛隊が立っていた。
玉座の間――
ここに、一度だけ訪れたことがあった。
玉座は、三つあった。
一段高い位置に置かれる中央の椅子は、かなり豪奢だ。
その左右に、少し背の低い椅子が並んでいる。
それらのどの椅子にも座らず、
美しい少年が、中央の玉座の横に立っていた。
柔らかい黄金色の髪に、とび色の優しい瞳。
きめ細やかな肌が陽を受け、柔らかく光って見える。
顔が整い過ぎていて、人形ではないかと疑いたくなってしまう。
ブライアン・セスランディア――
この国の第一王子であり、次期王の座が確約されている王太子。
「ブライアン殿下。このたびは誠におめでとうございます」
ロデオが代表して、挨拶の言葉を述べた。
格式ばった礼をするサイラスの横で、リリアンヌはカーテシーのお辞儀をした。
「ロデオ総長、祝いの言葉をありがとうございます」
ブライアンがゆっくりと口を開いた。
「我々は親戚です。どうか、いつも通りに話してくださいませんか」
「……」
二人がいつもどういうふうに話をしているかは分からないけれど、ここでは無理だろう。
室内の端には、近衛隊だけでなく多くの人たちが控えている。
「ブライアン殿下。しばらく見ない間に、随分ご立派になられましたな」
父も、胸に手を置いたままだ。
「ありがとうございます。僕ももう、十四歳となった。サイラス、お前と一つ違いだったな」
「ええ。先月、十五となりました」
「最近は、お前と会う暇もない」
「配属された隊も違いますのでね。残念です」
サイラスが、さして残念でもなさそうに返した。
「ふふっ…」
リリアンヌは下を向き、小さく笑みをこぼした。
懐かしい。
まだ三人で遊んでいた頃、よく二人が言い合いしていたことを思い出した。
「…リリアンヌ」
「はぇ…は、はいっ…!」
「久しぶりだな。僕のことを覚えているか?」
ブライアンの微笑む目が、いつの間にかこちらに向けられていた。
「はい、もちろんです。ブライアン殿下、このたびはおめでとうございます」
ドレスの裾を軽く摘まみ、再びお辞儀した。
「ふっ…あのお転婆娘が、すっかり淑女になった」
「…恐縮です」
そんなに…お転婆だっただろうか。
「もう、僕のことを兄様と呼んでくれないのか?」
「…私はもう、八歳です。言葉も覚えました」
当時はどうしてもブライアンと発音できなかったけれど、もう言葉の拙い幼児ではない。
「それは、分かっている」
ははっ、とブライアンが声に出して笑った。
「だが、君の口から敬称を付けて呼ばれることは寂しいな」
「ブライアン殿下。今は、フォセ隊長のもとで従騎士をされていると伺いましたが」
ロデオの大きな声が、二人の会話を遮った。
「レイセント湖での訓練は、どうです?慣れましたでしょうか」
「…ええ。おかげで、どこへ行っても生活ができそうだ」
ブライアンは苦笑を浮かべながら、リリアンヌへ向けていた体を正面に戻した。
「アヴェリーン公夫人。僕は先日、公務でユゲラドリル領へ行ってきたのです」
「あら…弟は元気でしたでしょうか」
「ええ。ダナン長官と鷹狩りをご一緒したのですよ」
「まあ、そうでしたのね。ブライアン殿下のことですから、さぞかし大きな獲物を狩ったのでしょう」
「……」
リリアンヌは、両親とブライアンのやり取りをぼんやりと聞き流した。
ブライアンと会話をするたびに、気恥ずかしさを感じてしまう。
“仲間”と接点があることが、すごく不思議だ。
失礼なこととは分かっているけれど、この気恥ずかしさは前より強く感じている。
ブライアンが成長して、“物語”が始まる十年後の見た目に近づいたからだろうか。
…十年後。
今は、“物語”の本編より十年前…
何か…
大事なことを――
「――では、ブライアン殿下。我々はそろそろ失礼します」
「…!」
「また後ほど、宴にてお会いしましょう」
父の締めの言葉に合わせて、リリアンヌは慌ててお辞儀した。
いつの間にか話が終わっていた。
「…行こう、リリィ」
「はい」
扉の方へ振り返り、差し出されたサイラスの手を握った。
「…リリアンヌ!」
「…え?」
リリアンヌは、ぽかんと口を開けたまま振り返った。
「待ってくれ」
ブライアンが、玉座の段差を駆け下りてくるところだった。
「えっ…ええと…」
咄嗟に兄の手を放し、下りてくるブライアンのもとまで駆けた。
「…ブライアン殿下、どうされたのですか?」
「…え?ああ…どうもは、しないんだが」
ブライアンまで、なぜか驚いた表情を浮かべている。
「…僕は、何をしているんだろうな」
「ええ?…あはっ」
つい、吹き出してしまった。
妙なことを言うブライアンが、おかしかった。
「…君の、その笑顔が見たかった」
ブライアンが、ふっと優しく目を細めた。
「…!」
一瞬で胸がきゅっと締めつけられた。
「最近、城に来ていなかっただろう?」
「あ…はい。ヴァメロ殿下がお生まれになった時にご挨拶してから、来ていません」
リリアンヌはたどたどしく答えた。
「どうしても君をエラドリオール邸から出したくて、我儘を言った。すまなかったな」
「…?」
登城しても、ブライアンと会うことはなかったのに。
どうして、最近来ていなかったことを知っているのだろう。
「――おい」
「わっ」
背後から聞こえた低い声に、びくりと肩を震わせた。
「いい加減にしろよ、ブライアン」
サイラスはリリアンヌの後ろから、ぎろりとブライアンを睨みつけた。
「……」
見つかりそうになった時のことを思い出して、思わず息を呑んだ。
「…リリアンヌ。あと、ひとつだけ」
ブライアンは、リリアンヌに顔を向けたままだった。
「僕のことは、どうかブライアンと呼んでくれ」
「…む、無理です」
王太子を、呼び捨てにできるわけがない。
「なら、兄様だ。先ほども言っただろう。敬称だけは勘弁してくれ」
「それなら…ブライアン様」
もう、これが限界だ。
「…まあ、今はそれでいいだろう」
ブライアンは、小さく肩をすくめた。
「…リリィ、もう行くぞ」
「あっ…」
サイラスは、ぐいっとリリアンヌの手を引いた。
「あ、あの…また、今度」
なんとか振り返り、それだけ伝えた。
「ああ、またな。今日はありがとう」
手を上げて微笑むブライアンは、最初よりも自然な表情だった。




